弱点
「弱点!?」
俺は思わず聞き返してしまった。
それは初対面の相手に弱点を知られているからではない。俺ですらそのことを知らなかったからだ。
(ハッタリか・・・)
俺のスキル『敵前逃亡』の能力は、攻撃に自動的に反応して、その攻撃が来る方向の逆方向に2m、高速移動をするというものだ。
最弱というのも、他のスキルが魔法みたいに、非現実的なこと、しかも強そうなことをしているのに対して、こちらはただ避けるだけ。しかも、相手の攻撃に反応するところからも相手の攻撃にチキっているという認識になってしまっているのだ。
注意する点としては、移動方法が高速移動。つまりかなり速く移動しているだけなので、他の移動系スキル、例を挙げるとしたらテレポートなどと違い、移動の過程があることだ。
つまるところ、移動する途中に物があったりしたら躓いてしまう。
また、移動後に少しの反動(高速で動いた後にすぐに止まることが難しい為)があるということだ。
しかし、反動は相手の攻撃を避けた後に起こる。それをこちらが負けてしまうほどの弱点とは思うことは出来ない。
そして、物があった場合に躓いてしまうというものだって、この屋上には周りを囲っているフェンスと入り口、そして細かいコンクリートの瓦礫があるぐらいだ。
これらのことを考えると、彼がこちらに嘘を言っていると考えられた。
それよりも今は俺がどうやってこの状況で勝つかということだ。
多分相手はスキルを二つ持っていると思う。
一つは『物の大きさを変化(大きくするだけかもしれないが)スキル』
そしてもう一つが『攻撃系、物を消すスキル』
今の状態では詳しくはわからない。
ならば・・・・
「先輩。先輩の言う弱点が何かはわかりませんが、俺のスキルの弱点を知っているっていうのならば、ハンデで先輩のスキルが何であるかを教えてくださいよ」
わからないのであれば、直接聞けばいいだけだ。
「はぁ!? 馬鹿かお前。どうして俺がそんなことを教えないといけないんだ?」
まぁ、当然の反応だ。
いくら先輩である程度余裕があるとは言っても、自ら負け筋をつくるほど馬鹿じゃない。
だけど、こちらはこの『スキル』という圧倒的アドバンテージがあった。
「負けるのが怖いんですか?」
「はっ?」
こちらの挑発に、先輩は威嚇した。
(これで後で校舎裏に呼び出されたらどうしよう・・・)
そんな不安を感じながらも、俺は先輩への挑発を続ける。
「だって、あの『敵前逃亡』に、ハンデなしで挑むなんて、負けるのを怖がっているようにしか見えませんよ? それに先輩はこちらの弱点を知っているんですよね? そんな中、ハンデを負わずに勝ったら、みんなに『敵前逃亡』にチキったって笑われますよ?」
「・・・・」
先輩は考え込んでしまう。
圧倒的アドバンテージとは、俺のスキルが、俺以外の人間にも弱いということを知っているということだ。しかも最弱とまで・・・。
つまり、ハンデをしなかったらみんなに笑われる。実際どうかはわからないが、先輩にとってかなりのプレッシャーになっていることは間違いないだろう。
「・・・。わかった、ハンデをくれてやる」
先輩は渋々こちらに、自身のスキルについて話した。
「俺のもつスキルは二つある。
一つは始めにハンマーを大きくしたスキルで、能力としては『触っているものを、自分のイメージした大きさにする』という能力だ。ただし、大きさ以外、特に重さとかは変わらない」
そこまでは俺の予想していた通りだ。
そして先輩は言葉を続ける。
「そしてもう一つ、このピコピコハンマー自体がスキルだ。名前は『木っ端微塵』 名前の通り、このハンマーで叩かれたものは粉々になる」
つまり、さっき消えたと思っていたナイフは粉々になって見えなくなっていたということだ。
厄介なことに、この学園では死ぬこと、日常生活に支障をきたすほどの怪我をすることがない。それも一つのスキルかもしれないが詳細はわかない。
その所為で、もしもそれらのことが起きる時、気絶という形で終わってしまう。
つまり言いたいことは、先輩のスキル『木っ端微塵』を体に当たってしまうと、粉々にならない代わりに、気絶をしてしまうということだ。
しかもこの先輩は、自身のスキルの弱点を、他のスキルの補ってやがる。
『大きさを変えるスキル』の攻撃性の無さと『木っ端微塵』の飛距離、リーチの短さを大きさを変えること、無条件で倒せることで、克服している。
これほど厄介な敵に当たってしまうなんて、初戦から一苦労だ。
「俺のスキルは説明した。そろそろお前を倒しにかかってもいいか?」
先輩は暇そうにこちらをみた。
どうやら俺が考える時間をくれていたようだ。
「ええ、もういいですよ」
これ以上時間を稼ぐことも無理そうなので素直に諦める。
どちらにしても、俺のスキルが発動している以上、先輩の攻撃が俺に当たることはない。
(それよりも、どうやって勝つかだよな・・・)
先輩のスキルで俺に勝つ手段が無いとわかった以上、俺が先輩に勝つしかない。
しかし問題なのが、俺の武器がもうないということだ。
武器は購買で売っているが、売っているのならば買うしかない。しかし、数個も安易に買えるほどの値段じゃない。
まさかナイフが粉々になるとはおもってもいなかった。
ならば勝つ手段は二つ。
一つは先輩がこちらに攻撃が当てれないと判断しての降参。しかし、『敵前逃亡』に負けたという恥がある以上、降参してくれるとは思えない。
そしてもう一つ、先輩の武器を奪い、俺がそれを使って攻撃すること。
これはかなり難しいが一応不可能ではない。
先輩から武器を奪い、先輩が『木っ端微塵』のスキルをキャンセルする前に、先輩自身を叩けば、勝機はある。
それに武器を奪っていることから、超接近戦になる。キャンセルする時間もないし、最悪キャンセルされたら、ハンマーをどこかに捨てればいい。
接近戦ではこちらが圧倒的に有利だ。
相手は攻撃をすること、避けること両方に集中しないといけないのに対して、こちらは攻撃をするだけ。避けるのは勝手にスキルがやってくれる。
つまり、俺にも勝機は十分あるのだ。
(手始めに、先輩を・・・・。!?)
先輩の方を見ると、なぜか先輩はコンクリートの瓦礫を手に持っていた。
(まさか、あれを投げる気か?)
瓦礫の大きさは、手の平サイズ
あれが頭に当たった場合、気絶する可能性はあるが・・・
(もしかして、先輩が思っている弱点って、俺のスキルが遠距離に対応していないというものか?)
もちろん、『敵前逃亡』は、近遠関係なく発動する。
もし、先輩が勘違いしているのだとしたら、こちらとしては好都合。
(先輩が、あれを投げた瞬間に・・・・。あれ?)
突然、手の平サイズの瓦礫の大きさが、自分の体よりも大きくなった。
(なるほど、大きさを大きくして、命中率を上げてきたか・・・。だけど・・・)
重さが変わらないにしても、自分の体よりも大きくなった瓦礫を相手に正確に投げるのはかなり困難だ。
もし、こちらに投げることが出来たとしても、『敵前逃亡』で容易に避けることができる。
むしろ、投げる瞬間にバランスを崩してしまう恐れがある。
どちらにしても、好都合だ。
「それじゃあ、早速弱点を突くとするか!」
先輩は瓦礫を投げた。
「なっ・・・」
予想外のことに、瓦礫はこちらにでなく、先輩の真上に投げられた。
(まさか、手を滑らせたか?)
先輩が何をするかわからなくなり、容易に先輩の方に飛び込むことが出来なかった。
先輩は手に持っていたピコピコハンマーを振った
ピコッ!!
当然、俺には当たっていない。
当たった物は・・・・
ぶぉ!!
その瞬間、視界は突然煙に巻かれた。
その正体は、『木っ端微塵』で砕いた、さっきの瓦礫だ。
(大きさを変えることで、煙幕のように使ったのか・・・)
しかし、俺のスキルの発動条件は『攻撃』 煙幕程度では・・・
「いっ!!」
右手に痛みを感じる。
気絶していないことからハンマーで叩かれたのではないとわかる。
煙は案外速く、なくなった。
俺はさっき手に当たったものを見た。
「瓦礫!?」
どうやら瓦礫が手に当たったのだ。
「どうだ、これがお前の弱点だ!」
先輩がこちらに言い放った。
「弱点って、ただ石を手に当てただけで・・・。あっ!」
「気づいたか」
そう、ただ石を手に当てただけだ。
しかし、
敵前逃亡が発動しなかったのだ・・・。