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THOUSAND統一正史  作者: KOKA
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六.作戦家




 キリークのもとを訪れたメイヨールは、めずらしい舶来の陶器を手にとる。花瓶のようだが花は活けられていない。それは澄んだ水色をしている。

 「聞きましたぞ。陛下が大公閣下に願ったこと」

 ひとしきり眺めたあと、もとの棚にもどした。

 「暗闇の蛮族どもをシルドに住まわせよ、と」

 「どういう気なのでしょうな?陛下は」

 キリークは書き物をしている。ワーブルグ第二の都市シルドの政はかれがにぎっていて、最終的な決済はかれにある。公共の事業、貴族間の仲裁、限定的な法律。判断して署名する、それだけで一日が過ぎてしまう。

 客人があったとしてもその手を休められないのだろう。

 ゴルド伯は用意されてある椅子に座らずに、うろうろしながら話しかける。

 「にっくき蛮族ども。まさか陛下は奴らめを、兵士か何かにでもするつもりなのでしょうか。でなければ、あのような汚らわしい、人のかたちをしたケダモノどもを、ワーブルグに住まわせるなどと」

 「しかもあなた様の治めるシルドに、ですぞ」

 目だけをメイヨールに向ける。

 「奴らめは奪うことしか知りませぬ。殺し、奪い、奪ったものを食らい、財宝を眺め……」

 「まさに文明の敵。そのような獣どもを町に住まわせ、番犬にでもするおつもりでしょうか」

 「多弁だな、伯爵」

 ふたたび書き物に目をおとす。メイヨールの話を聞きながらも、思考は文書の内容にある。

 「これは、出兵できなかった閣下へのあてつけではございませんかな?」

 新王は主だった貴族に蛮族討伐のための兵を募った。もちろんその中にシルド大公とゴルド伯の名もある。それぞれに要求した兵数は多くはなかったが、ゴルド伯は出し、シルド大公は出さなかった。

 メイヨールの言葉に、キリークは口角を上げる。

 蛮族討伐から凱旋したサウザンドが真っ先に訪れたのはキリークのもとだった。出兵しなかったことを問い詰めるつもりか、とキリークは思ったが、サウザンドは全くちがったことを口にした。

 シルドに捕虜を住まわせてほしい。

 蛮族討伐のために用意した兵は情勢不穏なレントニに送ったのです。そう返答を用意していたキリークは面食らった形になった。

 サウザンドは目的を告げずに、ただそう言っただけだ。キリークは了解した。当てつけであれば当てつけでよい。新王の思惑は知れないが、キリークのやることはその捕虜たちをシルド民にするだけだった。

 ちょうど、いま目を通している書物は捕虜たちの働き先についてである。シルドの周辺によい農地がある。労働をさせれば、徐々に略奪の性格も薄らいでいくことだろう。飢えがかれらを略奪に走らせる、キリークはそう思っている。飢えることがなければ、また自分たちで食糧を作り出すことを覚えれば、他者を傷つけようとすることはない。

 キリークは書面にサインをして、立ち上がる。

 「シルドから兵をやれなかったのは残念だ。レントニの怪物対策にやるのが先決だった」

 「陛下もご納得しておられる」

 「閣下。閣下はすばらしい目をお持ちですな。レントニの不穏な雲を見ることができ、怪物の襲来を予見するとは」

 キリークはフン、と鼻で笑った。兵を送ったあとで、本当に怪物が襲来したのは僥倖と言っていい。

 「どうですかな、閣下のその素晴らしい目で見た、陛下の力量というものは」

 蛮族との戦いの一部始終をキリークはすでに伝え聞いている。新王は戦前、騎士団と王直属の兵士に繰り返し演習をさせていたらしい。軍旗の合図によって、一時後退や陣形の変更、あるいは装備を変える演習だ。従来の戦法は全戦力を一面に投入した正攻法であって、合図は突撃の合図くらいなものだった。旗による合図など、特別の意図がなければわざわざ訓練するものではない。

 しかしそれが意味のあるものであったことは、記録官がのこした報告を見ればだれもが分かることであったろう。

 劇的な成果をあげるための包囲戦術を新王はとった。過去の文献を研究したのだろう。キリークは思った。

 「用兵に工夫をされ、勉強されている」

 メイヨールの問いにかれがそう答えたのは、真からの気持ちであった。

 「王の役目は、作戦家ではありませぬ」

 それもそうだ、とキリークは思った。しかし、ワーブルグに真の作戦家などいるだろうか。 ワーブルグの戦闘は物量の多寡で勝敗が決してきた。最も戦力の充実したグスタフとシルドのキリークが結んだ時点で、現ワーブルグの統一は約束されたようなものだった。

 「それに、蛮族どもらなど、寡兵でもっても十分に駆逐できましょう」

 「奴らめはウルフ王の助力を得た先王グスタフ様の攻撃により、一時の勢力を失っていたのですからな」

 ウルフ。領土を伸長したワーブルグの西方にあり、国境を接する国。特筆すべきは、北方の海に面した首都ウルフの流麗さと、大陸最強の魔術師団の軍事力である。大陸で最も歴史の古い国であり、王政をしく。代々の王はことごとくが人格者であり、忍耐づよい。

 キリークも外遊で何度かその首都を訪れている。民の永い信頼を得た国にはある種、醸成された大人の落ち着きがあった。新興であるワーブルグとは対照的で、ともすれば停滞した印象になりがちな都市も、民草の不満が少ないためにむしろ活況を呈しているとさえ言えた。

 王家への信頼が国の基盤を強力に支えている。

 ウルフの王とグスタフの関係は深い。ウルフ王は大の怪物ぎらいで知られており、グスタフは何度かその征伐行に応援を送っている。詩文に長じており、自らの心のうちを唄うことも多かった。征伐行においてはその意味で、内省的なグスタフとうまが合った。

 グスタフは征伐行の協力の見返りを、魔術師団の動員というかたちで実現させた。ばらばらな都市国家だった旧ワーブルグの統一のためには、暗闇山脈という後顧の憂いを取り除かねばならない。

 「きみに友として頼みたい。暗闇の怪物どもらと結び、我が国を通る東方商人たちを襲う蛮の輩どもを駆逐したい」

 グスタフはウルフ王にこう持ちかけた。

 「奴らめはもはや人間ではなく怪物と言ってよい」

 そのあとに続いたこの言葉がウルフ王に刺さったのだろう。そのとき傍らで聞いていたキリークにも、それが知れたのだった。

 キリークは書き物をしていた机から離れて、メイヨールの前に立つ。

 「伯よ。何を画策しているかは知らぬが、大ワーブルグを否定することは私を否定することでもある 」

 長年、グスタフとともにあったキリークの本心である。

 「いえ、私めは……」

 「傍観だ。陛下に対しては、私はそういう態度をとる」

 キリークがニヤリと笑った。

 「これで気が晴れたかな?」

 キリークはメイヨールの腕をとって、出口のほうへと誘った。


 新王とその騎士は王の間に向かっている。客人を迎えるためだ。

 レントニの視察は果たして意味があった。歩きながら報告書を受け取り一読する。内容は、投石器周辺に残された短剣の紋章についてである。分析したのは王家付きの紋章官であった。

 サウザンドは歩みを止める。

 「サイザス、調べたのはかれ一人か?」

 「はっ。大陸の主だった国の紋章は網羅している方ですので、その場で文献を開き、示していただけました」

 「なるほど」

 盾の両脇にある岩山のモチーフは、他国のある限られた地方でのみ用いられている。弱小な辺境貴族のものであるらしい。短剣の紋章を模写したものと、文献から模写したものが一致している。

 紋章の貴族は存在した。その一事がサウザンドにとっては吉事であった。

 考え込むサウザンドにサイザスが問いかける。

 「陛下、この短剣の持ち主はやはり」

 「サイザス、まだそのことは口に出すべき時ではない」

 報告書を懐中にしまって、諭す。

 「これはもしかすると、磐石の態勢で鎮座する大岩をも動かすことのできる代物だ」

 「いや、そう扱わねばならない。調査した紋章官にも口止めしておくように」

 「はっ、それは抜かりなく」

 王家付きの紋章官をサイザスがつかったことは、ある程度予想されたことではある。しかしサウザンドにとって良かったことは、自ら任命した騎士であるサイザスが、この件が国家の秘密事であることを十分に理解していることであった。サウザンドがこれから必要とするのは、優秀な参謀であり手足である。手足は頭の言うことを理解して、意図するように動いてもらわねばならない。命令の伝達に時間と手間がとられるようでは、すばやく動くことができない。

 何よりも、ある程度の数の人間たちが迅速に、しかも有機的に機能することが必要だとサウザンドは考えている。サイザスはその一員足りうる。

 再び歩き出した。

 「昨今、怪物の情勢がにわかに騒がしいと感じる。君はどう思う?」

 サイザスは言いかけて、口をつぐんだ。王に意見を述べるというのは、騎士という立場上どうもはばかられたらしい。

 「気兼ねすることはない。どんなときでも自由に発言してもらってかまわない」

 サウザンドが微笑すると、彼女の顔がはっきりとほころんだ。

 「王になったからといって、君が僕の友人であることに変わりはない」

 「はっ。では、僭越ながら」

 彼女は怪物の動きに一定性があるように思える、と述べた。新王の戴冠以前、すなわちまだグスタフが存命だったころから、怪物の都市への襲撃には何らかの計画性がみられたというのだ。それまでは散発的だった怪物たちの行動が、統制されたものに変わってきている。防衛にあたった兵士たちの話では、攻撃に明らかな目的意図が感じられたという。たとえば、城壁のよわいところを集中的に攻めたり、緩急をつけて攻撃を行ったりというところだ。また噂話の範疇を出ないが、怪物たちが行進したり、隊列のようなものを組む姿を見たものもいるという。

 蛮族討伐に出立したその日に、レントニに怪物が現れたことも何か気になる。サイザスはそうも言った。

 考えは同じだった。しかし彼女の考えには兵士たちの話や、またたとえ噂話にせよはっきりとした裏づけというものがあった。書類から読み取れる情報で推測したサウザンドよりも、強固な意見といってよかった。

 「なるほど」

 サウザンドはひとつ言ってから、

 「君には頭が下がる思いだ。僕も学ばなければならない」

 すこしも表情を変えずに褒めたりした。サイザスは並んで歩きながら、ずっとその横顔を見ている。

 やがて王の間につく。

 サウザンドはいつものとおり、決して玉座には座らず、立ったまま客を待っている。サイザスは近衛騎士がそうするように、王よりすこし離れた位置に横向きに立つ。剣柄には手を置く。

 二人がそうすると、その場にいた従士が別の間に待たせてあった客人を呼びに行った。

 「お会いになるのは、どのような方でしょうか?」

 サイザスが聞いた。紋章の報告書を持ってついてこい、と言われただけで、今回だれに会うかは知らされていない。

 「そうだな」

 「ワーブルグの将来の作戦家……かもしれない」

 「かもしれない、ですか?」

 「かれにはそうなって欲しいと思っている。しかし今は智恵を借りるだけでもいい」

 蛮族に対する包囲戦術に関して、サウザンドはあるひとつの思いを抱いた。

 自分には、作戦に関する天才性は、ない。

 たまたま蛮族戦でうまくいったのは、敵に策がなかったこと、装備の面ではるかに優位であったこと、またワーブルグ統一の戦いにおいて練達を重ねた精鋭を運用したことにある。王家のもつ戦力はごく小規模であるが、本当の意味での精鋭ぞろいである。

 これからは必ずしも数的優位の敵とばかり当たるわけではない。また、錬度の低い兵士たちを使わなければならないかもしれない。

 サウザンドはそう思っていた。

 優秀な作戦により兵の消耗を抑え、戦いに勝っていかねば、かれの求める大目的は果たせない。

 かれの役割、すなわち王の役割は、いかに兵の数をそろえ、数的優位を作り出せるかというところにあった。

 局地的な戦闘の采配は、一任する体制をとる。

 「ために、かれの力が必要だ」

 そのときに王の間の扉が開かれ、白髪の、男とも女ともつかない人物が進み出た。

 「カナト・ディアス。貴殿の力を借りたい」

 サウザンドは開口一番そう言った。




挿絵(By みてみん)

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