たった一つの噓
「りみのお弁当ほんとおいしそーだよねー」
「ねー。りみのま……まじで女子力高い」
「……まあね」
……言えない。いまさら、実は手作りじゃないだなんて言えない。くそ、自分はどうしてこんなめんどくさい見栄を――
「りみちゃんは、どうやってお料理を学んだんですか?」
「……えぇっとねー」
横に座る百合香から、女はそれとなく目を逸らした。ほわほわとした雰囲気からは考えられないほどに、問いかけが鋭すぎる。まるで尋問でも受けている気分だ。……まあ、全部自分のせいなのだけれど。
「……あー、まあうんお母さんとか?ネットとかで調べてって感じ?」
「なぜに疑問形だし」
「い、いいじゃん別に!あんま覚えてないんだから!自然と出来るようになってたの!」
「天才か?」
「天才じゃんね。卵焼き一個もらっちゃお」
「あ、ちょっと芽衣!」
「じゃあーうちもー」
「千秋!」
芽衣が机に身を乗り出したかと思えば、正面から千秋が腕を伸ばし何かを搔っ攫っていった。盗人のくせして、そうして毎回毎回「うまぁ」などと美味しそうに食べるのだから、あまりにもたちが悪い。というか言ってくれれば普通にあげるのに。
女がお弁当に目を向ければ、三つあった卵焼きが一つに…………ん?
「……ふふっ、交換です。お母様がお作りになったものではありますが――」
「ううん、ありがとう百合香。ほんとうに。大好き」
「……いえ、その……ふふっ……わ、私は――」
目の前の盗人二人と比べたら、百合香の何と心優しいことか。思わず手を握ってしまったこちらは悪くないだろう。
女は、お弁当に入っていた優しい卵焼きを味わい、何かを言いたそうにこちらを見ていた二人に口を開いた。
「まあ?好きな人の胃袋を掴めなんて言いますし?料理はできるに越したことはないというか?これで彼氏もいちころってやつよ」
「でもりみ彼氏できたことないじゃん」
「うっさいなあ!これからできるからいいの!百合香もそう思うよね?」
「…………なるほど」
「百合香?」
先ほどから、箸も止まったままぼんやりとしていた百合香が顔を上げたかと思えば、こちらを見つめ――言った。
「……その、りみちゃん。私に、お料理を教えてくれませんか?」
――え?
「来てしまった…………ほんとうに」
我が家とは大違いの広いキッチンにて、目の前で百合香がせっせと何かを準備しているのが見える。……そう、ここは百合香の家である。あのとき教室で頼まれ、断り切れずずるずると了承してしまったせいでこうなっているのだが……不安だ。とてつもなく。嘘がバレるのもそうだが、芽衣が「……あー、私は大丈夫。料理とかわかんないし、うん」と行きたくなさそうにしていたのもそうだし、千秋が「そうそう、うちらがいても多分邪魔になるだけだから」と言っていたのも気になる。
普段料理はしてないとは言っていたが……もしや、百合香は…………とんでもなく料理が下手なのでは?
「りみちゃん、準備できました!まずは何からすればいいですか!」
「そうだね……」
先生っぽく、エプロンをつけ腕組みをして後ろに立っているものの、エプロン同様まっさらな素人に分かるはずもなく。唯一女にできることは、完成形をイメージし、そこから逆算することしかないが……。
「……とりあえず、もう一度手を洗おう!」
「はい!」
ひとまずは、時間稼ぎだ。
肉じゃが……肉じゃが……にんじんにじゃがいもにお肉に……なんか緑のやつもあった気がする……枝豆?しかし、百合香が用意してくれた材料に緑っぽいのは……ないな。必須ではない……のか?
「終わりました!」
「そう……じゃあ次は、皮を剥く……いや洗う?……剝いてから?……洗って剝いて洗う感じで!」
「分かりました!では一度洗ってからピーラーで――」
そうして、料理の練習ならぬ、理科の実験がスタートしたのだった。
「終わりました!次はどうしますかりみちゃん!」
「……うん、お疲れ様。次は、そうだね……切ろうか」
「どうやって切りますか?」
「…………食べやすい感じに切ってくれたらいいよ!」
「分かりました。では食べやすいくらいで――」
「できましたりみちゃん!次はどうしますか?」
「……うん、すっごいお上手。次はねー…………焼く?炒める?……煮る……?…………うん。とりあえず、火を通そっか」
「火ですね!では、とりあえずお肉から炒めていって――」
「火が通ってきました!どうしますか?」
「……………………味付けとか」
「味付けですね!ではお醤油にみりんに……お酒も入れてみましょうか。りみちゃんは甘めが好きそうなのでお砂糖も――」
「できました!どうですかりみちゃん!」
「………………うん、おいしそうだ」
そうして、長い長い実験が幕を閉じた。百合香の動きはゆっくりではあったものの、おかしなことはしていなかった気がするし、むしろ手慣れていたような気もする。出来上がった肉じゃがの見た目もいいし、香りもいいのでとても美味しそうではあるのだが……如何せん、味がどうなっているかは分からない。百合香が何やら色々と入れていたみたいだが……。
「……じゃあ、いただきます」
「はい!召し上がってください!」
席についた女は、ほくほくと湯気を立てるじゃがいもを箸でつまんだ。……少なくとも、火は通っているし、芽も取ったので死ぬことはないはずだ。多分。きっと。おそらく。
……女は、覚悟を決め、じゃがいもを口に運び――
「うっまぁ!」
そのあまりの美味しさに、はしたなくも叫んでしまったのだった。
「ふふっ、よかったです。これもりみちゃんのおかげですね」
「いや!まあそういうことにはなるんだけど違くて、これまじで美味しいよ!」
「ふふふ、ありがとうございます」
「ほんと、毎日でも食べたいくらいだけど……でもどうして急に練習なんて言い出したの?」
「……?りみちゃんが言ったのではないですか。好きな人の胃袋を掴め、と」
「ええ!百合香好きな人いるの!?だれだれ!?」
「……それは秘密です。なので、りみちゃんにはこれからも練習にお付き合いして欲しいのですが……」
「勿論!何すればいいの?」
「……それは――」
「……で、こうなったと。百合香も百合香だけどさ……りみもりみじゃない?」
「ほんとにねー」
芽衣と千秋が何か言っているようだったが、女には気にならなかった。なぜなら――
「今日のお弁当はどうですか?りみちゃん」
「さいこーにうまい」
作ってもらったお弁当を味わうのに忙しいからだ。
あれから、百合香がお弁当を作る練習がしたいと言い出し、一度は断ったもののどうしても練習が必要だと言うものだから、女は悪いとは思いつつも厚意に甘えることにしたわけなのだが。
相手が不明な以上、何ができるかはわからないが――
「私、ぜったいに百合香の恋を何とかしてみせるから!相談してね、何でもするから!」
「……あーあ、すぐまたそうやって」
「ほんとに学ばないねーりみは」
ひとまず、女は力になることを誓ったのだった。
「……ふふっ、これからもお付き合い――
よろしくお願いしますね?」




