21-①無実の証拠
四つに切り分けられた防犯カメラの映像が淡々と時間を切り取っている。アカネは来訪者がドアをノックするまでの時間、急いでカメラのチェックを済ませていた。ユウキと別れた後、彼女は従業員入り口からファミレスに入り、すぐに店長に事情を話したのだった。彼女のあまりの熱意に、防犯カメラの利用方法を間違えないという制約付きで閲覧を認めてもらえた。彼女には、自分たちの座っていた席が必ず録画されているという確信があった。なぜなら、アカネはこのファミレスの厨房で毎日のようにその映像を見ていたのだから。
「驚いたよ。お前がここで働いているなんてな。学校の職員もよく利用するから。でも、気付かないものなんだな」
事務室のドアが開くと、吉川はまずそう口にした。
「私のことはどうでもいいんです。とにかく、これを見てください」
練習しておいた通りに防犯カメラを操作すると、アカネは自動録画された動画を流し始めた。
「設楽が無実だということは、これで証明できるだろう」
一連の動画を確認すると、吉川は納得したように何度も頷いた。
「でも、幼馴染だからって、なんでお前がここまでする」
証拠の箇所をDVDに焼いている間、担任はそう訊いてきた。
「お前は俺にこの映像を出すために、学校に無断でバイトしていることを告げた。設楽を助けるためなら自分が犠牲になってもいいってことか」
「そんなんじゃありません。私はただ、何も悪いことをしていないことを証明したくて」
「悪いことをしていない証明をするために、自分がしている悪いことを打ち明けたわけだ」
「それは……」
その言葉に後が続かない。どうして私はあいつを守りたいんだろう。答えはわかり切っていた。でも、人に打ち明けられるような理由でもない。
「あいつから野球を取ったら何も残らないから」
だから彼女は取り繕うようにそう口にした。
「野球をサボっていた一週間。あいつとよく登下校で出くわしたんです。通学路が一緒なんだから、当たり前なんですけど」
アカネはその時のユウキの表情を思わず思い浮かべる。
「その時のあいつの顔と来たら……。あいつにとって野球がどれだけ大切かなんて、私にだってわかります」
普通の学校生活を犠牲にしてまでも彼が捧げてきた時間を彼女は思った。
「私にはそれほど大切なものなんてありません。内申書が悪くなっても自業自得ですし、代わりに停学になっても構いません」
そう言いながら何となく入学し、過ごしてきた今までの学生生活を振り返った。
「だから、あいつから野球を取り上げないでください」
DVDを取り出した吉川は、彼女の深く下げられた頭をゆっくりと起こした後、少しだけ憮然とした表情を作った。
「お前の学生生活は設楽と比べて価値のないモノなのか」
そう問われたアカネは、野球に打ち込んでいるときのユウキのキラキラした横顔を想像し、また、凹凸の少ない自分の生活を思った。正直、彼女には自分の生活がユウキのそれと比較できるほど価値あるものには思えなかった。
「それは違うぞ」
答えを待たずに担任は言う。
「お前は設楽の方が充実した生活を送っていると思っているかもしれないが、お前のこれまでの高校生活だって、もちろんこれからだって、あいつと同じように大切な時間なんだからな」
吉川は入学してから一番キビしい表情を湛えてそう諭した。
「だから、軽はずみに自分の人生を台無しにしようとするんじゃない」
アカネはそう言われて初めて、これからの自分が心配になった。それしか方法が思いつかなかったとはいえ、勢いで自分の校則違反を暴露してしまうことになった。覚悟はしていたが、両親にこのことがバレたら、彼らはやはり悲しむだろう。停学をくらった生徒は、まともな進学は望めなくなるのだろうか。狭い事務室の中、彼女の頭には様々なイメージが駆け巡った。
「今回の件は俺が預かる。だからお前は何もかも、他言無用だ」
帰り支度を整えると、吉川は普段通りの顔の皮の分厚い笑顔を湛えた。
「何も心配することはない」
彼はアカネの背中を強めに叩き、一緒の退席を促す。
「実はな、ここのオーナーは先生の教え子の親御さんでな」
担任はそれだけ言うと、振り返った彼女に満面の笑顔を向けるだけで、その続きを口にすることもなく、店を後にしたのだった。