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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

異世界転移殺人事件 〜クラスまとめて転移をしたら、一人、殺されていた〜

作者: 如月 和
掲載日:2026/06/25

 あの日、私達は異世界に転移した。


 原因は何であったのかは、定かではない。けれど、たしかに私達はその日、教室に集まり、ホームルームが始まるのを待っていた。


 夏の暑さはまだ少しは残っていたものの、厚くなった制服をみんなで改めて、披露し合っていたのを憶えている。


 気が付いたら、目の前には其処にはキラキラ淡い光を放つ湖があって、木々に囲まれた森の中で。気を失っていたらしい私達は、伝搬するように起き上がって周囲を確認した。


 どよめきが走り、私もその光景に目を疑った。

 けれど、それも一瞬のことだった。


「きゃーっ!?」


 悲鳴が響き渡る。発生源はすぐ近く。その先を目で追う。そこで見たものは――。


 ***


 巷で召喚事件と呼ばれる騒動が起きてから、一週間が経過した。


 私達クラス全員、総勢十三名は、騎士団に預けられ、事情を聴かれることを主にして過ごしてきた。

 その内の一人は物言わぬ状態ではあったのだが、それでも調べれば判る情報もあるのだろう。


 落ち着いたら何か思い出すだろう。もう少し様子を見てみよう。いくら待っても気を失っていた私たちには判らないことなのに、その優しさを享受して、今は皆、平静を取り戻すまでに至っていた。


「ロアちゃん、とんでもないことになっちゃったね」


 食堂で朝食をとっていた時、仲の良い引佐(いなさ)直子が隣に座った。その年にしては背が高く、顔立ちもまた、同年代の先を行くように感じる。

 少し童顔の私と並ぶと、姉妹のような年の差を感じさせるだろう。


 こうしてクラスメイト同士で自由に話せるのも、今日から解禁されたことだ。騎士団なりに、口裏を合わせられないようにしていたのだろうか。


 私の場合、他のクラスメイトとは違い、海外の血が入っていた。見た目にも少し違いが――、主に髪の色が明るい金髪ということもあって、少し長く話を聞かれたように思う。


「そうだね。光る湖、空を飛ぶドラゴン、石畳の道にレンガ造りの家々。私たちの常識が一切通用しなさそう」

「川根さんも、そのせいで……」


 常識外の力によって、殺されてしまったのか。彼女は不安そうに俯いた。


 周りのテーブルに腰を下ろすみんなに視線を向ける。彼らはこの件は手に負えないものだと判断したのか、未知なる世界に対する興味の方が勝っているようだ。


「なぁ、聞いたか? この世界では能力が与えられるのが決まりなんだってよ」

「良いよなぁ。俺も騎士になれるような能力が欲しいぜ」


 後ろのテーブルから声が聞こえる。男子が二人、騎士から伝え聞いた話を興奮したように繰り返していた。


 その話の通り、この世界に暮らす人々は、須らく神から能力を授かる。その能力によって、適切な職業に割り振られるのだ。

 十六歳の成人の儀で、神殿にて執り行われる。既にその年齢に達しているクラスメイトも多くいるため、その義務が発生するのだろう。


 朝食の後、それらを対象にして集められ、神殿へ向かうことになっている。


「ロアちゃんも、対象だよね?」


 直子に頷く。


「そう。面倒だけど、この世界の義務だって言うんなら仕方がない」


 本当に面倒。私はそう感じていた。

 だって、私の意識はもう――あの事件に引き込まれて仕方がなかったのだから。


 川根百合奈は何故殺されたのか。それには凡そ、二つのストーリーが挙げられるだろう。


 一つ、転移直後に現地の人物によって殺害された。

 二つ、クラスメイトによって殺害された。


 一つ目のストーリーには、なぜそんな事をしなくてはならなかったのか、という疑問が残る。彼女の遺体には、首を絞められた跡しか残っていなかったと言うから。


 二つ目のストーリーでは、全員が気を失っていたという状況がある。しかし、それを証明する方法はない。

 誰か一人が気を失わずにいたとすれば――。そんな事が可能かどうか、それを裏付ける方法があるのかどうかも、私には判らなかった。


 食事が終わると、年齢を満たした対象者が騎士団宿舎の玄関前に集められた。

 十三――いや、十二人中、半数である六人。川根百合奈が生きていれば、彼女の姿もこの中にあっただろう。


「ふふっ、ふふふっ。この俺の黒魔術を活かす能力がきっと手に入るのだろう」


 男性にしては長い髪――女性の一般的なロングよりも短い――をかき上げて、大東(だいとう)は言った。


「あんた、そういうの好きだよね」


 自然と隣を歩いていたため、その言葉に相槌を打つ。


「無論。むしろこう言った機会があるのではないかと考え、常日頃から黒魔術の研鑽を積んでいたのだ」

「トカゲの尻尾を集めたり?」

「トッ!? ……爬虫類の話はしないでもらおう」


 一体どんな研鑽を積んできたのやら。

 私が肩をすくめているのにも気が付かずに、彼は自慢の知識を披露している。こうした一風変わった趣味を持つ人物というのは、どこのクラスにもいるのだろう。


 この一団には居ないのだが、このクラスにはもう一人、変わった趣味――というよりも、変わった主張をしている人物が居た。


 裾野と言う男だ。

 彼は口を開けば、自分は異世界からやってきたと主張していた。この状況にあっては、このクラスの誰しもが、ここが彼の故郷なのではないかと思ったのではないか。


 街並みを眺めることで、彼の言葉を聞き流していく。


 どの家もレンガを積んで造られたものだ。フランス積みのそれらは美しい造形をしている。赤く、無骨で、印象としては力強い。


 白い石造りの建物は、王宮と神殿だけだと、案内をする騎士が話している。

 コントラストを強調することで、権威を表しているのだろうか。どことなく優雅さを感じる曲線が多く、たおやかな雰囲気が感じられた。


 神殿の内部。私たちが入室を認められたのは、礼拝堂のような場所のみだった。


 長い椅子が何列にも並び、その視線の先には女神を象ったのだろう像が鎮座している。


「座って、目を瞑ってください。そして、心を清らかに、語りかけられる言葉に従うのです」


 指示の通りにする。すると、頭の中に声が響く。


水窪(みさくぼ)ロアナ。あなたの望みを叶えましょう』


 目を開くと、いつの間にか私の手の中に水晶玉が存在していた。目を瞑っている間は気が付かなかったが、今、確かに私はそれを握っている。


 軽く持ち上げ、手を離す。水晶玉は、宙に浮かんでいる。撫でるように触れる。バスケットボールのように、上に手を添える。動かせば、それに従って水晶玉が着いてくる。


 頭の中に、それが何なのかが浮かんできた。


 ――〈堅実なる神の一手(ニア・アカシック)〉。それは、確かに私が望んだものだった。


 ***


「まさか、私の代でアカシックに触れる者が現れるとは思いませんでした」


 そう語るのは、神殿を率いる十二司教の一人、ビカラ。にこやかな表情を浮かべているが、その言葉には興奮の色が見える。


 立場のある人物らしいのだが、年はまだ若い。二十歳そこそこだろうか。若者らしく、好奇心旺盛なのだろうか。


 適当に相槌を打ちながら、私は神殿を離れ、騎士団宿舎へと続く道とは違う方向へと歩いていた。


 儀式を受けたクラスメイトも、今は騎士団宿舎へ戻っているのだろう。能力を得てしまえば、後は直ぐに解散。どんな仕事が相応しいかを、騎士に相談しなくてはならなかった。


 神殿の関係者の方から、特に能力に関して問われることはなかったのは、騎士団でそれについての話し合いがなされるかららしい。

 私の場合は少し特殊だったようで、こうして自由にさせてもらっているのだ。


「私の世界にも、似たような言葉があるよ。アカシックレコード、だったかな」

「こちらの世界のものと同じものかは存じませんが、こちらのアカシックは、神が見たものとされています。アカシックの名を持つ能力は、それを垣間見ることができるとされ、とても貴重なものなのです。その光景は、それを見た上での発言は、すべてのものに勝る」


 この水晶玉が、そんな大層なものとはね。私は水晶玉を、バスケットボールのように指先で回転させた。


「私はただ、彼女がどうして殺されたのかを知りたかっただけなんだけどね」

「確か、お仲間の一人が殺されたのだと」


 頷いて、彼に私が知り得る経緯を説明する。彼に案内してもらっている場所も、その現場だ。


「此処は〈使徒の湖〉とされる場所です。神に許された者のみが、湖の上を歩くことができる。そのような伝説が残されております」

「湖を歩く意味は?」

「歩けるものがいなければ、この世界に神の恩恵はないのです。ま、言い伝えですね」


 なるほど。それを聞いて、私は「で?」と問い掛けた。


「代々、それを行えたのは王家の者だけだったのです。しかし――」

「途絶えたの?」

「いえ、途絶えてはおりません。ただ、少々問題がありまして――」


 湖の周りを散策しながら、私は彼の言葉に耳を傾ける。


 曰く、数日前に王が病で没した。しかし使徒の役目は、十六歳の成人の儀によって能力と共に与えられる。

 王家の血筋は現在、既に大半が成人を迎えており、残るものは、まだ幼い。よって、しばらくはその役目を与えられるものがいないのだ。


「てことは、その幼い子たちが育つまで、この世界の人は不安なんじゃない?」

「その通りなんです。そこで話に上がったのは、異世界へ送り出した血筋の者を呼び戻すというもの」


 まさか――と思い、私は水晶玉を目線の高さへ掲げた。


「異世界へ送り出した者を呼び戻したことが、今回の事件の発端である」


 水晶玉が、青い光を発した。


「おおっ! 発光しましたな。それはどういった意味で?」

「私の言葉を受けての合図。青なら正解。赤なら的外れ」


 こうして、一手ずつ真実に近付いてくれ。そう言った能力なのだ。


「兎も角、この発言が正解となると、クラスメイトのなかにこの世界の出身者が居たことになる。ビカラさんは、それが誰か判る?」

「ビカラで結構。いや、判りませぬ。我々はあくまで神に使えるものであって、使徒には関与しておりません。そちらは騎士の領分になります」

「それは何で?」

「警護が必要ですから」


 つまり、警護の意味を込めて異世界に送り出したのか。この世界で何かが起こり、血筋のものが全滅してしまった場合に呼び寄せることが出来るように。


 もしかしたら、私の聴取が長かったのも、その辺りが念頭にあったのかもしれない。向こうに送ったものの子孫であったら、という可能性。


「そう考えると、定期的に送っているんでしょ」

「そうなりますね。現地には勿論、それを知り、サポートする者が居ます」

「呼び戻す方法は?」

「世界の壁を越えるには、相応の儀式をしなければなりません。騎士の者が、王宮にて執り行ったのでしょう」


 私たちが気を失ったのは、世界の壁を越えたのが原因か?


「この世界の者は、戻ってきた際に気を失うことはない」


 青く光った。つまり、正解。


 クラスメイトの氏名を、順番に告げて犯人だと名指ししてみようか。神が果たして、そのような事を受け入れてくれるのだろうか。

 いや、無理だな。そもそも、真実を知りたいと思った自分の在り方と、その方法は一致しない。


 どこまで行っても、私は一手ずつ進まなくては気が済まないのだ。


「青く光りましたな。つまり、犯人はこの世界の出身者」

「それは確実なんだろうけど、そうなってくると何で川根百合奈を殺したのか判らないよね。こういう時、殺された人物がこの世界の出身者である方が、しっくりくると思う」


 そいつに権力を持たせることを許されない。そんな意思が働いて、殺害に至るということはあり得るだろう。


 つまり――。


「川根百合奈はこの世界の出身である」

「あ、青く光りましたぞ!」


 これはどういうことだろう。殺した方も、殺された方も、この世界の出身者だった。


「この世界に、権力争いなんてものはあるの?」

「ないことはないのですが、王位の継承と使徒は別の問題です。使徒が王となる決まりはありませんから」


 王家の血筋から使徒が現れるが、使徒だからといって王となる訳ではない。それがこの世界の仕組みか。


「でも、使徒云々の話で犯人は多少絞り込めたと思うよ」

「と言うと?」

「成人の儀で使徒の役目が与えられるのなら、今回、儀式を受けた者の中にはこの世界の出身者は居ないことになる」

「なるほどっ!」


 私を含め、六人は容疑者になり得ない。それと同時に、川根百合奈が生きていれば、使徒になっていた可能性があると言う証明でもある。


「もう少し、この世界のことを知りたいな」

「それなら場所を変えましょう。そろそろ神殿に戻っても大丈夫で?」

「ええ。この場所で調べたいものは、もうなさそうだから」


 私が一つ、彼女の死因から気になっていたこと。それは凶器だ。絞殺ということは、首を絞めたということになる。

 あの時、クラスのみんなが動かない彼女を見つけ、私は何気なく首元を見た。それは、手で絞められたような跡ではなかった。確かに、紐状のもので絞められた跡だった。


 気を失わなかった犯人は、その凶器をどうしたのか。捨てたのだとしたら、未だに持っていたのだとしたら。それらは全て、ある一つの結論へと至る。


 水晶玉を、目線の高さへ掲げる。


「この事件に、騎士が関与している」


 青く光った。


 ***


 そもそも、異世界に人を送り出しているのなら、私たちも元の世界に戻られるのではないか。

 ビカラの答えは、申し訳なさそうなものだった。


「儀式に必要なものを揃えるのに、一年以上の時を要するのです。ただし、成人の儀を行った者を送り出すことはできない。しかし、十六歳になったら、必ず成人の儀を執り行わなければならないのです」


 つまり、私たちはもう、戻ることができない。


 神殿の応接室。神官の女性が運んできた飲み物を口に含んだ。紅茶のような味がした。


「疑問に思っていたんですけど、私たちの世界に人を送っていたとして、戸籍の問題はどうしていたんでしょう? 渡航履歴もない――子供? そもそも、どの程度の年齢の人物を送るのか」


 ビカラは僅かに目線を上に向けると、思い出すように話し始めた。


「えっと、ですね。現地の女性を連れ込み、ここで子を宿してもらって戻すのです。そして、産まれたかどうかを確認しに向かい、滞在しながらこちらの教育も施す」

「戻った時に、さぞ豪華な生活ができるでしょうね」

「まぁ、相応の礼というものは、当然なのでしょうね」


 どこか他人事なのは、それに神殿側は関わっていないからなのだろう。

 あくまでそれを主導しているのは、騎士団。


 閑話休題。


「それで、この世界の事を教えてください」

「どこから話すべきなのでしょうね。まぁ、先ずはそれぞれの役割から、でしょうか。……紅茶のお代わりは?」


 貰って、話の続きを促す。


「先ず神殿ですが、ここは庇護される立場なので、それほど発言権はありません。例外とすれば、アカシックの名を冠した能力を持つ、神子だけで」

「その神子という立場の言葉は、何よりも重い?」

「はい。まぁ、その能力によって導き出された言葉に限りますが」


 責任が伴うのだから、発言には気をつけるように。暗に、私に向けて言われているような気がした。


「ここからがロアナ様の知りたいことでしょう。王宮は政を執り行う場です。王家と貴族に別れ、貴族が話し合った事案を王家の者が審査し、王に判断を仰ぎます」

「異世界に送り出す儀式も、最終的には王の判断で?」

「いえ、騎士団が。本来のパワーバランスですと、騎士団は王宮を護ると同時に監督し、王宮は神殿に大して様々な保障を。そして、神殿の発言力で騎士団を制する」


 つまり――。


「異世界へ送り出すという行為は、騎士団の暴走?」

「と言っても、一部の過激派でしょうね。自分たちが王宮をコントロール出来ると信じて疑わない派閥です。本来なら神子の力でそれらの行為は牽制されるはずなのですが……」

「それが不在だった」

「民の心の支えは使徒なのですが、本来一番重要なのは神子なのです」


 それが私の役目なのだとしたら、今回の騎士の悪事を暴くために、能力を授けられた面もあるのだろうか。


「王宮の支配を目論む一派がいるとして、それが何故、今回の事件に繋がるのか」

「何か、心当たりはありませんか?」


 それは、川根百合奈がどういった人物だったのか。という意図の質問だろうか。


「彼女がこちらの世界に戻った時に、不都合な存在になり得る性格だったのか、って? 生憎だけど、彼女はとても無口な人でね。私は彼女の事を、いまいち知らない」


 たった十三人という少ないクラスにあって、彼女は浮いた存在だったように思う。その背景には出身が、この世界のことがあったのだろうか。


「騎士はおそらく、凶器の隠滅をしたはず。現場で受け取ったのか、取り調べの際で受け取ったのか。それは判らないけれど。ともあれ、あの場で殺人が起こるのは、計画されたことだと思う」

「騎士がそれを計画したと?」

「さっき、向こうで此方の世界の教育をするって言ったでしょ? で、その儀式を執り行っているのは騎士団。勿論、教育にも騎士が関わっているのが普通じゃないかな」


 この世界の情勢的に、使徒の出現は急ぎたかった。そこで白羽の矢が立ったのが川根百合奈なのだろうけれど……。それはあくまで王宮の考えだろう。


 騎士団の中の一派は、虎視眈々とその状況を利用しようと考えていたのではないか。


「向こうの世界にいた、二人を教育していた騎士は一体何人いたのか」


 もしも派閥の違う騎士が、それぞれを担当していたのだとしたら。


「どっちがどっち、っていう話になってくるな」

「どっちがどっち、とは?」

「川根百合奈と犯人。どちらがどの一派なのかってこと」


 過激派の暴走か、その妨害か。その意図を探るには、どうすればいいのだろうか。


「そういうことなら、犯人に自供してもらうのが手っ取り早いのではないですかね?」

「私の言葉で、騎士団を動かせないかな?」

「青く光るような言葉なら」


 まだまだ、それを導き出せるような思考にはたどり着いていない。


「騎士の方から詰めていければ、と思ったけれど、思ったよりもややこしいか。犯人を暴くというのも、なかなか」

「怪しい人物はいないのですか?」

「日頃から、異世界から来たと言っていた裾野か、大きな蔵を持っていて、古今東西様々なものが収められていると自慢していた春野か」


 どちらもまだ、十六歳にはなっていない。


 春野に関しては、異世界からもたらされたものも持っていたのではないか。そうした繋がりを疑ったのだが……。


「異世界から、人以外を送ることは?」

「此方からは可能ですね。しかし、持ち込むことは出来ません。人の移動だって、本来は対象と定めたものを移動させるもの。無関係な人物を巻き込んだ今回は、かなりのイレギュラーでしょう」

「……それは、神子を呼び込むために大きな力が介入した、とか?」

「あなたの存在を見ると、大いに頷ける説ですな。成人の儀式で与えられる能力は、その人の資質に大きく委ねられる」


 使徒のように、なるべくしてなる。ということか。


「少し疑問。それなら、犯罪を犯したものはその資質に合った能力を得るの? それによって犯罪が明らかになり、お縄を頂戴、みたいな」

「お縄? それは判りませんが、成人の儀式までに罪を犯すというのは、あまり聞きませんね」


 それについてもイレギュラー、か。


「ただ、使徒になるかどうかは、本人の資質による所もあります」

「能力と同じように?」

「ええ。罪を犯しているかどうかは、あまり関係はありません。大事なのはその人の本質であって、たとえ罪を犯していても、神が能力を持って償いの機会を与える場合もある」


 では、使徒の場合はどうなのか。


「神は与えるもの。使徒もまた、人の安寧を与えるもの。よって、奪うことは許されないのです。使徒になり得る権利を持ちながらも、奪うことを良しとする資質の持ち主は、使徒でありながらその性質を発揮しない裏切り者、――ユダの名を持つ能力が与えられるでしょう」

「……」


 その言葉を聞いて、私は自分をなじりたくなった。


 何故、気が付かなかったのか。聞くべきタイミングはあったはずだ。それなのに、私はその事に気をとめることなく、受け流していた。


「一つだけ、訊いてもいい?」

「何でしょう?」

「この世界において、黒魔術とは何なのか」


 ***


 あれから一ヶ月が経った。


 私が結論に至った時、それは、まさに手遅れだった。

 大東の姿は既になく、何処へ行ったのかも判らない。事件の真相は、やはり騎士団の動向から割り出された。


 この世界において黒魔術とは、生贄を使い――何かを奪うことによって力を得るということ。

 その在り方は神の授ける能力とは違い、神によって授けられた能力に満足できない者たちが産み出した、禁忌の呪いであった。


 私は、大東がごく自然にそれを話し、元いた世界においても趣味の領域だと判断していたことから、この異常性を頭に浮かべることができなかったのだろう。


 大東はユダとなった。その言葉を号令にして、神殿は騎士団を調査し、彼と関わりを持った騎士たちを割り出した。


 彼らには、王の不在をついてユダを祭り上げ、黒魔術による恩恵を民に齎し、自分たちに権力を集中させるという目論見があった。

 突拍子もない理想論であったが、全ては神子が不在による神殿の力不足が招いた結果か。


 使徒の出現は、神が関わる故に、そのまま神殿の威光を示してしまう。全てを騎士の手中に収めるためには、その出現は何としても防がなくてはならなかった。

 それと同時に、大東が手を下すことで、ユダの出現を決定的なものとした。


 姿を眩ませた彼は、この世界で何をするつもりなのだろうか。その真実を導き出す思考は、水晶玉に示す言葉は、今の私には紡げそうにない。


「考え事?」


 気が付けば、鼻が触れ合うほど近くに見知った顔。引佐直子の顔があった。


「あぁ、ごめん。私も気を引き締めないとなぁ、って」


 少し微笑んで、目の前の直子を見る。

 あの日、みんなで見せ合ったセーラー服に、豪華絢爛な装飾を施したマントを身に着けている。頭のうえには、これまた立派な王冠が載る。


「ナオも立派になったことだしね」

「えへへ、もっと褒めてくれてもいいよ。だって、王様だもんねっ!」


 本当に、今回の異世界転移はイレギュラーだらけだった。

 ユダの出現に、私――神子の出現。そして、あの世界で代を重ねた、この世界の血を引く引佐直子が王位を継ぐという結末。


 血の薄まりから意識を保つことはできなかったそうだが、成人の儀式によって、その血が覚醒したのだ。


 笑顔だった彼女の顔が、急に引き締まる。


「だから、私たちで頑張ろうよ。クラスメイトとして、彼がなにか悪いことをしたら……」

「そうだね。うん、私たちで叱ってやろう」


 戴冠式を終えて、しばしの会談。暗い話題はお仕舞いにして、ここからは明るい話題も提供しよう。


「そう言えば、裾野のやつ騎士団に入ったんだって。俺が大東を倒す! って、息巻いていたみたい」

「ふふっ、私たちの素敵なナイトの誕生ね」


 せめて、残ったみんなの結束は固く。あわよくば、改心してもらえれば。

 私たちは紅茶の入ったカップを掲げる。この世界でも、幸があるようにと。

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