5-①普通ってどんな?
河川敷を走破した頃に雨脚は急激に強くなり、二人は近くにあった個人商店の軒先に逃げ込んでいた。黒々と濡れたアスファルトに雨粒が激しく打ち付けられている。
「なあ、お前って休みの日、何して過ごしてんの」
「何って、別に、普通よ」
そう言いつつ、アカネは乱れた息を整えようと肩を上下させていた。見上げたユウキは涼しげな顔で遠くの空に視線を移している。質問した手前、その答えなど全く気にしていない素振りだ。頭上の雲は分厚くいかにも雷を抱えこんだようだったが、一つ町を外れると晴れ間が見えるような奇妙な空模様だった。
「普通って、どんな?」
「だから普通だって。どうしてそんなこと聞くのよ」
「おれ、その普通がわかんないんだよね」
そう言われてアカネはハッとした。そして本当に申し訳なさそうに頭を掻いて見せる彼の顔を見上げた。これまでのユウキは部活一筋で、普通の学生が送るような休日は全て練習か試合に費やしてきた。だからいざ時間が出来た時、何をしていいのか本当に分からないのかもしれない。彼女は少し恥ずかしそうに笑う幼馴染を見てそう思った。
「折角だから、次の休みはちょっと遠出しましょう」
雨脚が弱まり始めた空を見ながらアカネはそう告げる。頬に刺さる視線を感じながら、恥ずかしくてユウキのことは見れなかった。でも、今まで頑張ってきた彼にほんの一日でも普通の高校生のようなことをさせてあげたいと素直に思えたからこそ、彼女は勇気を出せたのだった。
「少し遠いけど、隣町の遊園地なんてどう? あそこ、誕生月なら入園料安くなるらしいし」
「そっかお前、その日が誕生日じゃん」
今更気付いた様子でユウキは言った。
「もしかして予定入ってた?」
「別に、誕生日って言っても夜ご飯が少し豪華になるくらいじゃない? あたしがケーキあまり好きじゃないの知ってるから親も買ってこないし」
アカネは顔色を窺おうとする彼から顔を背ける。
「ほら、もう止んできた。さっきまでバカみたいに降ってたのに」
そして彼女は底抜けに明るい声色を無理に出し、小さくなった雨粒を掌に受けて見せた。
「もう帰ろ、じきに暗くなるよ」
アカネはユウキが持っていた自分の鞄を奪って止みきっていない雨の中を走り出した。
「付き合ってあげるんだから、アイスくらいおごりなさいよね」
別れ際、彼女は叫ぶように減らず口を叩いた。可愛くない。それは分かっている。でも、そんなことを言わないと、恥ずかしくてまともに別れられなかった。