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龍と人が催す、終わらぬ贄食の宴  作者: トファナ水
第4章 夜叉の鎮守様
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第3話

「どうかなさいましたか?」

「ああ、ちょいと結界を”読んでた”のさ。普通の人間には無理だけどね」


 考え込んでいたのを問われ、女はとっさに誤魔化した。

 確証がまだない時点で、迂闊な事を言えない為である。


「許しを得ない人間が入ろうとしても、何故か足が遠ざかってしまうのです」

「その様に仕掛けてあるんだよ」

「伊勢の夜叉様は、中に入れるのですよね?」

「まあそうだけど。戸が閉まっているのに破るのは非礼だろう?」

「そう例えられると、よく解ります。結界とは、錠をかける様な物なのですね」


 女の力であれば、社にかけられた結界は解除が容易な物だ。

 しかし、結界は”入ってはならない”という意思表示でもあるので、解除や突破は非礼であるというのが、妖の間での良識となっている。


「それにしても、鈴とか鳴らし物の類はないのかい? 火急の用がある時に困るだろう?」

「普段はお世話役の僕が取り次ぎますが、この時分はお休みだと思いますから…」


 人間の支配地域に住む妖は、昼に寝て夜に起きる者が多い。

 夜行性という訳では無く、人目につきにくい為である。


「ああ、祭の時に会うつもりだから、今はいいよ。成る程、お前様が、日々の面倒を見てるのかい」

「はい。日常の細々とした御用は、僕が承ります」

「仮にも祭神が、身の回りの事を何から何まで自分でやるってのも変だしねえ。庄屋の息子なら、祭神の世話役を任されていてもおかしくないけど、普通は女がやるんじゃないのかい?」


 夜叉は女族である以上、身の回りの世話は同性に任せそうな物である。


「僕は早くに母を亡くしたのですが、鎮守様がお乳を飲ませて下さいました。そのご縁で、そのままお側に置いて頂いています」

「いわば、育ての親って訳だね。母親を亡くした乳飲み子は、皆、夜叉が乳を与えてるのかい?」

「いえ。大抵は、誰かしら乳の出る村の女衆が、自分の子と一緒に飲ませます。僕の場合、鎮守様が是非にとお望みになったという事でした」


(こ奴のみに乳を与えて側に置くという事は、胤として見込んだ訳じゃな)


 この青年をいずれは子を為す相手として、懐かせるために側においていたのではないかと、女は考えた。

 夜叉は女族であり、人間の男性との間で子を為す必要がある。

 しかし、夜叉に限らず妖は人間を下等な存在として見下し、心を通わせようとしない。

 妖から見れば人間は弱く短命な劣等種という事もあるが、最大の理由は、補食の対象と親しくすれば心痛に苦しみかねない為だ。

 その為、夜叉が子を為す際には、法術でたぶらかした男と一夜を共にして子種を受けた後、寝入っている相手を殺して贄にするのが定石である。

 だが、中にはそうでない者もいて、拾ったり拐かす、あるいは見返りと引き替えに譲り受ける等して手に入れた人間の男児を、将来の夫として育てる場合もある。

 何故子供から育てるかと言えば、妖への恐怖心を持たせない為と、主導権を握る為、そして自らの伴侶に相応しい者として造り上げる為だ。

 百年も経たずに寿命で死に別れる事を防ぐ為、夫として養い子を育てる夜叉は、殆どが九百歳半ばを過ぎた高齢である。

 もっとも、高齢とは言っても外観は若いままだし、夜叉に限らず妖には閉経がなく、およそ千年の寿命が尽きる直前まで受胎も可能である。

 その為、女はこの村の夜叉をかなりの高齢と推測した。



*  *  *



 社を見終わって庄屋の屋敷に戻る道すがら、女は贄について尋ねてみた。


「この村の贄は、どうやって選ばれるんだい?」

「村人の入れ札(※投票)で、齢十五から三十の間の、子がない者から選ばれます」


 妖が人間を食べるのは、人間の脳に蓄積される霊力を取り込む為だ。

 人間の霊力は二十代半ば頃まで、体内で形成される量が消費される量を大幅に上回り、余剰は脳に蓄積される。

 三十代頃からは消費が形成を上回っていき、四十代後半から五十代頃では全く形成されなくなる。

 人間の老衰死とは、若年期に蓄積した霊力を使い果たした結果なのだ。

 よって、もっとも霊力の蓄積が多い十代後半から二十代の若年者こそが、贄としてもっとも食べ頃なのである。


「籤じゃなくて入れ札かい。厄介払いを兼ねて、放蕩者とか乱暴者とかが選ばれるだろうねえ」


 人身御供を選ぶ際、もっとも多用されるのは籤引きだが、死なれては困る者が引き当ててしまう事も往々にしてある。

 細工をされている場合もあり、それを疑う者が出て争いの元になりがちでもある。

 入れ札の場合、村全体としては望まない結果が出にくい。

 死んでも差し支えない者、言い換えれば村の厄介者が指名される事になるのだ。


「そういう者は、この村にはいません」

「そりゃ、贄にはなりたくないもんねえ。慎むのも当然か。じゃ、どういう奴が選ばれるんだい?」

「そうですね… 例えば、大怪我で不具になってしまった者とか、二目と見られない程の醜顔の行かず後家とかですね」


 入り札による贄の指名は、村人の秩序を保つしくみとして機能している様だ。

 だが、不埒な者が出なくても、毎年の様に贄は必要となる。

 結果、本人の日々の振る舞いのせいでなくとも村から疎まれる者、つまりは弱者が贄として選ばれがちである。

 そこまで考えて、女は贄に選ばれそうな者に思い至った。


「もしかして、今回の贄、お前様かい?」

「どうしてわかったのですか?」

「これまでの話を聞いてりゃ思いつくさ。お前様、父親から頼りないと思われていたのだろう?」

「ええ… 庄屋の跡取りとして恥ずかしいと、父から常に言われていたのですが…」

「跡取りを任せられないってんで、庄屋様が村中にお前様を選ぶ様に根回ししたんじゃないかねえ?」

「その通りだと思います…」

「いいのかい、それで?」

「せめて鎮守様の血肉になれれば、僕は本望です」

「当の本人は、お前様が贄だと知ってるのかい?」

「いえ、まだ…」

「そうかい…」


 青年は覚悟を決めていたが、この村の夜叉が激昂する事は想像に難くない。

 幼少より育て心を通わせた相手を、贄として差し出されれば当然である。

 だからといって夜叉が別の者を選び直す様に命じれば、村人は従うだろうが、青年が逆恨みされるのも明白である。

 いずれにせよ、当事者に任せて傍観すれば、紛議は必定と女には思われた。

 また女の立場としては、この村の夜叉が補陀洛の民であれば、和国において善男善女を贄とする事を禁じた、那伽摩訶羅闍の勅令を伝えた上で従わせねばならない。

 どうしたものかと、女は思案を巡らせ始めた。


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