3-①うん? ああ。かも
嵐を運ぶ風の形が見て取れる。新緑の麦の絨毯がなぎ倒され、風の通り道を象っている。遠くのほうで色濃い雲が迫っていた。
河の水が濁ってきている。夕陽は雷雲に恐れをなして退散するようだった。
「なんでいるのよ」
アカネはいつの間にか後ろにあった影に気付いて邪険そうにそう告げる。
「だってお前、歩くの遅いんだもん。はじめは差がついてたんだよ、これでも」
そう言ってユウキは河川敷の向こうにある陸橋を西日が眩しそうに指差した。
「ついてこないでね」
「ついてきてないし」
そう言いつつもユウキはアカネの三歩後ろを歩く。夕陽に伸びた影が、それでちょうど二人の背丈を揃えさせた。
「早く帰らないと、きっと近いうちに降り始めるぞ」
風にショートヘアを抑えた彼女は素直に肯き、足を速める。
「今度の土曜日、どこにいくの」
「ああ、どっか行きたいところある?」
「はぁ? 用事があるから誘ったんじゃないの?」
「いや、特に用事がなくて暇だから誘ったんだけど」
彼の真意を確かめるために彼女は思わず振り返った。が、そこには例のネジの抜けたみたいな笑顔しかなかった。
「部活は?」
そして率直にそんな疑問を投げかけた。
「なんだよ、お前もそんなこと言うの?」
「どういう意味?」
「お前もおれのこと責めるのかって」
わずかに顔を顰めて問うユウキをアカネは鼻で笑って見せた。
「何言ってんの? あたしは別にあんたが部活をサボろうがどうだっていいわよ。責めてるって感じるなんて、ちょっと自意識過剰なんじゃないの?」
そう言われて彼は一瞬考えた後、急に吹き出した。
「そうだよな、俺が部活辞めたってお前には関係ないもんな」
明るくそう言われて少し複雑な気分ではあったが、アカネは曖昧に肯いて見せた。
「部活、やめるの?」
ありったけの平静を装って彼女は訊く。
「うん? ああ。かも」
が、ユウキは心がどこかに行ってしまったような返答をするだけだった。
「あ、雨」
微かな雨粒の感触を確認すると、二人は同時に上を向いた。頭上にはすでに今にも降り出しそうな雨雲が分厚く渦巻いていた。
「傘は?」
アカネが訊くが、彼は悪びれる風もなく首を横に振る。呆れて鞄の中にしまっておいた折り畳み傘を取り出そうとするが、それはいくら探しても見つからなかった。
「ないの?」
「もしかしたら前に使って干してから戻すの忘れてたのかも」
不安そうに彼女が言ったにもかかわらず、ユウキはイタズラな笑顔を作り、アカネの顔を覗いた。
「じゃ、走ろっか」
言い終わらないうちに彼は駆け出していた。
「ねえ」
突っ立っているアカネを見兼ねて彼は引き返し、彼女の鞄を取り上げて、子どもみたいな笑顔で、競走な、と告げて再び走り出した。
家までは走れば五分とかからない距離だったが、その時彼女は雨宿りしようとか、立ち止まって彼を待とうなどという気持ちは一欠けらもなかった。鞄を取られたのがスタートの合図だったかのように、アカネもはじかれたように夢中になって川沿いの道を走り始めたのだった。