17-①無実を証明するには
夕暮れが曇り空に、曇り空が夕闇に飲み込まれていく。窓外を眺めていると、胸騒ぎが後からあとから押し寄せてきた。
「もしもし、今いいですか」
光を失う風景を瞳に映しながら彼女は素早くそう告げる。
「なんだ、珍しいな」
受話器の向こうから吉川の声が届いた。
「訊きました。設楽君のこと」
「なんだ、もう耳に入ったのか」
「たまたま帰りに会ったもので」
棘のある声にも担任は呑気な声で応じる。アカネは不安を憤りで覆い隠し、スマホを握る手に力を入れた。
「私、設楽君がファミレスにいた時、一緒にいました。だから、あいつがビールを飲んでいないことも、タバコを吸っていないことも知っています」
一息で説明すると、彼女は相手の反応を窺った。しかし教師は反応を示さない。
「ビールは一緒にいた子が勝手に頼んで、ノンアルコールだと確認してから口を付けました。でも苦くて、彼は一口しか飲まなかった。タバコは落ちたものを拾ったところを撮られました。手にしていたところから一本抜き取り、タバコを吸ったのは一緒にいた生徒の方です」
「アカネ」
まくし立てたところを見計らって吉川は彼女の名を呼んだ。制したというより、呼び止めた、諭すような口調で。
「お前の今の話、おそらくそれは本当なのだろう。俺も実際、設楽がタバコを吸うところはどうしても想像できないんだ。あいつは曲がったことが嫌いだし、第一、最近タバコの件で一悶着あったばかりだからな」
吉川は受話器の向こうで一つ呼吸をする。アカネには担任のそんな息遣いに言葉の真理を見た気がした。
でもな、と教師は切り出す。
「あの画像は職員室だけでなく、一部の保護者にも渡ってしまったらしいんだ。教師と生徒の間だけのことだったら事はこんなに大袈裟になっていない。確かにそれを問題視する向きもあるが、すべての問題を明るみに出すことだけが正しいとは俺たち教師は思っていないからな。事情を加味して対応しただろう。だが今回はすでに事態が公になってしまっているんだ。そうなったからにはこちらとしても公の対応をせざるを得ないということなんだよ。お前の話を信じていないわけじゃない。俺も設楽を信じている。だがな。こうなったからには、誰もが納得する理由を提示しない限り公に許しを得ることは難しいだろう。だから、残念だが一生徒であるお前の話だけでは設楽の疑いを晴らすのに十分ではないんだ」
感情の起伏なく、吉川は淡々と言って聞かせた。アカネはその話を理解しつつも、事実を知る者としてどうしても承服できる気分になれなかった。
「じゃあ、どうすればいいって言うんですか」
「だから、誰もが納得する証拠をだな……」
彼女の問いに、教師は同じ答えを重なる。
「誰もが納得する証拠ってなんですか」
責めるような問いに、吉川はついに応えることはなかった。
「わかりましたよ。もう先生には頼みません」
業を煮やして感情のままにアカネは通話を遮断した。悔しくて『絶対に証拠を揃えてやりますから』と吉川に当てつけのようなメールを送る。もちろん、担任が悪いことなど一つもないことはわかっている。でも、ユウキの窮地に傍観的立場を保っている教師に、彼女は少なからず憤りを感じずにはいられなかった。
アカネは家を飛び出して、街灯が点き始めた夜道を走った。
このままではユウキは不良のレッテルを貼られてしまう。学校から見放されてしまう。そうなれば、大好きな野球も取り上げられてしまうだろう。私があいつを守らなくちゃ。私にしかあいつは守れないんだから。絶対にあいつから野球を奪っちゃだめだ。絶対に、野球をしてないユウキなんか、ユウキじゃないんだから。
言いようのない気持ちが心の中から溢れ出て、アカネはそれを原動力に走り続けた。走り続けていくうち次第に周りの雑音は遮断され、自らの息遣いと心から漏れ出した声が鼓膜の内側から聞こえてくるだけだった。