事態が膠着しているもので
報告してみると、サリエル王子も同じような反応を示した。
「お酒は失敗かぁー。グレーティアにも言っておかなくちゃ。やっぱり好意的に見てもらわないとどうしようもないからねー」
こちらも勧めた関係上、お酒を飲みすぎたサリエル王子がソファーに寝そべってぐずぐずしていた。
いつもの黒服侍従さん達が、そんなサリエル王子をあやしながら上着を脱がせたり、水を飲ませたりと世話をやいている。構われるとぐずりながらも、サリエル王子はなんだか嬉しそうだ……甘えっこなのかしら?
壮年の侍従さんが仕方なさそうな顔で微笑んでいるあたり、もう第二のお父さんみたいなものなのかもしれないわ……でも、と私は心配になる。
この王子、結婚しても大丈夫なのかしら。
グレーティア王女のことも心配だけれど、彼女はまだ普通の方ですもの。サリエル王子の方が不安だわ。主に結婚後に、お嫁さんに嫌がられそうで……。
「しかし、リンゲルドとの交渉に使うつもりだと、グレーティアに誘惑されてくれるかどうか怪しくなってきたねー」
「ですね。証文扱いのつもりでしょう。婚約を広めておけば、踏み倒したり変な条件をつけにくくなるでしょうから。婚約を取りやめたければ、融資分は返さねばならなくなりますからね。ルーリスも、婚約に絡んでリンゲルドとの交易の優先権を主張して、期間内にある程度の利益を上げるつもりなのでしょう」
「ある程度、国元でそういう相談をしてきているだろうね。だとすると、恋心だけじゃ動かないだろうからなぁ。こっちも魔法使いの派遣とか、何かの条件を考えないと」
サリエル王子はラフィオンに下がってもいいと許可をした後、ぶつぶつと「何の餌だと引っかかってくれるかな……」「グレーティアにもうちょいがんばってもらってみて……」とつぶやき続ける。
妹と争わずに済むために、サリエル王子なりに考えているんだろう。
でもぽつりと、その合間につぶやいた言葉に私はハッとした。
「まぁ、あの王子があんまり変な奴じゃなさそうで良かったかな……」
兄として、グレーティア王女の相手になる人のことも、気にしていたのでしょう。
あと、やっぱり疑問よね。
『どうして私相手には、あんな変態な行動に出たのかしら?』
『まだ、王子も自分がそうなんだとは思っていないんじゃないのか?』
自分の部屋に戻ったラフィオンは、従者にお茶を出してもらって、息をつきながら応じてくれた。
『……私のことがきっかけなのかしら?』
『もしかすると、そうなのかもしれない』
うっかりぶつかったばかりに……。
『そうすると、グレーティア王女がきっかけになるしかないのね』
『明日、もう少し様子を見て進言する』
そこでラフィオンが私の方を見た。
『今日はずっと付き合わせて済まなかった、とりあえずは帰るといい、マーヤ』
次の瞬間には、いつも通りに精霊の庭へ戻った。
ふわふわと光の球が漂う美しい泉のほとりも、今は夜の闇の中だ。
空の星を見上げながら、私はぼんやりと思う。
グレーティア王女は目標を達成できるのかと。それが難しそうだと思えば思うほど、不安になる。
「これが上手くいかないと、私本当に精霊のままなのよね……」
あの因縁の崖から落ちて死んだまま。
精霊としてラフィオンに呼ばれなくなったら、現世に生まれ直すのでしょうけれど。
たぶん、人の人生よりもずっと長い時間を過ごさなくてはならなくなる。なのに、悔いを持ったままでは生きるのは辛い。
対策は記憶をなくしてもらうことしかないけれど。
でも、運命を変えられると希望を持てていた頃なら、仕方ないとあきらめられたことも、駄目かもしれないと思うと……嫌だ、と思ってしまう。
このままじゃ嫌。なんとかして元凶のあの王子を殴りたい。でも精霊になったら殴れない? せめて嵐でも起こせる精霊を目指す?
ああでも、妹のいる国なのよ。うっかりあの子が被害を受けるようなことがあったら嫌。
「……よし、こんな時はこれよね」
私はエリューの葉の残りを取り出した。
人なら、こういう時はお酒を飲んで眠ってしまうに限ると聞いたわ。16歳の私はまだ試したことがなかったけれど。
そしてこの分量なら、少し酔った状態になって、人間みたいに眠ってしまえるのではないかしら?
食べ終わると、もくろみ通りふわふわとした気分になって、少しずつ眠りの中に落ちて行く。やった、考えた通りだと喜んだけれど、たぶん私ヤケになっていたのね。
とても大事なことを忘れていたわ。
眠っている間に呼ばれた。
「ふわっ!」
そして叫んだのは私じゃない。ぎょっとした顔をしているラフィオンだ。
あらやだ。ラフィオンもそんな可愛い叫び方をするのね。
そして近くにいたラフィオンの従者くんが、からからに乾きそうなほど目を見開いて静止していた。




