応用
(俺の考えが正しければ、この試合勝てるかもしれない!)
俺は自分の考えが合っているか確認する為に、あることを考える。
シュッ
その瞬間、俺の体は後ろに2m下がる。
さらに俺はあることを考える。
シュッ
その瞬間、左に2m移動した。
先輩は今の動きの意味、『敵前逃亡』が、なぜ発動しているのわからず難しそうな顔をした。
「おい一年、最後の確認をやる。降参するなら今のうちだからな」
どうやら先輩の中では、スキルの不具合という結論にいったみたいだ。
理解していないのは好都合。一気に決めさせてもらう。
「大丈夫です。そろそろ俺も本気を出しますので」
俺のは右拳を前に構えた。
「おい、そこの2年、ここの試合の内容を教えろ」
私は、今目の前にある画面の試合について近くにいた2年生に尋ねた。
ここは多目的ホールで、数個のテレビがあり、そこでは現在行われている学園最強トーナメントの試合が中継されていた。
「なんだ、いきなり・・・・。あぁ、風間さんでしたか!!」
始めは睨みつけるようにこちらを見ていた二年生は、私の姿を見た瞬間に敬語で大人しくなった。
「風間さん、もう試合終わったんですか。さすが風間さん、最強ですね!!」
男はこちらに媚を売るかのように話してくる。
正直、そんなものはいらないから速く試合の説明をしてほしかったのだが・・・。
「あぁ、ありがとう。それで試合は・・・・」
どうやらそのことに2年生が気づいてくれたみたいだ。
「今、2年の石川と、1年の佐藤祐って奴が戦っていますよ。なんと、その佐藤って奴のスキルが『敵前逃亡』なんですよ」
2年生は一年生のスキルを馬鹿にするように笑った。
「はぁ?」
私はそいつを睨みつける。
「ひっ、すみません」
2年生は素直に謝ってくれた。
まったく、どいつもこいつも、あのスキルを甘く見すぎているんだよ。あのスキルは使い方さえ知っていれば、接近戦最強にだってなれるっていうのに・・・。
「それで、続きは?」
「あっ、はい。それで、石川は『敵前逃亡』の弱点を知っているみたいで、煙幕を張って攻撃をしています」
(なるほど。石川君は、いい感じに『敵前逃亡』の能力を勘違いしているな)
「それで、ついさっき、佐藤のスキルがバグったみたいなんですよ」
「バグ?」
「えぇ、攻撃方向じゃないところに移動したりとか・・・」
「なるほど」
私はつい嬉しくなってしまう。
(一ヶ月でここまで来てくれるとは・・・)
「それじゃあ、私はもういくから」
私は画面に背を向け、ドアの方に歩き始めた。
「えっ! 最後まで見ないんですか?」
男は驚きの声をあげた。
「あぁ、そろそろ行かないと厄介なことになるからな。それに・・・
その試合はもうすぐ終わるからな」
私は多目的ホールを後にした。
俺はイメージ通りにことを進めた。
まず、体を先輩に向けて一直線になるように向きなおす。
次に、体に踏ん張りを利かせるために前かがみになった。
(後は考えるだけ)
先輩は疑問に感じながらも、ポケットに手を突っ込んだ後、手に持った石を大きくした。
(今だ!!)
先輩が大きくした石を中に投げた。その瞬間、
(後ろから攻撃が来る。後ろから攻撃が来る)
そんな自己暗示のようなことを5回ほど頭の中でイメージする。
すると・・・
シュッ!!
俺の体は、全身に高速移動を始めた。
「なっ!」
先輩は驚きながらその様子を見ていた。
そもそも俺と先輩は大きな勘違いをしていた。
『敵前逃亡』の発動条件についてだ。
このスキルは永続的に発動しているということは間違っていない。だけど、そのトリガーが違っていたのだ。
『敵前逃亡』の発動のトリガーは、ただ単純に攻撃に反応するわけでない。
発動条件は、所有者が攻撃が来ると考えることだ。
だから、俺が攻撃を見ることが出来ない状況では発動しなかったし、攻撃が来ると思っている方向が違えば、実際に移動する場所も違うのだ。
しかし、そのこと自体は些細に違いだ。
だけど、それによりある状況ででも発動できるようになったのだ。それは・・・
実際に攻撃が来ていない状況ででもだ。
つまり、今の状態で「後ろから攻撃が来る」と考えたら、俺は前に進む。
しかも、このスキルの移動方法は高速移動。移動の過程があるという珍しいものだ。
なら、もしもこの高速移動で加速したパンチをモロに受けた場合どうなるだろうか。
「ぐはぁ!!」
先輩の腹に、俺のグーパンチが食い込む。
しかし、加速そしすぎということもあり、数m進んだところまで移動することになった。
当然先輩は、あんなスピードで放たれたパンチをモロに受けて立ち上がることは出来ない。
先輩が倒れたことにより、スキルで大きくしたハンマーや瓦礫の大きさも元に戻る。
また、俺の左手も自由に動くようになった。
「勝者、佐藤 祐選手!!」
どこからか現れた先生にそう告げられた。
「ふぅー」
その瞬間、思わず緊張の糸が切れてしまい、その場に足を下ろした。
「それでは私は、気絶した石川君を保健室に送り届けるから」
先生は石川先輩を軽々持ち上げ、それを肩に担いだ。
あまりにも軽々持っていたから、きっとスキルを使ったのだろう。いや、そう信じたい。そうでないと、あの先生が怖い。
「それと、次の試合は連休明けだ。詳しい連絡はそのうち来ると思うから、それまでに練習なり作戦なり考えておきなさい」
先生はそういい残すと、屋上の扉から出て行った。
すると、入り口付近から声がする。
「あっ、先生。その様子だともう試合は終わったみたいですね」
「あぁ、そうだが、君たちは何かようでもあるのか?」
「えぇ、ちょっと佐藤君に」
知らない人にいきなり名前を呼ばれ、心配になってしまう。
「あぁ、そうか」
会話の様子からして、先生は帰っていったのだろう。
入り口からは、複数人の足音が聞こえる。
(ヤバイ、先輩を挑発した報復活動がもうくるのか?)
いくら『敵前逃亡』の新しい戦い片がわかったとはいえ、複数人を相手に出来るはずがない。
(ここはどうにかして逃げなくては・・・)
俺はフェンスに目をやる。
フェンスをよじ登り、下の階に窓から移動することが一応は出来る。
この学校ではどんなことをしても死ぬことはない。最悪、落ちても問題はない。
(ならば・・・)
俺はフェンスに手をかけ、さらに足も網にかける。
「おい、そこで何やってんだ?」
後ろから男性の声が聞こえる。
(もうきたか・・・)
フェンスを登るのを妨害されては元も子もない。
俺はフェンスから降り、手を構える。
目の前にいるのは全員で3人。
一人は金髪で制服をはだけている男性。いかにもガラが悪そう。
二人目は、茶髪でツインテールの女性。不良のボス辺りを手なずけてそう。
三人目は、黒髪、眼鏡をかけていて、制服もしっかり着ている真面目そうな男。きっと、不良グループの参謀的立場の人間だろう。
(さぁ、どうやって戦う)
俺の手からは手汗がにじみ出ている。
ここは相手の攻撃を避けながらも入り口に向かうという手がある。
しかし、もし他のメンバーがいた場合、屋上からと校舎方面からの挟み撃ちになってしまう。
フェンスからの手も、相手が目の前にいる以上使えない。
(絶体絶命だな・・・)
俺のそんな考えを他所に、金髪の男性は口を開く。
「俺たちは生徒会だ。お前、生徒会に入る気はないか?」