踏まれた王子と踏もうとした王女は
グレーティア王女は、コンラート王子を誘った。
王子も全くダンスができないほど酷い痛みではなかったのかしら。グレーティア王女の手を取って、もう一度踊りの輪の中に入る。
ゆったりとした曲の中、何か会話をしながら踊り始める二人だけれど、さすがに何度も踏まれているのを見たせいなのか、グレーティア王女は足を踏めずにいるみたい。
政敵に将来を脅かされたり、兄が命を狙われたりという人生を送って来たせいで、気は強くあろうとしている王女だけど、心優しい人だから可哀想になってしまったのかもしれない。
サリエル王子はやきもきしている様子だったけれど、あんなに痛がっていたら、どうしてもできなくなっても仕方ないわ。
と思ったら、グレーティア王女が曲の終わりと同時に、どこかへコンラート王子を引っ張って行く。
あらグレーティア王女ったら積極的?
『マーヤ頼んだ』
『任せてラフィオン』
私は急いで二人を追う。するすると飛びながらグレーティア王女に追いついて、王女の頭の上に乗るようにして二人について行った。
グレーティア王女は広間の端で一人の召使いに命じる。
「あなた、小鳥の間に癒し手と治療の道具を運んで」
それから王女達は庭に出た。
庭はほんの少し雪が残っていて、寒いからか誰も外に出てこようとする人はいない。
何人か令嬢達がこちらを見ていたけれど、さすがに風邪で寝込むことになるかもしれないと怯えたのか、追いかけてはこなかったみたい。
「殿下、こちらです」
グレーティア王女は、すぐに建物の中に入った。
暖かな屋内用の鎖骨を晒す袖のない華やかなドレスの王女も、寒さで肌が泡立っていた。けれど寒がる様子を見せずに、コンラート王子を先導して廊下を進み、舞踏会の会場からすぐ近くの小部屋に入る。
そこには、先に召使いと白い服を着た男性が来ていた。
「殿下、どうぞお座りになって下さい。申し訳ないのですけれど、靴を脱いでいただけますか? 足を痛めていらっしゃると思うので、治療をさせて頂きたいのです」
やや緊張した面持ちながらもついてきたコンラート王子は、ほっつぃたように息をついた。
「それで、僕を連れ出して下さったんですね。ありがとうグレーティア王女」
なるほど。グレーティア王女はコンラート王子の足の怪我を心配して、まずは治療を行うべきだと考えたのでしょう。
王子の方も、女性に踏まれて怒るわけにもいかないので、きっと困っていたのに違いない。
大人しく座ったコンラート王子に、召使い達二人がすぐに作業にとりかかる。
召使いの女性が王子の靴や靴下を脱がせてみると、踏まれた左足は青くなっていた。
「本当に、我が国の者が申し訳ありません……」
「いえ、こうして配慮していただいてありがとうございますグレーティア王女。男としてはこんなこと言い出すわけにはいきませんからね」
はははと笑って見せるコンラート王子だけれど、手当をされてほっとした様子だ。
……ただ、私はどうしても不思議に思ってしまった。
足を踏まれたくないということは、この人は本当にコンラート王子なのかしら? いえいえ。顔はそっくりだわ。時々前髪を触る仕草も、全く同じ。
別人なわけがないと思うのだけど……。
ややあって、コンラート王子の足の治療が終わった。青痣もすっかり良くなったので、見ている私も安心する。
「魔法使い殿の手までわずらわせてしまいましたね。それにしてもさすが魔法使いの国アルテ。癒しの魔法の使い手も多いのでしょう?」
居ずまいを正しながら、コンラート王子が感心したように言う。
「癒し手はそれほど多くはありませんわ。今も残る風習のせいで、癒しの魔法が使える血筋が散逸してしまって……。厳しかった国の環境のせいもありますが、魔法が使えない子供を捨てる貴族の風習による、損失だと思います」
魔法が使えない子を捨ててしまう、アルテの風習は、当然嫌がる親もいたと聞いている。
子供を守るためにアルテを捨てた魔法使いもいて、他国に渡った中に癒しの魔法が使える人が多かったのでしょう。
「貴族としての優位性を保つためですか……。しかし貴族の条件が魔法だったという歴史があっては、難しいでしょう」
「ええ。変えたいと思っておりますけれど、若輩の私達では難しいのは確かで。他国との交流を増やすことで、意識を変えていければと思っておりますわ」
言外に、だからアルテを嫌がらないでいてくれると嬉しいと匂わせて、グレーティア王女は再び庭へとコンラート王子を案内した。治ったのなら舞踏会場へ一度は戻らなければと思ったのね。
雪が残る場所を進みながら、グレーティア王女はそこでふと尋ねた。
「あの、ところで……。コンラート王子は痛みには強い方なのですか?」
王女も気になったのね。足を踏むと喜ぶかもしれない変態の可能性がある、と聞いたから。
私もどんな答えが返ってくるのかどきどきしたのだけど、コンラート王子は不思議そうに応じた。
「普通だと思いますよ。やはり痛いことは避けたいと思いますね」
……あら?
やっぱり王子は痛いと嬉しがる変態とは違うの!?
まさか私に踏んでとか言い続けていたのは、本当に嫌がらせだった?
そんな風に考え込みそうになった私だけど、ふっと何か変な感覚に当たりを見回す。
庭の奥から誰かが飛び出そうとしてきた。
コンラート王子がグレーティア王女を庇おうとする。
私はとっさに、ラフィオンを呼んだ。
『ラフィオン!』
『先に召喚をする、入っていろ!』
『え?』
ラフィオンの答えにびっくりした次の瞬間、地面から土がむくむくと湧き上がっていつものゴーレムができ、私は吸い込まれた。
おお、ラフィオンたら遠隔でも召喚ができるようになったの? というか急にふわっとした気持ちになる。暖かい風が吹きこんできたような感覚……なにかしら?
とにかく二人を守らなくちゃ。
立ちはだかった私は、相手を止めようとしたところ――持ち上げた腕に、相手の剣が弾かれた。
え? 人なの?




