8-③呼び出し
帽子を取り、小気味良い挨拶でトレーニングルームを後にした寺内を見送った後、ユウキはドアを閉め監督と再び向き合った。
「どうだ、最近」
長年日焼けして厚くなった皮膚を持ち上げて吉川はにこやかに訊く。
「楽しいか」
質問の意味を汲み取れず応えないでいると、教師はそう付け足した。
「わかりません」
それでもユウキはどう応えるべきかわからなかった。だから正直にそう答えた。
「部活に来る気はあるのか」
すると吉川は、彼が休んでいる理由を訊くのを飛ばしてそう訊ねた。ユウキは応える代わりにトレーニングマシンに目を逸らした。
「誰がタバコを吸っていたかはだいたい把握している」
唐突に告げられたその言葉に監督の表情を思わず窺ったが、吉川はユウキの鋭い視線をどっしりと受け止めた。
「今度の大会のメンバー発表があった次の日、寺内が俺のところに来てな」
そう言って監督は彼が呼ばれた経緯を掻い摘んで説明して聞かせたのだった。
あの日、寺内はユウキと別れた後、やはり二人で帰ろうと部室に戻った。しかしすでにその姿はなく、諦めて一人で帰路につこうとした矢先、彼もまた体育倉庫から漏れる光に気付いたのだという。そして上級生に囲まれたユウキを発見し、傍からタバコの煙が揺らいでいるのを見つけたとのことだった。
「あいつはもしかしたら、お前のことを助けたかったのかもしれないな」
吉川は説明を終えた後、そんなことを言った。
「タバコのことがバレて上級生たちが処分を受ければ、きっとお前が選抜に選ばれるとでも思ったんだろう」
トレーニングルームに入ってからの同級生の顔を思い出し、ユウキはなんとも遣る瀬無い気持ちを抱いた。
「お前が野球部に戻れるようにしたかったんだろうな、きっと」
監督はそう言うとニヤリと笑んだ。
「お前たち、バッテリー組んで何年だ」
「中学からなんで、四年になります」
それを訊くと吉川は、良いコンビだな、と大きく頷いた。
「タバコの件は俺が責任を持って預かる。お前たちの本意とは違う形で決着がつくかもしれんが、不満があれば俺に言ってくれ」
その言葉にユウキは歯切れよく返事をした。
話は終わったという風にパイプ椅子を畳んだ後、再び吉川はユウキと向かい合った。
「お前、今回の選抜メンバーに選ばれなかったことが不満か」
直球のその質問も真正面から見つめてくる瞳に、ユウキは思わず息を飲んだ。
「タバコを吸っている奴らが選ばれて、なんで自分は選ばれないんだ。そう思っているんだろう」
見まい見まいと目を逸らし続けてきた想いを突き付けられたようで、彼は言葉に窮した。
「設楽」
名を呼ばれ返事を返すと、吉川は一転して厳しい表情でユウキを見据えてきた。
「一つだけ言っておく」
監督は前置きをすると、
「俺は後にも先にも、実力以外で選手を選んだことはない」
と鼻息を一つ噴いた。そしてまたシワクチャに破顔し、
「勘違いすんなよバカヤロー。選ばれなかったのはお前が単にヘタクソだからだよ」
そう言ってユウキの頭をくしゃくしゃにしたのだった。
「明後日の練習試合には投げてもらわなくちゃならない。さ、練習、練習」
穏やかに背中を押し、吉川は退室を促す。
目まぐるしく変わる教師の表情に戸惑いながら、胸のつっかえが取れたユウキは、押されるまま校庭まで駆け出して行ったのだった。