14-①謹慎宣告
翌日、授業前に加賀に礼と詫びを入れようと思っていたユウキだったが、同級生はその日、教室に来ることはなかった。
「設楽、ちょっと職員室まで来い」
放課後、部室に向かう途中に吉川が声を掛けてきた。本人は何やら忙しなく階段を上がっていく。
「もしかして、選抜のメンバー、改変するのかもよ」
一緒にいた寺内がそんなことを言ってユウキに肘打ちして見せる。先日の大会は午前と午後に二試合が行われ、ユウキたちの学校は順調に勝ち進んでいた。これから敗れるまで毎週末に試合が続いていくが、その間に稀に選抜メンバーが組み直されることがあり、寺内はそこにユウキがねじ込まれるのではないかと邪推しているのだった。
「おまえ、直前の練習試合でも活躍したし、最近、新しい球がモノになってきたからな。監督の目にも留まったんじゃないか」
嬉しそうに言う寺内は、自分が呼ばれていない悔しさをわずかに滲ませながらもユウキの背中を押した。
「おれ、先行ってるから」
そう言うと彼は一人だけ喋って駆け出していってしまった。
ユニフォーム姿でない吉川は、それはそれで教師然としている。
「来い」
職員室の彼のデスクに着くと教師は立ち上がり、ついてくるよう促した。ユウキは事態が飲み込めず黙って吉川の後を追うしかなかった。
「そこに掛けなさい」
吉川は肩に手を置くというより首根っこを掴むようにして座るよう促した。向かった先は応接室だった。一年のユウキは初めて入る。大仰な机とソファが部屋の中央に配置され、壁面には数々のトロフィーが飾られてあった。ユウキはそれを見て、中学の時に大会で優勝した時、応接室で校長に報告を行ったことを思い出した。
「待たせたね」
そこに校長ではなく教頭の工藤が入ってきた。違和感があった。どうして教頭が入ってくるのか。吉川はどうして神妙な表情をしているのか。何より、応接室に取って付けたように接続されているノートパソコンが机に置かれており、何とも言えない場違い感を醸し出していた。
工藤はユウキの対面に腰かけ、しばらく彼の姿を舐めるように検めた。そしておもむろに口を開く。
「今日、学校のホームページに一通のメールが届いてね」
キーボードを不慣れな動作でいじりながら教頭は言う。
「メールですか」
ユウキはますます意味不明な状況に言葉を反芻することしかできなかった。
「そこには、こんな写真が添付されていたんだよ」
パソコンに手を掛け、ディスプレイがユウキの方へ向けられる―――そこには、昨日ファミレスで彼がノンアルコールビールを啜っているところが映し出されていた。アカネはユウキの肩に隠れて、加賀とナナはソファの外にあった観葉植物に隠れて映り込んでいない。
「これは昨日、ファミレスに行ったときに飲んだノンアルコールビールです」
ユウキは考える前に、どこか慌てて言い訳をした。
「もう一つ」
すると重ねて工藤はファイルをクリックする。
「私にはこれが、君の持っているタバコを誰かに分けているところにしか見えないがね」
教頭は睨みを効かせて見上げてくる。確かに写真だけ見ればそう取られても言い訳できない格好をユウキはしていた。
「これは違うんです。友達が落としたものを拾って、そこからそいつが抜き取っただけです。勧められはしましたが、僕は断ってすぐに帰りました」
ユウキは必死に主張した。振り向いて吉川を見るが、彼はやはり神妙な表情を崩さない。
「うまい言い訳だが、どうやら保護者会の方まで写真が出回っているようでね」
そういうと工藤はゴマ塩頭を掻き始めた。
「こちらとしては看過できない事態になっているんだ。ここまで公になってしまうとな」
吉川も苦しそうにそう告げるに留まった。
「いや、本当に僕、やましいことは何もしていないですから」
ユウキはどうすればいいかわからず、そんな言葉しか思いつかない。
「では、この写真のことをどうやって釈明するのかね」
「ですから、今言った通りなんです」
「その言い訳を訊いて、これを見た人が、はいそうですか、と信じてくれると思うのかね、君は」
アツくなるユウキを尻目に、教頭は終始落ち着いた態度を崩さなかった。吉川は顎に手を当て、生徒に哀れみともとれる眼差しを送る。
「ここまで公になってしまったことだ。学校としての対応が求められる」
しばらく押し問答が続いた後、教頭は最後通告の要領でそう切り出した。
「学校としての体裁もあるからね。問題を起こした生徒を看過したらそれこそ大きな問題となってしまうんだ」
「お前には悪いが、そういうことだ」
吉川は諭すようにそう重ねる。
「会議で検討した結果、お前には一週間、謹慎してもらうことになった」
そう宣告された頃には、ユウキはすでに肩を落としていた。自分は何も悪いことなどしていない。どうしてこうなってしまったのか。どうすれば信じてもらえる。そんな考えが彼の頭の中で堂々巡りを繰り返す。しかし、良い答えはいつになっても思いつかなかった。提示された写真は、傍から見れば確かに彼がタバコを差し出しているように見られた。
「部活にも行かれないんですか」
弱々しく立ち上がると、思いついたようにユウキは問うた。
「自宅謹慎だからな」
その問いに、にべもなく吉川が返す。
退室を促され、足を引きずるようにしてユウキは応接室を出た。部屋を出た直後、縋るように振り返ると、監督は神妙な表情を崩さないままそのドアを閉じたのだった。