4-①先輩、後輩。
二か月前、春の選抜大会が終わり、チームが再編されつつある頃、ユウキは補欠の投手の座を一つ上の中條という先輩と争う形になっていた。エースピッチャーの佐久間と二番手の田代、主に中継ぎを担う森本、その次の立場になるが、補欠でも遠征に帯同できるのでメンバーに入れるかどうかは経験値を上げるのはもちろん、今後のチャンスという面でもかなり重要な分岐であった。
「おい、そこのヒョロイの、水とって」
部室の一番奥に設置されたベンチに座り、中條は求めるように手を差し伸べた。顎でペットボトルを指す。手を伸ばせば届く距離だったが、ユウキは言われるままそれを手渡した。
「なあ、今日はお前、何週走ったんだ?」
長年続けている朝夕のジョギングのおかげで持久力には自信があった。彼のそれは部でも抜きんでていて、持久系の練習ではレギュラーにも劣らない成績を残していた。
「十五週は走ったと思います」
「監督は校舎の外周を十周走れと言った」
「はい」
中條はグビグビとペットボトルに入ったスポーツドリンクを煽って嫌な間を作る。
「どうして走った」
「はい、時間がまだあるようだったので」
その言葉尻を遮る様に空になったペットボトルが乱暴にベンチに置かれる。
「やめろよ」
「はい?」
「やめろって言ってんだよ、そういうの」
言っていることが理解できず先輩を見ると、中條はこう続けた。
「自分が得意だからって、人より多く走って目立とうなんて厭らしいやり方だよ」
憎しみの籠もった表情に思わず顔を背けると、ユウキは根拠のない言いがかりだと知りつつも負い目を感じてしまう。
「一年は玉拾いだけしてればいいんだ。出しゃばんな」
そう言って先輩は空になったペットボトルを再び顎で指した。ユウキは倒れたそれを拾い上げ、一礼して部室を後にしたのだった。
校庭に出ると、野球部員達がホームベースに集まっていた。想いおもいに屯していた部員達は、号令と共に整列する。その頃には中條や他の部員達も勢揃いしていた。総勢五十名超の大所帯の整列はそれなりに迫力がある。すでに陽が暮れ、ライトに照らされたグラウンドから土煙がユラユラと立ち上って見えた。
しばらくすると監督の吉川が前に出て、部活の締めの挨拶を始める。練習の総括に加え、その日は大会メンバーの発表が行われた。レギュラーのみ名前が呼ばれ、補欠以下は部室にメンバー表を張り出す旨を伝え、監督は足早にグランドを去っていった。
「ユウキ、俺達選ばれてるかな」
中学からバッテリーを組んでいる寺内は期待を顔に貼り付けてそんなことを訊いてくる。自分の顔にもそんな色が浮かんでいるか気になって、彼は思わず中條の姿を探してしまった。が、その姿を見つけることはできなかった。