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龍と人が催す、終わらぬ贄食の宴  作者: トファナ水
第4章 夜叉の鎮守様
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第4話

 庄屋の家に戻ると、羽織袴に身を包んだ庄屋が、家人達と共に出迎えた。

 祭に際しての正装である。

 青年は身を清める為として、家人に伴われて風呂に向かった。

 客間に通された女は、贄について庄屋に尋ねる事にした。


「今年の贄は、庄屋様の倅だってね」

「倅から話は聞きましたのじゃな?」

「ああ。入れ札だってね」

「札は全て、倅に入っておりましてな…」


 庄屋は哀しげに顔を曇らせたが、女の目は冷ややかだった。


「お前様の仕込みだね?」

「倅は随分と賢しいのですが、あの様に線が細くては、とても次代を任せる訳には行きませんのじゃ…」


 女の詰問に、庄屋の顔は青ざめ、額からは汗が流れ始めた。

 しかし、流石に村の束ね役だけあって、言葉はしっかりしている。


「でも、一粒種って言ってなかったかい? 跡取りはどうするのさ?」

「…実は最近、尾州領家の分家筋から、養子を迎える話がありましてじゃな…」

「最近ってのはいつ位だい?」

「一月程前のことですじゃ…」


 守護が分家の部屋住みを押しつけるにしても、普通は武家が相手だ。

 庄屋とはいえ、百姓が相手では格が違う為、通常ならあり得ない縁組みである。

 養子の話が出たのが一月前なら、伊勢を一揆衆が掌握して以後の事だ。

 尾州領家は、領内の妖が龍神と通じる事を警戒し、監視役としてこの村の庄屋に養子を出す事にしたのだろうと、女は推察した。


「それで、息子が邪魔になったって訳だね」

「い、いや、決してそういう訳ではありませんのじゃが」


 庄屋は言いよどんでいたが、その様子から、尾州領家から見返りを受けている事は明らかだった。


「まあ良いさ。逆らえる筈もないし、庄屋ってのは末端でも御政道に関わるんだから、情に流されずに物事を決めなきゃいけないからね」

「そういう事ですじゃ。おなごは情に流されがちじゃが、流石、伊勢の夜叉様はわかっておいでですじゃ」

「ただねえ、お前様の倅は、この村の夜叉のお気に入りみたいだけど。それを贄に差し出されたら、怒り出すとは思わなかったのかい?」

「…何故ですじゃ?」

「はぁ?」

「いや、情をかけておったのじゃから、鎮守様にはさぞ喜んで頂けるもんだとばかり思っておりましたのじゃが」


 庄屋の反問に、女は思わず声を挙げ、さらに続く言葉に憤怒を露わにした。


「呆れたねえ。本気で言ってるのかい?」

「ち、違いましたかのう?」

「当たり前だよ! どこの阿呆が、食い殺すつもりの相手を可愛がる物か! 人間から見ればあたし達は、情を解さぬ人食いの化け物、祟り神の類という訳かい?」

「ど、ど、どうすれば良いのですじゃあ! 今更、贄を選び直せば、村が揉めますじゃあ!」


 女に怒鳴りつけられ、庄屋はすっかり狼狽えてしまった。

 それを見た女は、表情を平易に改め、言葉を続けた。


「それに倅が生きたままじゃ、尾州領家からの養子を受け入れにくいだろうしねえ」

「そ、そうですじゃ! じゃから伊勢の夜叉様。何とか鎮守様に、今年の贄は倅という事で取りなして頂けませんかのう?」

「それは、村の総意と取っていいんだね?」

「勿論ですじゃ。入れ札は全員、倅を名指ししておりましたからのう」


(他の道を求めるか、妾に始末を一任するというなら助力せんでもなかったがのう。そんなに倅を食わせたいのかや?)


 庄屋の要請に対する憤りを抑えつつ、女は腹づもりを決めた。

 夜叉の加護に、この村は相応しくない。

 庄屋が主導したとはいえ、入れ札で贄を決した以上は村の連帯責任である。

 夜叉の加護を一度受けながら、それを絶たれた耕地はそれまでの反動で地力が衰え、数年の間は不毛の地と化してしまうが、女にとっては知った事ではない。

 夜叉と青年の保護こそが重要なのである。

 仮に夜叉が補陀洛の民でなかったとしても、青年と併せて二人を伊勢で受け入れる事には何の問題も無いのだ。


「確約は出来ないけど、一応は話してみるよ」

「わ、わかりましたのじゃ」


 見限られたと知らず、庄屋はほっとした表情となり、出ていた茶を飲んだ。

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