会合 ??/??
僕は二人の男に乱暴に暗い廊下を歩かされる。一面真っ黒の道は距離感や時間の感覚が掴めず不安な心を際立たせていく。道の先に赤い扉が見えてきた。その色はどこか血を連想させるほど純粋で不安げな色だった。
その扉が不愉快な金属音を立てながら開くのを何処か他人ごとのように感じながら見つめる。扉の先はまた奇妙な空間だった。一面が赤色でうめつくされていた。どこか狂気を感じるのと同時に、幼稚さも感じ取ることができる。同時に何かしら言葉に言い表すことのできない違和感を感じ取る。その違和感が何なのかわからないうちに、後ろの男二人に急かされ部屋の中に入る。しかし、急に押されたせいか足をもつれさせ転んでしまった。立とうともがいているうちに、扉がまた不愉快な音を立て閉まっていく。そうこうしつつ、僕はようやく立つことができた。そこでようやく気づいた。自ら感じた違和感の正体に。確かにこの部屋の主は、狂気と幼稚さを兼ね備えていた。それを覆い尽くすように、異常なほどの残虐さが顔を見せていた。部屋中の壁紙すべてが人間の皮で作られていたのだ。さらに、部屋の中に異様に漂う鉄の匂いに、壁の赤は特殊な処理をなされた人間の血が使われていることがわかる。
『あなたが探偵さん?』
僕はその声に対して反射的に顔を上げる。その声の主は正面のカーテンによって区切られた個室にいた。直接姿は見えないが、そのシルエットから女性かもしれないということが分かる。
『実はあなたに言いたいことがあったのよ』
その声は不思議な声だった。何人もの声が重なっているように聞こえ、正確な年齢や性別がわからない。さらに、声を出すたびに何処からかシューシューという空気の抜ける音が聞こえる。
『あなたは今この街に起こっている事件の中心に限りなく近い位置にいるわ』
気が付くと僕の体はガタガタと震えていた。さらに、股の部分が仄かに温かいことから失禁していることにも気がついた。僕は恐怖に怯えているのだ。呼吸が荒くなっているのがわかる。眼の焦点が合わず、考えがまとまらない。死が背後まで迫り、鎌で僕の首を刈り取ろうとしているのがよく分かる。
『もしかしたら死んでしまうかもしれないわね』
僕の顔は今ひどい事になっているだろう、涙と鼻水によって見るも無残なことになっているかもしれない。けれど僕はそのことを理解できない。死の息遣いが耳元まで迫っているのだから。
『でも大丈夫。あのアルビノの子を守りきればあなたは明日の朝日を拝めるわ』
カーテンの向こうで何かがゆっくりと動く気配がする。その動きに合わせて、得も言われぬ腐敗臭が鼻を突く。その影がカーテンを捲ろうとする瞬間僕は意識を手放した。
気が付くと車に揺られていた。定期的にくる振動は、今まで夢でも見ていたのではないかという幻想をもたらす。だが、アンモニアの匂いが否応無しにもそれが現実だということを知らしめる。窓の外を見ると、すでに夜の帳が降りていることがわかる。
滑らかに車が止まり後部座席のドアが開かれる。それと同時に僕は乱雑に小汚い路上へと身を投げ出す。後ろで車が走り去る音が聞こえる。僕は冬眠から覚めたばかりのクマのような足取りで立ち上がった。そこは事務所前だった。僕は縋りつくように事務所のドアを開ける。その先にはいつもの日常が広がっていると思っていた。けれど、その先には目を背けたくなるような惨状が広がっていた。
原型がないのだ、事務所内部の。すべてが執拗に破壊しつくされており、サイフォンの破片がそこら中に散らばっている。不幸中の幸いといえば血痕らしきものや死体がないことだろう。僕は懐から携帯を取り出し警察に電話をかけようとするが、この街の警官たちは皆汚職に手を染めており、まともに職務をまっとうするものがいないことを思い出し元に戻す。ゆっくりと立ち上がり室内を見渡す。すると二階に続く階段から足音が響いてくる。その影が姿を表す。それはクロークだった。
彼に聞きたいことは沢山ある、けれど彼が懐から一通の手紙を取り出したのだ。それは、クラリッサが受け取ったという手紙だった。彼はそれをどこからともなく取り出したライターで炙り始めた。するとどうだろうか、その手紙から新たな文が浮かび始めた。僕は彼からそれを受け取り内容を読み上げる。
「儀式の準備は整った。あとは始めるだけだ。21:00にルルイエホテルにて待つ」
どうやら僕は騙されていたらしい。これはクラリッサ宛ではなく第3者へと当てられたものだったのだ。脳裏にあのマダムと呼ばれていた女の言葉が蘇る。左腕にある時計を見ると現在時刻は19:20分
僕は小さく悪態を付きながらルルイエホテルへと駈け出した。
いあ いあ はすたあ!