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1-②通学路が一緒なだけだから

 アカネはユウキのことが好きだった。いつからかはもう思い出せない。気付いたら好きだった。初めてその想いに気付いたのは小学5年の夏だった。

 その日は両親が出場する地域のスポーツ大会の練習のため夜の学校を訪れていた。子供は皆、体育館の二階にある卓球場で練習風景を眺めたり、ドッヂボールをしたりして過ごしていた。同じ状況で連れてこられていたはずのユウキの姿が見えないことを不思議に思ったアカネは、何の気なしに彼を探し始めた。

 一階を見渡しても大人達しかおらず、幕の降ろされたステージにも、器具置き場にもその姿はなかった。諦めて水を飲みに館外に出ると、バン、バンと鈍い音が定期的に聞こえてきた。体育館と校舎を繋ぐ通路の脇に一本ある外灯が、時を経て鈍くなった光で辺りを照らしていた。近づくと例の音の直前に、ジリッと鋭く地面を蹴り上げる音が聞こえてきた。アカネは少し恐ろしくもあったが、好奇心に任せて柱の影に隠れるように音の正体に目を向けたのだった。

 バン、と重い音をさせ校舎の壁から跳ね返ったボールは、吸い込まれるようにユウキの構えたグラブに収まった。彼は目の前に描かれた三重の円から片時も視線を逸らさず、額の汗を拭った。もうどれくらいそうしているのだろう。汗はこめかみを通過して頬に沿う形で弧を描き、顎先にしばらく留まった後、ひとつ、またひとつと垂れた。時折、彼は額や顎や首筋を腕で拭うが、汗は瞬く間に噴き出した。

 夢中で目の前の的に投げ込む彼の姿をアカネはなぜか少し恐ろしく感じた。ボールを捕球し、汗を拭い、振りかぶり、投げる。ユウキはこの動作を延々と続けた。

「なんだ、いたの」

 幼馴染が普段どおりのどこかネジが外れた笑顔を咲かせたのは、大人たちの練習が終わる笛の合図が鳴ったときだった。声を掛けられたアカネは我に帰ると同時に、夜気の冷たさに自分の腕を抱いたのだった。

 特にその時、二人はこれといった会話を交わしたわけではなかった。しかし、次の日から三日ほど高熱にうなされたアカネの頭には、ユウキの的を見る真剣な瞳と頬を伝う汗、そしてこちらに気付いた時のバカみたいな笑顔が代わるがわる浮かんできたのだった。枕を抱きながら、彼女は自分の感情に嫌でも気付かされた。でも、その感情があると気付いたのがその時だっただけで、それがずっと以前から抱いていたものであることを彼女は知っていた。胸の中にあるもやもやの正体が今回の出来事で突き止められただけだとアカネは思うに至ったのだった。


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