ご案内をしてみたものの
港は王都の端にある。
コンラート王子は、サリエル王子とグレーティア王女と馬車に同乗し、まずは王宮へと向かうことになった。
馬車に乗っている時間はそこそこ長い。石畳でも馬車はかなり揺れるので、中にいる人達のためにゆっくりと進むからだ。
その間、グレーティア王女は涙ぐましいほどに努力をしていた。
「コンラート王子は、アルテにいらっしゃるのは初めてですよね?」
「ええそうですよ」
「ご親族が来られたのは確か……」
「我が父が、10年ほど前に訪問させていただいたようです」
「その時は何を視察されたのですか?」
「魔法の……」
延々と会話を続けるものの、内容的には硬いやりとりのままだ。とても打ち解ける隙がないというか……。コンラート王子ってこんな人だったかしら?
私は思い出そうとする。
最初は父に命じられて婚約者候補を選ぶらしい、舞踏会に送られた。その時はほとんど王子とは話さなかったのよ。
侯爵令嬢としての生活でさえままならないのに、王妃だなんてとんでもない。それに家に顔を出せなくなるでしょうから、目を離している間に妹が変な所に嫁がされそうで、怖かったの。
とにかく舞踏会では、顔をちらりと見ただけだし、コンラート王子も私に話しかけたりはしなかった。
二回目の遭遇では、問題の花の庭園での事件があったのよ。
やっぱり王子との接触を避けようと、私は隅の方にいたわ。そんな私にも、熾烈な婚約者候補争いの火の粉が降りかかってしまって……。
帰り際に、偽物の侍従に案内されてみれば、むやみに入ってはいけない王妃様の庭先に来ていて。
慌てて道を戻っている途中でぶつかってしまったのよね。
その後は豹変してしまったから、コンラート王子の普通の対応というのが、他の人相手のものしか記憶にない。
もう少し柔らかなものだったように思うの。話を合わせようとしてくれたりとか。
やっぱり、今日は外遊ということで仕事で来ているからなのかしら? それとも、既に次に訪れる国の王女との婚約について話が進んでいるから、グレーティア王女に素っ気ないのかしら?
これは調べなくてはわからないわ……。
結局、堅苦しい話ばかりのまま、王宮へ到着してしまった。
コンラート王子達は国王に謁見し、その後は一度部屋で休んでもらうことになる。
謁見まで同道した後、さすがにサリエル王子達はコンラート王子を見送り、自分の住いに戻って来た。
一緒に王子の応接室に入って、サリエル王子の向かい側のソファに座ったグレーティア王女は、ため息をつく。
「一応、次にお会いするお約束は頂きましたけれど……」
「なーんか芳しくないねぇ」
ソファの背にぐったりともたれたサリエル王子も、浮かない顔だ。
「でも滞在期間はまだ一か月あるのですもの。できるだけのことはしますわ、私」
まだ諦めるのは早いと、グレーティア王女が自分を鼓舞するように、両手を握りしめる。
「でも、もう少し情報が欲しいよね。周囲に配置した侍従達に、何か聞き出せないか命じてみよーか」
「でもお兄様、それも心配ですわ」
グレーティア王女が心配したのは、侍従達に何かあるかどうかではなく、
「おそらくバイロン公爵側の人間も、コンラート王子の近くにいると思うのです。うちの手の者が何か聞き出すことができても、すぐにあちらに伝わってしまうのでは……」
バイロン公爵側にまで、コンラート王子の情報が伝わってしまう。それでは意味がない。
「バイロン公爵達まで対策を立てられるようにしたら、余計にこちらが不利になる可能性もあるよねー。できればひっそりと。ルーリス王国の人間だけで話している内容を聞き出せたらいいんだけど……」
そこでサリエル王子は、自分の隣に座らせていたラフィオンに顔を向ける。
「何かない? ラフィー」
「……召喚で、ということですよね?」
ラフィオンの答えに、サリエル王子はうんうんとうなずいた。
「召喚した魔獣なんかに。こっそり相手の偵察ができそうなのっていないかなー?」
「少し考えてみますが……」
ラフィオンは沈思黙考を始める。
サリエル王子の隣にいる分、その落ち着き具合がやけに老成して見えるわ。元からはしゃぐような人ではなかったけれど……。
そういえば、今回ラフィオンは私を呼ぶのが『遅くなった』と言っていたわよね。
予定していた時期より一か月くらいずれたみたいだということは……もしかして、ラフィオンてもう14歳になったのかしら?
それは大人びるわよね。私が婚約者候補になるために、舞踏会に送り出された年と同じになってしまったのですもの。
成人は16歳になってからでしょうけれど。もう大人になってしまうのね、と感じた私は、しみじみとしながらラフィオンの横顔をながめていた。
すると、ラフィオンが心の中で私に問いかけて来た。
『マーヤ。月影の精霊は、人の話を聞くだけということもできるのか?』
なるほど。カイヴ達に頼みたいのね。
『お願いしたらできると思うわ。もしくは、私もついていって聞くこともできる。ただ、夜じゃないとムリだと思うわ』
太陽の光は苦手って言ってたものね。
『わかった。後でそれを頼む』
調査の方法を決めたラフィオンは、サリエル王子に言った。
「夜になれば、使える召喚魔法があります。それなら人の話を聞くことはできるかと。ただ、目的の会話を聞くことができる保証はありません」
「十分だよラフィー。収穫がないのは覚悟しているよ」
サリエル王子の返事に、ラフィオンはうなずく。
というわけで、私はカイヴと一緒にコンラート王子の偵察に行くことになった。




