8-②呼び出し
ユウキは自分でも驚くくらいに必死で学校へと駆け戻った。全速力で、息が上がっても休むことなく。きっと叱られるのだと思った。どうして無断で部活を休んでいるのかと。叱られるとわかっているはずなのに、なぜか肌は粟立って、苦しいはずなのに走るのをやめられなかった。
「随分と早かったじゃないか」
体育館に併設されているトレーニングルームにたどり着くと、寺内が無理に明るい表情で迎え入れた。隠し事や嘘をつくとき、後ろめたい気持ちの時に彼はよくそんな顔をする。
監督はすでにパイプ椅子に腕を組んで腰かけていた。ユウキは反射的に挨拶する。
主に朝練か部活後に利用されるトレーニングルームには、まだ三人以外は誰の姿もなかった。普段は鍵がかかっている時間帯だから周りには人の気配すらない。
「まあ、座りなさい」
野球部監督であり社会科の教員でもある吉川は、ユウキの入ってきたドアに鍵を掛けると座るよう促した。そこには三脚、パイプ椅子が置かれていた。
「なんで呼ばれたかわかるか」
腰を掛けるなり、吉川はユウキの目の奥を覗いた。彼はその視線を真っ向から受けとめ首を振る。教師は暫く視線でユウキの態度を観察したあと、微かにくたびれた風に息をついた。
「実は、出所の確認は取れていないが、最近、部内で良からぬ噂が立っているようでな。寺内にはじめ話を聞いていたんだが、こいつがお前のことも呼んでくれっていうものでな」
事情を話す吉川を尻目に、ユウキは寺内を見る。彼は憎めない笑顔をこちらに向けてきた。
「寺内は、お前なら何か知ってるんじゃないかって言うんだ」
そう言われてユウキの脳裏には思わず中條の姿が浮かんだ。
「なんのことですか」
だが彼はそう応えた。
「まだ確証が得られている訳ではないから、私としては事を荒立てようとは思っていない。だからはじめに断っておくが、今日のことは他言無用で頼む」
ユウキは監督の言葉に黙って頷き先を促す。
「最近、体育倉庫でタバコの吸い殻が見つかってな。各部で調査をするよう仰せつかったんだ」
「その容疑がぼくにかかっているんですか?」
怪訝な顔で訊くと吉川は身振り手振りで大袈裟にそれを否定した後、
「お前のことを疑っているわけじゃないんだ。今言った通り、何か知っていることがあったら教えて欲しいと思っただけなんだよ」
と告げた。
ユウキは監督の質問から、誰かからある程度の情報提供があった上で自分が呼ばれていることに気が付いた。そして彼は寺内を見る。同級生は所在なさげに突っ立っているだけで、ここで問い質しても笑って誤魔化されるのがオチだろうことは容易に想像できた。
「すいませんが、ぼくにわかることは何もありません。噂もここで初めて聞いたくらいです」
嘘をつくことと約束を守ることを天秤にかけ、ユウキは先に取り交わしていた中條との約束を取った。
「そうか、わかった。じゃあ今日はこのくらいにしておこう。今後、見聞きしたことがあったら包み隠さず教えてくれるか」
そう言って教師は二人の生徒の肩を叩いた。すでに話したいことは話したあとだったのか、吉川は寺内には特に問いかけないまま退席を促した。
「設楽。お前はもう少し残ってくれるか」
ドアに手を掛けた同級生を尻目に、ユウキは一人呼び止められた。