13-②ファミレスにて
「どうしてよりにもよってこの店なのよ」
席に着くなり、アカネは声を潜めて加賀に問う。
「なになんかある?」
「何もないけど……」
「だって、この近くに他にまったりできる場所なんてここ以外ないでしょうよ」
駅から少し離れた場所にあるファミレスに来ていた。席に着くとユウキがトイレに立ち、取り残されて気まずくなったアカネもすぐ後を追った。
「適当に頼んどいたから」
戻ると、加賀は笑顔でそう告げる。
「でも、選んでないよ」
「いいのいいの。今日のお礼だから、ここはおごらせてよ」
そして気前よく財布を取り出して見せた。
「そんなのいいって」
「もう頼んじゃったからさ。足らなかったら好きなもの頼みなよ」
メニューを渡して加賀はニヤリと笑う。
仕方なく今日の話をしながら時間をつぶした。二人には慣れない時間の過ごし方だったが、ナナは当然のようにずっとスマホをいじって顔を上げようとしない。元来、口数が多いわけではないユウキが止め処なく溢れ出る加賀の話を受け流すような時間が続いた。
「なにこれ?」
目の前に琥珀色の液体が置かれて、思わず二人は訊ねた。
「いや、お疲れさまの意味を込めてね」
そう言った加賀の眼差しがギラギラしていることにアカネは気付く。口角が上がって見え隠れした八重歯がやけに尖っているのが気になった。
「もちろん、ノンアルコールだから、心配しないで」
加賀は笑ってそのコップに口つけ、アカネたちにも口つけるよう促した。ナナも当然のように、むしろ興味なさげにコップを煽った。
ユウキは興味深げに恐る恐るそれを口にする。
「にがっ。これ本当にノンアル?」
そして顔をしかめてベロを出し、にがっ、と連呼する。
「本当だから」
そう言って加賀は笑いながら精算前のレシートを出して見せる。
「でも、口に合わなかったら別の頼んでいいからね」
そう言ってメニューをこちらに差し出した時、彼の胸ポケットからタバコのパッケージが零れ落ちた。
「これって……」
ユウキはその箱を手に取ると、途端に表情を曇らせた。
「何? ここ、吸ってもいい席だよ?」
加賀は当たり前にユウキが拾い上げたパッケージから一本タバコを抜き取り、止める間も無く火をつける。
「もしかして、これもやったことないの」
そうして小バカにしたように一服してみせた。隣にいるナナにも咥えさせ、火をつける。ナナも、何事もないように煙を燻らせる。
「何事も経験だから、設楽君も吸ってみなよ」
トントンとタバコの箱を叩いてまた一本取り出すと、加賀はユウキの口元にそれを近づけた。
「俺は遠慮しとくわ」
しかし彼は顔を背けてそれを躱した。
「アカネ、帰るぞ」
そしてにべもない態度で立ち上がった。
「あれ、まだ料理も来てないよ」
見上げて加賀は引き留める。
「いや、やっぱり帰るよ。今日は楽しかった。ありがとうな」
そういうとユウキは、返事も待たずに店を出た。
追いかけたアカネは、足早に先行く背中から怒気があふれているようで、かける言葉が見つからなかった。
「ごめんな、嫌な思いさせちゃって」
ようやく歩幅を緩めると、前を見ながらユウキは言った。
「こんなつもりじゃなかったんだよ」
そして背を丸め。そんな言葉を呟いてトボトボと歩く。
「楽しい一日で終わるはずだったんだ」
自分は悪くないのに落ち込む彼の姿に、アカネはいつもの突き放した言い方もできず、ただ黙々と彼の背に従ったのだった。