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龍と人が催す、終わらぬ贄食の宴  作者: トファナ水
第4章 夜叉の鎮守様
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第2話

 祭は夜になるとの事なので、女は庄屋の屋敷に馬車を預け、村の様子を見て廻る事にした。

 庄屋から案内としてつけられたのは、庄屋の一人息子という青年だった。


「今日は遠慮無く使ってやって下され」

「伊勢の夜叉様。宜しくお願いします」


 青年は、少女の様な顔立ちで、線が細い。

 髭をそった跡もないので、元々生えていないのだろう。

 声は男としてはかなり高めで、逆に言えばやや声の低い女の様だ。

 これで齢十八だという。

 庄屋の家だから耕作に携わらなくとも問題はないのかも知れないが、体格から見る限り、とても百姓は勤まらないだろう。


「お前様、随分と線が細いけどさ。若い衆に舐められたりしないかい?」

「賢しい倅なのですじゃが、どうにも男としては頼りなげですじゃ」

「……」


 女の指摘と庄屋の同意に、青年は俯いてしまった。


「まあ、百姓女はたくましい男がいいんだろうけどね。あたしは粗野なのが苦手でねえ。この子の様なたおやかなのが好みさ」

「そ、それは…」

「ふふ、その顔。良いねえ」


 青年は困惑を示し、それを見た女は微笑んだ。



*  *  *



 青年の案内で、女は村を見て廻った。

 普段の様子を知りたいので、自分と青年の姿が村人の目に映っても、存在を意識されない法術をかけている。

 村人は揃って肌の艶が良く、体格もしっかりしており、滋養の高い食事を食べている様だ。

 服装は上質で、家々も百姓屋としては立派である。

 夜叉の加護による不作知らずが功を奏し、衣食住が満ち足りているのがよく解る。

 肥満体は見当たらないので、よく身体を動かしている、つまり働きぶりも良いのだろう。

 村内では青年の線の細さが際だって目立つのだが、食生活のせいではなく、持って生まれた体質と思われる。


「この村には、小作人とか作男はいないのかい?」

「はい。どうして解ったのですか?」

「みんなしっかり食っているみたいだし、他の村に比べて身なりもいいからね。逆に言うと、貧相な者がいないのさ」


 小作人とは、他者の所有する農地を借りて耕す百姓を指し、作男とは、富農の家に住み込みで雇われる百姓である。

 いずれも、村の一人前の構成員としては認められない立場だ。

 当然、食事や服装も劣る筈なので、体格や服装に格差が見られない事から、この村にはその様な下層民が存在しないと判断したのである。


「子返しや間引きもないみたいだね」

「ええ。よく見ていますね」

「子供の数が多いし、男児と女児が同じ位の数だからさ」


 この村の大人の数を考えると、他村よりも子供が多い様に思われる。

 また、子返しが常態化している村ではいびつに男児の数が多くなりがちだが、この村の男児と女児の数はほぼ同数の様だ。


「間引きや子返しが皆無という訳ではないのです。働き手になれず、一生養われなくては生きて行けない蛭子は、返すのが情けですから」

「そりゃ当然さ。そうじゃなくて、五体満足の子を、養えないから返すなんて事をしてないなら立派なもんだよ」

「有り難うございます!」


 村の治世を褒められて、青年は誇らしげにした。

 

「でもさ、田畑には限りがあるだろう? 間引かなきゃ人が余らないかい?」

「ある程度の数は支度銭をつけて、他村の跡継ぎがいない家へ養子に出します。女の場合、やはり他村へ支度銭をつけて嫁に出します」

「なら、あたしの様な人買いの出る幕は乏しそうだね」

「この村では田畑を継げぬ子の行き先も世話出来ますから。申し訳ありません」

「そうかい。ま、それならそれで結構な事だよ」


 女としては、いらぬ子を買い上げるのも商売の内なのだが、この村では、蛭子以外にはその様な需要はない様だ。


 農地に目を向けると田畑は広く、川から用水が引かれている。

 また、牛が多く耕作に利用されているのが目立った。

 広い田畑を耕すのに作男を雇う事なく、農耕牛で賄っているのだ。


「牛が多いねえ。餌も馬鹿にならないだろう?」

「いえ、見ての通り田畑が広いですし、作男を養うよりずっと安上がりですからね。それに、村の中で格の上下があると、やりにくいですよ」


 女は、家畜の導入と、百姓間の格式の差を無くすというこの村の方針に感心した。

 伊勢の一揆衆と似通っている為である。

 不作知らずで、村民の間の上下がほとんどない。

 労力を家畜が補う為、疲労も少なくて済む。

 贄にされるかも知れない恐怖さえなければ、理想の農村と言えるだろう。

 だが、その恐怖こそが、龍神の理想に反する物だ。

 ここまで村の様子を見て、女は贄を捧げる祭が近いのに、村人には緊迫感がない事に気付いた。

 女が村の入り口で受けた対応は、あくまで余所者を警戒した物だった様だ。


(既に贄は選ばれておる様じゃな。自分が食われぬ事が決まれば、むしろ安堵しておるじゃろう)


「こちらが、鎮守様のお社になります」


 女と青年は、村の中程にある社へと着いた。

 神道の神社と同じ様な形状の木造で、鳥居もある。

 広さは庄屋の屋敷とほぼ同じ位で、やや古いが外から見た限り手入れが行き届いている様だ。

 周囲に術式が張り巡らされているのが、女には解った。

 彼女には馴染みのある術式である。


(和国の法術は明国由来の物が多いと聞くが、これは違うのう。妾達が使う術式じゃ。こ奴、補陀洛ポータラカの者かや?)


 女は、結界に使われている術式から、この社に住む夜叉が和国の在来ではなく、自分と同じ補陀洛の出身であると判断した。

 補陀洛とは、古代の印度、和国で言う天竺を二分した勢力の一方で、仏道でいう阿修羅界を指す。

 補陀洛は古代において、香巴拉シャンバラ、仏道で天界と呼ばれる勢力と、印度の覇権を巡って長らく争っていた。

 仏道の開祖として知られる、瞿曇ガウタマ 悉達多シッダールタの仲裁により戦が終息して、二千年以上が経つ。


(妾達の来訪以前に和国へ来たのであろうが、何故この様な処におるのか問いたださねばならぬな)


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