新 人斬りイゾウ~真最終話~
「諒子ちゃん、今日はもう上がっていいよ」
「わかりました、じゃあお先に失礼します」
「うんうん。おつかれさん」
予定より十分早い、こういうの地味に嬉しいんだよね。
服を着替えて、店をでる。時間は五時。
家に帰って準備して、約束の時間には間に合うだろう。
アタシ達の物語は、まだ終わってないんだ。
――もう一度、彼をルミエスタに連れて来てあげたい。
わかばんがあの丘で言った一言。
それは余りにも突然な話だった。
眠ったままの君をCABに入れるなんて、アタシにはまるで考えつかない。
いや、アタシじゃなくても考え付かないと思う。
それはとても斬新なアイデア、とは正直言えない。
どちらかと言うと、非常識で馬鹿馬鹿しい話。
――最後まで、頑張りたいんです。
彼女の言葉は本気だった。
自分に出来る事、思いつく事は全部やりたい。
そう言った彼女の言葉に、アタシは頷く事しか出来なかったよ。
アタシも、わかばんと同じ気持ちだったから。
――自宅――
シャワーを浴び、服を着替える。
今日はいつもよりキチンとした服。
流石にスーツって訳にもいかないけど、失礼の無い様な服で。
君のお父さんに会うのは今日で二回目になるんだ。
初めて会ったのは、君と初めて会った日。
寡黙で、威厳のあるお父さんだよね。
お母さんとは病院でも何度か会ってるんだ。
静かで優しそうな人。
二人ともいい両親そうだなって思う。
アタシ達の話を聞いて、君の両親は何て言うだろう。
少し、緊張しています。
――柿崎若葉自宅前――
「すいません、お待たせしました」
マンションのエントランスから、少し急ぐようにわかばんが出てくる。
今日も相変わらず可愛い格好。清楚で、上品って言うのかな。
小さくて細い身体。お人形さんみたい。
「大丈夫、待ってないよ」
笑った顔はまるで天使だね。
こんな顔を見せられたら、何時間でも待っていられる気がするよ。
「色々お手数かけちゃってすいません。電話だって、本当は私がかけるべきでしたのに」
「いいんだよ、アタシは一応年上だからね。こういうのはお姉さんにまかせておきなさい」
年上振る訳じゃないけど、やっぱりアタシがしないとって思う。
「一応住所は聞いて調べてあるから、余裕持って着くと思うし。さっそく行こうか」
「はい。行きましょう」
時間と共に、段々と高まっていく緊張。
何となく、戦地に向かう様な気分だった。
揺れる電車の中、わかばんの顔に緊張が見える。
アタシだけ、じゃなかったね。
「大丈夫だよ」
力を入れたら折れてしまいそうな肩に、そっと手を乗せる。
「りょうこさん……。私、頑張ります」
わかばんならきっと大丈夫。
その想いは、きっと届くと思うから。
――岡田家――
「あら、こんばんは。どうぞ、入って下さい」
インターホンを鳴らすと、お母さんが出迎えてくれた。
「すみません夜分遅くに。お邪魔します」
「いいんですよ。お父さんがまだ帰って来てないから、ちょっと待っててもらうけどもいいかしら?」
「かまいません。お言葉に甘えて、待たせていただきます」
「じゃあ、こちらへどうぞ」
綺麗で明るい玄関。そういえば人の家って久しぶりに入ったな。
自分の家にも余り帰ってないしね。
「あの……りょうこさん……」
リビングに向かおうとしたアタシの背中に、わかばんが声をかける。
「ん? どうしたの?」
「あの、私入れなくて……」
しまった。そうだ、わかばんは入れないのか。
どうしてそんな事に気付かなかったんだろう、自分が恥ずかしいよ。
「あっ、ごめんわかばん。はい、アタシにつかまって」
「すいません、ご迷惑おかけして」
「いや、アタシの方こそだよ。じゃあ持ち上げるよ、せーの――」
――軽い。
少し力を入れたのが無駄だったかの様に。
わかばんの身体は驚くほど簡単に上がった。
アタシだって一応女だし、そこまで力があるわけじゃない。
それでも、わかばんは軽かった。
思っていたよりもずっと。
「よし、じゃあ降ろすよ」
「ありがとうございました。重くなかったですか?」
「いや、全然大丈夫だよ。アタシは結構力あるんだから」
そう言って、力こぶを作る素振りをして見せる。
軽かったよ、って言えなかった。
何となく、言わないほうがいいかなって。
リビングでしばらく待っていると、玄関の開く音が聞こえた。
「あら、帰ってきたみたい。ちょっと待っててね」
そう言って、玄関に向かっていく。
「なんだか、緊張しますね」
わかばんが小声で呟く。
「そうだね」
それしか返せなかった。アタシも結構緊張してるんだ。
「おお、君達か。いらっしゃい」
「お邪魔してます。夜分遅く申し訳ありません」
「気にしないでくれ。それで、話したいことがあるそうだが?」
静かなリビング、張り詰める緊張感の中。
彼女はゆっくり、そしてはっきりと口を開いた。
「お願いします。アキラ君をもう一度CABに乗せたいんです」
そう言った彼女の顔は、もう可愛いだけの女の子じゃなかった。
真っ直ぐな瞳。凛とした態度。
ああ、アタシはこの子に勝てないんだ。そう思った。
こんな強い女の子、他には見たことないから。
「CAB。確かあのゲームの機械だったな。あれに乗せたい、それはどうしてかな?」
「あ、それは……」
どうして。どうして乗せる。何の為に。
そんな事をして何になる。息子が目を覚ますとでも言うのか。
『どうして』
その一言に、全てが詰まっている様な気がした。
「どうして、と言われると正直分かりません。息子さんがああなってしまった原因もまだはっきりしてないのに、もう一度CABにと言われても納得しかねる事は承知の上です」
とりあえず、伝えなきゃ。
「今のアタシ達には何も出来る事はありません。病院に行って、花を飾って、目を覚まさない彼に話しかける以外には何も出来ません」
精一杯の思い。願い。
「それでも、何か出来る事があれば何でもしてみたいんです。例え意味の無い事だとしても、ただ待ってるだけじゃ嫌なんです」
アタシ達の本当の気持ちを。
――駅――
「今日は何だか疲れちゃったね」
「そうですね。何かすごく眠いです」
「あはは、寝てもいいよ? 家に着いたら起こしてあげるからさ」
「そんなの悪いですよ。ちゃんと起きてます」
「どうかな〜?」
こうやってわかばんの車椅子を押してると、何か落ち着くんだ。
アタシ達二人をルミエスタが、そしてイゾウが繋いでくれた。
最近ね、思うんだよ。
リアルも悪くないなってね。
――柿崎若葉自宅前――
マンションに着いた頃には、わかばんはすっかり夢の中。
何て可愛い寝顔なんだろう、起こすのが勿体無いくらい。
いいな、起きてても寝てても可愛いって。
でも可愛いだけじゃないんだよね、強いんだ。
車椅子のハンデを感じさせないほど、この子は強い。
それに比べて、アタシはどうなんだろう。
「あら? 若葉じゃない」
一人の女性が近づいてくる。このマンションの住人っぽいけど。
「あれ、貴女もしかしてりょうこさん?」
「あ、はい。そうですけど」
「やっぱり。いつも娘から話は聞いていますよ」
娘、と言ってわかばんの方を見る。
「あっ、わかばんの。いや、若葉ちゃんのお母さんですか?」
「初めまして、若葉の母です。立ち話もなんだから入りましょう、お茶でもお出ししますよ」
綺麗で、何となくさっぱりした人だなって。第一印象はそんな感じ。
わかばんの母親に促されるままに、少しお邪魔することにした。
「若葉お部屋に運んでくるから、適当に座って待っててね」
完全に熟睡。抱えられても全く起きる気配がなかった。
一体どれだけ眠かったんだろ、昨日あんまり寝てなかったのかな。
「ごめんなさいね、あの子寝たら中々起きないのよ。コーヒー、お紅茶どっちがいいかしら?」
「あ、じゃあコーヒーでお願いします」
外見から結構いいマンションだと思ってたけど、入ってみるとますますわかる。
中は広くて、とても立派。
綺麗に整理されたリビング。
それはわかばんの為だって一目で分かるくらい。
普通の家とはちょっと違う感じだった。
「りょうこさんは若葉とゲームで知りあったんですって?」
「はい。知り合ったのはほんの、つい最近なんですけど」
「じゃありょうこさんもあの機械持ってるの? あれ凄く高いじゃない?」
「私は抽選で当たったんですよ。流石にあの値段は手が出ませんから」
「そうよね。私も若葉にあれをねだられた時はビックリしたのよ。ゲームにそんな大金ありえないって思ったわ」
まぁ車一台買えちゃう値段だからね。おねだりレベルじゃないのは確か。
良く買ってあげたなって思う、正直なとこ。
「でも、今は買って良かったって思ってるわ」
「それは何でですか?」
「そうねぇ。貴女に出会えたからかしら。貴方達、って言ったほうがいいかもしれないわね」
アタシはこの後、わかばんの母親の話に驚く事になる。
彼女は強くなんてなかった。
強くなろうとしていたんだ。
「最初はね、一枚の紙だったの――」
――あれ、ここは何処かな?
あ、リョウマさんだ。
お〜い。聞こえないのかな。
リョウマさん、誰かと一緒。
あれはイゾウさん。イゾウさんだ。
帰ってきたんだ。イゾウさんが帰ってきた。
あれ、どうしてかな。二人が遠くなっていくよ。
待って。私も行くよ。
待って、待ってよ。
置いてかないで。いやだよ。
いやだよ、私を一人にしないで。
おねがい。置いていかないで――
――柿崎若葉自宅――
あれ、何でベッドにいるんだろう。
朝七時? あれ、昨日りょうこさんと一緒に帰って。
どうやって帰ってきたんだっけ。
あ、昨日の服のまま。
もしかして私寝ちゃってたのかな。
「おはよう若葉。どうしたの? 目が真っ赤だよ」
「え? 何でだろう。それよりお母さん、昨日って私どうしてた?」
「どうしてたって。いびきかいて寝てたわよ、りょうこさんにちゃんと謝っておきなさい」 えっ、私いびきかいて寝てたの。どうしよう、どうしよう。
いや、そうじゃないよね。りょうこさんに謝らなきゃだよね。
でもいびきって。いびきって。
「なにもやもやしてるの? 早く顔洗ってらっしゃい」
「は〜い」
鏡の前。ホントだ、目が真っ赤。
泣いてたのかな。何か怖い夢を見たような気がする。
よく覚えてないけど、寂しくて悲しい夢。
お母さんが頬を手に乗せて、朝食のパンにかぶりつく私を見てる。
何かついてるのかな。そんなに見られると気になります。
「最近の若葉はホントに良く食べるね」
「それ前も聞いた気がするよ。同じ事言うのっておばさんっぽい」
「もう私もおばさんよ。若葉は今楽しいかい?」
「うん。毎日がとっても楽しいよ」
即答です。考えることもありません。
今は毎日が楽しくて仕方ない。
不思議だな。少し前までは、全然そんな事思ってなかったのに。
毎日暗闇の中、ただじっとしてるだけだった。
「それなら良かった。そういえば昨日りょうこさんから聞いたんだけど、よく向こうのご両親が許してくれたわね。私だったらとてもじゃないけど驚いちゃうな」
「うん。最初は怒られるのも覚悟してたんだ。でもね――」
――いいんじゃないか。
たった一言。彼のお父さんはそう言ったんだよ。
静かで、怒ったら怖そうな、親父、って感じのお父さん。
何を言われるのかな、怒られるのかなって本当はドキドキしてたの。
でもそれだけだった。
逆に私達がビックリしちゃって、りょうこさんが聞いたんだ。
本当にいいんですかって。
そしたらね、彼のお父さんはこう言ったの。
――女性の頼みを無下に断る男は、我が家には居ない――
「何そのお父さん。凄く格好いいじゃない」
「そうでしょ! 彼のお母さんもうんうんって頷いてね。その後すぐワージャパンに電話してくれて、そのままご飯もご馳走になっちゃった」
「そうだったの。でも良かったね、いいご両親で」
「うんうん。こんな私のわがまま聞いてくれて、本当に感謝してるよ」
「まぁ、頑張りなさい。若葉の大好きな彼、早く良くなるといいわね」
お母さんが意地悪な笑みを浮かべて、キッチンへ向かう。
「そっ、そんなんじゃないもん! 私はお礼を言いたいだけ! それに――」
それに、私じゃ敵わないから。
敵わないし、叶わない。
それでもいいんだ。
仲良く三人で遊べたら、それでいい。
――東京都立目黒川総合病院――
初めて会った時と変わらない君の寝顔。
今日はね、君をルミエスタに連れて行こうと思います。
私のわがままなんだけどね。
何となく、君が戻ってくるような気がするの。
「お、おはようわかばん」
りょうこさんの登場です。
昨日の事があるから、ちょっと恥ずかしいような、申し訳ないような。
「おはようございます。あの、昨日はすみませんでした。寝ちゃってたみたいで……」
「あ、いいよいいよ気にしないで。丁度家の前でお母さんにあってね、少しだけ上がらせてもらったよ」
そうだったんだ。私のいびき聞いてたのかな。すごく気になる。
でもそんなの聞けないよ、恥ずかしくて。
「そう言えば、『アレ』持ってきた?」
「一応持って来ましたけど……。ホントに使いますか……?」
「せっかく持ってきたんだからね。まぁタイミングがあれば、ね」
そう言って、りょうこさんが目で合図をします。
本当に使うのかな。使いたいけど、恥ずかしいよ。
「おはよう諒子ちゃん、若葉ちゃん」
病室のドアが開き、梶田さんが来ました。会うのは二度目です。
「おはようございます」
「おはようございます。わざわざ申し訳ありません」
「いやいや、いいんだよ。話を聞いた時は驚いたけどね。私に出来る事なら何でもするつもりだよ。今手続きをしてもらってるから、もう少し待っておくれ」
昨日、君のお父さんが電話してくれたのは梶田さんだったの。
手配は全部梶田さんに任せるからって言ってくれて。
結構優しいんだね、君のお父さん。
しばらく待って、外出許可が下りました。
車椅子に乗せられて、どんな気持ちかな。
私悪い子かもしれない。
だって、車椅子に乗ってる君を見て、おそろいだなって思っちゃったから。
ちょっと嬉しくなってる。やっぱり悪い子だ。
病院の駐車場。梶田さんは会社の大きい車を持って来てくれました。
君を車に乗せて、私の方を見る。
「あ、若葉ちゃんは諒子ちゃんに頼んだほうがよさそうだな。おじさんに触られるのは嫌だろう」
「そ、そんな事無いですよ」
「大丈夫ですよ、アタシがやりますから」
そういうのはあまり気にしないんだよ。もう慣れてるから。
りょうこさんに抱えられ、君の隣に。
こうやって並ぶと、やっぱり大きいんだ。男の子だもんね。
何となく、ルミエスタを思い出します。
イゾウさんと二人、並んで歩いたあの日の事。
――ワージャパン本社開発室――
目の前には空のCAB。ここに来るのは二度目です。
CABの蓋が開いた時はドキドキしたんだ。
やっと君に会えるんだって。
でも、君の目が開くことは無かった。
梶田さんが呼んでも、揺らしても叩いても。
ピクリとも動かない君の姿に、周りが慌しくなって、おかしいって気付いた。
救急車のサイレンが聞こえる頃には、私もりょうこさんも泣いてた。
あの日は偶然りょうこさんに会えて、君に会えるってなって、すごく嬉しかったんだ。
でも、天国から地獄に突き落とされたような、そんな感じがした。
「じゃあ、アキラ君をCABに入れよう。いいかい?」
「はい。お願いします」
梶田さんがゆっくりと、車椅子からCABに移します。
あの日と同じ君の姿に、ちょっとだけ泣きそうになった。
「電源を入れるには外部から操作しないといけない、私は一旦サーバー室の方に行って来るよ」
そう言って、梶田さんが部屋を後にしました。
緊張感にも似た静かな空気の中、りょうこさんが一言。
「何か緊張するね」
「そうですね。何となくドキドキします」
りょうこさんの手が、私の肩の上に。
温かい手のぬくもり、何となく安心します。
しばらく待つと、LEDのライトが点灯しました。
そして、ゆっくりとCABが閉まっていく。
「ねぇわかばん。彼が起きたら何て言おうか」
「そう言えば考えてなかったですね」
「『お帰り』かな? でも突然言われても困るか。ほらアタシ達、一応初対面だし」
「そうですね、初対面なんですよね。う〜ん。じゃあ『初めまして』でしょうか?」
「それだ。じゃあ『せーの』で一緒に言おう。わかばんはソレ準備しとくんだよ。すぐ付けれるようにさ」
「わかりました。じゃあ『せーの』で言いますね――」
――何だここ。僕は何してたんだっけ。
そう言えばログアウト出来なくなって、それからどうしたっけ。
あれ、ログアウトあるじゃん。
何だ。ログアウト出来るんじゃないか。
早く行かないと、待ち合わせに送れちゃうな――
CABの蓋が開いた瞬間、眩しくて目が潰れる様だった。
ぼやけながら徐々に開ける視界。
誰か居る、叔父さんかな。
あれ、叔父さん何で泣いてるんだ。
この女の人も泣いてる。
この女の子も。頭についてるの、何だこれ? うさ耳?
状況が把握できない僕に、彼女達が声を合わせるように言った。
「せーのっ」
僕の物語は、まだ始まったばかりだ。




