表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/90

崖の上でお話し合いは危険です

 強い風が吹いていた。

 嵐が近づいているのだから当然だ。

 私の萌黄色のドレスも、ベージュブラウンの長い髪も真横に靡いて、前を向いているのも辛い。

 ごうごうと鳴る風に負けない声で、目の前にいる少女が言った。


「あなた邪魔なのよマーヤ・ロディアール」


 冷たい言葉で言い放つ彼女は、子爵令嬢ミルフェだ。

 彼女とは友達だと思っていた。

 だからこんな天気の夕暮れに、誘いの手紙を受け取ってやってきたのだ。

 歩いている途中で、多少様子がおかしいとは思った。けれど穏やかな気性の彼女が何かするとは思わず、王族の離宮の一角にある、海に面した崖まで歩いて来てしまったのだ。

 でも友達だと思っていたのは、私だけだったらしい。


「殿下はわたしを選ばなくちゃいけないの! あなたはそのための踏み台だったのに、どうして殿下はあなたまで! なんで優しくしている私じゃなくて、冷たくしているはずのあなたにばかり殿下はかまうのよ!」


 そう叫ぶミルフェに、私は崖の先端へ追い込まれる形になっていた。

 婚約者候補を決める今回のパーティーで、王子が私とばかり踊っていたから、他の令嬢達が目を吊り上げていたのは知っていたわ。でもミルフェは暖かく見守ってくれていると思っていた。

 そして今日、王子が婚約者候補に選びたいという意味で、花を送ったのは二人。

 私と、ミルフェだ。


「私にだって理由はわからないわ! 間違えて叩いてしまった時から、どうしてかもう一度殴ってくれって言うようになって……」


 心の底からわけがわからないの。

 偶然起こった出来事を許して下さったのは良かった。さすがに王子を叩いてしまっただなんて、醜聞もいいところだもの。

 けれど、その後も変な要求をしてきたのよ。実は私を許していなくて、わざと不敬を働かせようという罠じゃ? 疑っているわ。


「嘘つかないでよ! 殿下がそんな変態なわけがないでしょ!」


 金の髪を振り乱したミルフェ嬢は、短剣を持っていた。

 護衛から借りたのか、親に始末をしろと言われたのかしら。家の紋章なども入っていない短剣。これで刺されたら、誰が殺したのかもわからなくなるでしょう。でも。


「今ここで私を殺したら、あなたが真っ先に疑われるわ、ミルフェ様」


 親の命令で仕方なく動いている私と違って、ミルフェは王子に心酔していたはず。疑われるようなことがあったら、何があっても王子は彼女を選べなくなるのではないかしら。醜聞持ちを妃にするわけにはいかないもの。


「大丈夫よ。あなたがわたしを襲ったことにするから」

「そんな話を誰が信じるの?」

「目撃者は用意してあるわ」


 ミルフェが視線を向けた崖近くの庭園の木の側に、いつの間にか二人の令嬢と従者が立っていた。令嬢二人は顔見知りだったし、こんなことには加担しない人だと思っていたのに。


「それに、みんな騙されてくれるわ。あなたは元々、プライドが高くて冷たい人だと評判だもの。見下していた子爵令嬢まで婚約者候補に選ばれたのが不服で、この短剣で私を殺そうとしたという筋書きなら、みんな信じるでしょう」

「そんな。あなたを見下したりなんか!」

「わかっているわ、お優しい侯爵令嬢様」


 ミルフェは天使のように可愛らしい顔で微笑む。


「あなたがあまりにも清廉潔白なものだから、わたしも苦労したわ。時々、あなたと会った後に泣く真似をしてみたり、他の令嬢に、あなたにいじめられて悩んでいると相談をしたりするの、結構大変だったのよ」

「な……」


 最初から、ミルフェは私をそういう形で利用しようとしていたのね。

 貴族令嬢ならみんな、王子が他国の王女との婚約が破談になった二年前から、虎視眈々と王子妃の座を狙っているのはわかっていた。

 けど、私はずっと「あなたが選ばれたらいいのに」って言っていたのに。昨日のパーティーでも、あなたが王子妃になってと懇願したのに。信じてはくれなかったのね。


「だから安心して死になさい!」


 金切り声を上げて、ミルフェ嬢が私に突進してくる。

 直前に、刺されて死ぬのは痛いから嫌だ、と思ってしまった。

 私は短剣の切っ先を避けて……そのまま崖から落ちた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ