聞き込み/AM11:00
「あの、その、頭を上げてください」
少女が困惑した表情で言ってくる。それもそうだ、年が一回りも違う大人のそれも男に土下座をされるのだ、困惑の1つや2つはするだろう。普通の人間ならここで頭をあげるだろう。だが、僕は自慢じゃないが普通の人間だとは思っていない。むしろ、底辺の人間だと思っている。そこで、だ。底辺の人間が目上の人間に媚びるにはどうするか。簡単な話だ……。
「お嬢様! 靴を舐めさせて頂きます! 犬とお呼びください!」
「イヤッー!」
彼女のキックが僕の顔に突き刺さった。
事務所の中には気まずい空気が流れていた。原因はさっきの僕の行動だ。いくら金に困っていたと言っても、あの行動はさすがにまずかった。あの時靴を舐めるのではなく椅子になっていれば。後悔は募るばかりだ。
「やっぱりああいうことはやめたほうがいいと思うな。前も同じようなことをしてチャンスを逃したじゃないか。全く君という人間は」
そんな空気を変えてくれたのは頼りになる相棒、ショーンだった。僕は流し目で感謝の気持を伝えるが、帰ってきたのはゴミを見るめだった。なぜだ。
「えーと、じゃあなんで君はこの街に来たのかを教えてくれるかい」
僕は視線から逃れるように質問をする。正直最初からこれが疑問だったのだ。金目的の誘拐ならばもっと簡単に済んでいるだろうし、殺しなら大事になりすぎだ。
「それは、この手紙が届いたからです」
クラリッサはおずおずとカバンから手紙を取り出す。見たところなんの変哲もない手紙だ。僕はそれを受け取ると舐めまわすように観察する。そこで気づく、宛名がないのだ。つまり犯人は直接ポストに入れた、つまり、彼女の身内の犯行の可能性が高いのだ。僕は許可をもらい内容を拝見させてもらう。
そこにはこの街の名前と一人で来いという旨の言葉しか書かれていなかった。僕は呆れた。わざと大きな声でため息を吐く。目の前の少女が萎縮するが関係ない。僕はいやいやながら質問した。
「これを信じて本当に来ようと思ったの? 誰かに言われたわけじゃなく」
「はい! ここに来ればお父さんがいると思って!」
どうやら簡単な依頼ではなさそうだ。僕は少女に外に行くぞ、と伝え壁にあるコートと、金庫に保管してる2丁の銃を持って事務所を出た。
自慢ではないが僕の住んでいるこの街はなかなか見ない特徴的な街だ。淀みが溜まった街、わかりやすく言えば、クズが集まっている。路上にはゴミが散乱し、マフィアが蔓延り、警察は汚職に手を染め、浮浪者が路上で生活をしている。ただ、ドラックだけはあるルールがあり乱用はされてないがそれはまた別の機会に。
僕は迷わずメインストリート横の小汚い路地へと入る。この街は肥溜めみたいなものだ、それを否定できるものは誰もいない。けれど、肥溜めだって役に立つ時ぐらいはある。この街に来る奴はだいたいとことんまでその道を突き進んだものだ。それは多岐に渡りピンからキリまである。それを有効活用することがこの街で生きていく上での最低条件だ。
「あの、一体どこに向かっているんですか」
クラリッサが小走りで追いかけながら問いかけてくる。少しは彼女のことも考慮しなくてはいけないな、そんなことを頭の片隅に留め置きながら質問に答える。
「この街、いや、アメリカ全土を探しても追従を許さないほどのハッカーがこの先にいるのさ。もしかしたら、そいつが情報を持っているのかもしれないからな」
僕は気軽に答えるが、彼女の顔はとても驚いている。それもそうだ、国防省に所属する者達よりも優秀な奴などそうそういないはずだ。
路地を曲がると、黄色い粗末なボロ布のような服を着た浮浪者が座っていた。僕は今日は厄日だがツイテルなと思い軽く口笛を吹く。
「なあクローク、あんたの情報網にコイツは掛かっているかい?」
新聞から切り出したバートンの写真を懐から取り出し見せる。クロークは数秒じっと見たあと小さく横に首を振った。僕は礼を言い、一ドル札を差し出した。クロークは恭しく受け取るとそれを懐にしまう。
僕は立ち上がると早足に歩き出す。この路地に入ったのは、こいつ、クロークを探すのも目的の一つだったからだ。こいつは独特な情報網を構築しており、アナログな部分の情報は恐らくだがすべて把握している。それゆえ、こいつが見つかるか見つからないかで捜査の進展が違うのだ。
路地を曲がってから更に数分ほど歩くとようやく目的地に着く。そこは薄暗い地下へと続く階段だ。まるで大きな怪物がいるのではないかと思うほど、低く、重い独特な音が響いてきている。後ろを振り返ると、大きく肩で息をする少女が苦しそうにこちらを睨みつけてきた。僕は彼女の小言を聞き流しその怪物の口の中へと降りていった。
そこは奇妙な空間だった。山のように積まれた型落ちのブラウン管から怪しいネオンの色が暗い部屋を照らしている。数個に一個の割合で、謎の記号が画面を泳ぐように流れているが意味は理解できない。床にあるコードに気をつけながら部屋の奥に進むとカーテンで区切られた区画があった。僕は遠慮なしにそれを開けた。その先にはくすんだ金髪を乱雑にまとめた少女が、パソコンに向かって何かを打ち込み続けている。
「おい、仕事だ。こいつを探してほしい」
僕は懐から写真を取り出そうとする。だが、それよりも先に金髪の少女が机の上においてあるファイルを指差す。僕は黙ってそれを受け取り、100ドル札を一枚黙って机においた。
「何を見とれているんだい。さっさと行くよ」
僕はブラウン管を見つめる少女に告げる。こんな陰気臭いところそうそういるものじゃない。さっさと階段を登り始める。少女がコードにつまづき何か言っているようだが、出口で待っていればいいだろう。
その後僕らは街のあちこちを周り聞き込みを行ったが大した情報は手に入らず、謎の麻薬が流行っていることしか掴むことができなかった。
「そろそろ事務所に帰ろうか、お腹も減ってきたしね」
「本当にこんなことで父が見つかるのでしょうか。あの時考えなおしていれば」
クラリッサはブツブツ何かをつぶやいているようだが僕は無視して歩き出した。後ろから慌てて追いかけてくる。今日のランチはパスタでも食べようかな、そんなことを考えながら帰路を急いだ。