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忘れられた英雄ヘオルス〜俺が世界を救ったことを、誰も覚えていない〜  作者: NATE.K


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俺は、魔王を斬った。──はずだった。

はじめまして。本作『忘れられた英雄ヘオルス』の連載を開始しました!


哀愁コメディ × 王道ファンタジー。

日常の温かさと、不意に顔を出すシリアスのバランスを大切に書いていきます。


更新予定:週4回(月曜・火曜・木曜・金曜)

全25巻完結予定の長編シリーズ、開幕。


ブックマーク・評価・感想で応援いただけたら嬉しいです。

それでは、第1話、どうぞ!!

静かな湖の、ちょうど中心に、花の咲く小島があった。

その真ん中の白い台座に、一振りの剣が、誰を待つでもなく刺さっていた。

──ここから運命が動き出すことを、その時の俺は、まだ知らなかった。


ヘオフォン界の暦で、離神暦2818年。冬の終わり。

俺は、魔王を斬った。

黒い装束に身を包んだそれは、地に膝をついて、最期にこちらを見上げて、笑った。

……何かを、呟いた。声にならない、唇だけの動きだった。

空気が、震えた。隣でフリスが叫んだ。「ヘオル、下がって!」彼女の杖から光が走り、何か見えないものと、空中でぶつかって、絡まり合いながら、世界に吸い込まれていった。

魔王の身体が、塵になって消えた。

俺たちは、勝った。──はずだった。


十年が経った。


「おう、今日も元気に卵を産んでんな。いつもありがとな」

鶏舎の朝。俺は柵越しに、白い羽の連中に話しかける。乳牛の啼く声。畑から土の匂い。ヴェルドリック王国の辺境、ブレッドハム郊外。

俺の名前は、ヘオルス。23歳。ニウィング位の何でも屋。

──俺たちが世界を救ったことも、魔王がいたことも、世界の誰一人として覚えていない。

俺自身ですら、もう半分は、忘れかけている。


◇ ◇ ◇


卵籠を、抱え直す。

鶏舎を出て、戸を後ろ手に閉めた。

今日は、いい数だ。三十二個。先週より、ちょっと多い。


畑を、ぐるりと回る。

土の畝に、手を当てた。

湿り具合。風の匂い。春の盛りの、ぬるい朝の空気。

今年の麦は、悪くない。たぶん。

育てた経験は、こっちに来てからの、十年近く。それでも、土の調子くらいは、なんとなく分かるようになった。


卵籠を、納屋の冷暗所に置いた。

代わりに、空のガラス瓶を、三本、籠に、まとめて、入れる。

広口の、肉厚の瓶。乳の保管用、兼、搾り用。


「次、行くか」

俺は、自分に言い聞かせる。

今日の本番は、こっちだ。


放牧地。


少し離れた斜面に、柵で囲った原っぱがある。

三頭の、グランドオックスが、草を食んでいた。


牛、と呼ぶには、ちょっとデカい。

体高、人の肩くらい。胴回りは樽みたいで、角は短いが、根元は分厚い。

人界の在来種で、栄養価の高い乳が取れる代わりに、気性が荒くて、しかも、季節によっては、こっちを殺しに来る。


俺は、柵を乗り越えて、中に入った。

籠を、柵の、内側に、そっと、置く。


三頭のうち、二頭は、こっちを見て、もそもそと餌に戻った。


問題は、一頭。


赤い目をした、白黒のやつ。

鼻息が、もう、荒い。


「……ああ、お前、今日も、まだか」


風が、東から、流れていた。

雄の、匂いを、運んでくる。

隣の、農家の、グランドオックスだ。

お前から見れば、遠い、遠い、相手だ。


発情の、季節。

春と、秋に、二度、来る。

今は、春の、ど真ん中。

あと、十日か、二週間は、続く。

──毎年、しんどい。


「お前なあ、毎年、毎年、本気、出さなくて、いいだろ」

小声で、話しかけた。

当然、返事は、ない。


俺は、両手を、空にして、軽く息を吐く。

発情期のグランドオックスは、なだめる前に、まず、突進してくる。

これも、毎年、変わらない。


「悪いな、毎度のことで」


俺が、そう声をかけた、次の瞬間、

グランドオックスが、地面を蹴った。

土が、跳ねる。


重い、重い、重い、重い、地響き。

真っ直ぐに、こっちに来る。


俺は、半歩、左にずれた。

それだけで、巨体は、俺の右肩を、髪一本分の距離で擦って、通り過ぎた。


──心臓が、跳ねた。

何回やっても、慣れない。


振り返ると、巨体が、勢いを、殺しながら、ぐるりと、向き直る。

俺は、姿勢を、低くした。

息を、薄くする。

足音も、立てない。

気配を、消す。


グランドオックスは、相手の動きが、読めなくなると、攻撃の的を、見失う。

赤い目が、ぼんやりと、こっちを、向いた。

焦点が、合っていない。

ぼやけた、瞳孔が、ハートに、ゆがんでる。

発情期の、症状だ。


ゆっくり、近づいた。

巨体の、横。

首筋の、ふくらみに、手を、置く。

温かい。汗ばんでいる。


掌で、ゆっくり、撫でる。

首筋から、耳の、付け根へ。

耳の裏の、薄い皮膚を、軽く、押した。


赤い目から、力が、抜けた。

鼻息が、ふっ、と、緩む。


「よし、いい子だ」

低い声で、続けた。

「お前の好きな雄なんざ、隣の隣だぞ。届きゃ、しねえって」


巨体の、緊張が、解けていく。


力じゃ、なだめられない。

何十年も乳牛をやってる爺さんに、教わった話だ。

気配と、手と、声。それだけだ。


「な、突っ立ってりゃ、いいんだ。それで、合格だ」


俺は、籠から、瓶を、一本、取った。

広口の、ガラス瓶。

腰を、落とそうとして──


ぐにゃり。


足の裏に、嫌な、感触。

見なくても、分かる。

うんこだ。


「……あ。踏んだ」


ぼそりと、こぼれた。

グランドオックスが、ふん、と、鼻を、鳴らした。


「お前ら、しょっちゅう、するもんなあ……」


赤い目は、無言だった。

ハートは、消えてる。

ちょっと、笑ってる気が、する。


俺は、諦めて、もう一度、腰を、落とした。

靴は、後で、洗う。

瓶を、ゆっくりと、巨体の腹の下に、寄せる。


搾乳を、始めた。


慣れた手つき。

温かい乳が、瓶の口を、伝って、底に、落ちていく。

ぴしゃ、ぴしゃ、ぴしゃ。


一本目が、満ちた。

二本目を、籠から、取り出す。


二本目も、満ちた。

三本目は、半分ほどで、止めた。

出が、終わった、合図だ。


瓶に、布の蓋を、被せて、籠に、戻す。


グランドオックスが、ぶるっと、震えた。

こっちを見る。


俺は、片手で、軽く、その鼻面を、撫でた。


「お疲れさん。今日も、助かったよ」


グランドオックスは、ふんっ、と、鼻を鳴らして、二頭の仲間の方へ、戻っていった。

振り返らない。


「おい、来年は、もう少し、お手柔らかに、頼むわ」


ふん、と、もう一度、鼻を、鳴らされた。

目に、また、ハートが、戻ってる。

──通じてねえ。


仲間の二頭は、平和に、草を、食んでる。

こいつだけ、こんな理由が、分からん。


俺は、籠を、肩に担いで、もう一度、空を見上げた。

朝の、青い、薄い空。


「……今日も、いい乳だ」


ぼそりと、独り言。

平和な朝だ。

靴の裏は、後で、よく、こすろう。


◇ ◇ ◇


街道。

朝の薄い光の中、荷車を、引いている。

がたん、がたん、と、車輪が、土と石を踏む音。

卵籠。ガラス瓶三本の籠。野菜の籠。

俺の、収穫だ。


街の門は、もう開いている。

門番のじいさんが、片手を上げた。

俺も、軽く、頷き返した。


市場通り。

魚屋の親父が、声を、張り上げている。

八百屋の前に、おかみさん連中が、塊になって、立ち話。

パン屋の前に、子供が、列を、作っている。

朝の、忙しい、時間だ。


荷車を、いつもの場所に、止めた。


「ヘオルス、今日も、来たな」


店の奥から、グレナが、顔を出した。

中年の、ずんぐりとした商人。

髭が、白くなりかけている。


「卵と、牛乳。あと、野菜は、昨日の分」

グレナが、籠を、ふんふん、と覗き込んだ。

「うん、いつもの。今日は牛乳、二本と半分か」

「ああ、出が良かった」


グレナが、革袋から、硬貨を、ぱらぱらと、台に並べた。

銀色のと、銅色のと、混じっている。

銀貨に、月。銅貨に、鎚。

金貨は、麦の絵だっていうが、俺は、まだ、見たことがない。


「今日は、卵が、ちょっと多いな。二十六ゲルンだ」

「ああ、助かる」


俺は、硬貨を、革財布に、しまった。

ちゃりん、と、軽い音。


市場の、奥の方。

木の屋台が、湯気を立てている。

黒い大鍋から、ベーコンと根菜の匂い。


「ミルダ、いつもの」

「あいよ」


ミルダが、木の椀に、スープを、ざっぱり、注いだ。

黒パンを、一切れ、添える。


「三ゲルン」

「ほい」


俺は、銅貨を、三枚、数えて、台に置いた。

ミルダが、それを、革袋に、流し込む。

ちゃり、ちゃり、と、軽い音。


屋台の脇、木のテーブルと長椅子。

先客が、二人。

鍛冶屋の親父。それと、行商の爺さん。


「お、ヘオルスじゃねえか」

「座んな、座んな」


俺は、椀をテーブルに置いて、二人の隣に、腰を下ろした。

黒パンを、スープに、浸す。


「お前さん、最近、嫁の話、来てるか?」

鍛冶屋の親父が、にやりと笑った。


──毎週、聞かれる、この話題。


「……いや」

「お前みたいないい奴、もったいねえぞ」

「そうかね」

俺は、黒パンを、噛む。

「いい嫁が、向こうから来てくれんだろ。たぶん」

「あっはっは、何だそりゃ、お前、向こうから来るのを待ってんのか!」

鍛冶屋の親父が、肩を、ばしばし、叩いてきた。


「待ってる間に、おっさんに、なるぞ」

行商の爺さんが、口を、挟んだ。


「……もう、なりかけてる」

俺は、ぼそりと、答えた。

「自覚は、あるぜ」


「あっはっは、自覚はあるのかよ!」

「あるぜ、そりゃ」


二人が、また、大笑いした。


「それより聞いたか、おい」

行商の爺さんが、声を、潜めた。

「メル神殿、ってのが、出来たらしいぜ」

「半月前だってよ」

「ほう」

俺は、スープを、すすった。

「神からの祝祭、ってやつだ。神様も、忙しいねえ」


行商の爺さんが、笑った。

鍛冶屋の親父が、笑った。

俺も、つられて、笑った。


「いつから、神様、そんなに、暇じゃ、なくなったんだか」

「ほんとだなあ」

「ヘオルス、お前さんも、たまには、神様に、頼みごとの一つもしてみろ」

「嫁の話なら、神様には、頼まねえよ」


三人で、笑った。


椀を、空にした。

黒パンの最後の一切れで、椀の底を、拭う。


「ごちそうさん」

「あいよ。気をつけてな」


ミルダが、片手を、上げた。


俺は、空の荷車を、引いた。

がたん、がたん、と、また、車輪の音。


市場通りの、北の端。

石壁の、白い建物。

ファラギルド盟、ブレッドハム支部。


「次、行くか」


朝は、まだ、続いている。


◇ ◇ ◇


荷車を、支部脇の、柵に、繋いだ。


扉を、押した。

中は、薄暗い。

石の床。高い天井。

正面に、木の、カウンター。

左の壁に、依頼の、掲示板。


「あら、ヘオルス。今日も、来たね」


エドラが、カウンターから、顔を、上げた。

受付の、若い女。

髪を、後ろで、束ねている。

目元に、ちょっとした、笑いじわ。


俺は、軽く、手を、上げた。

「掲示板、見てくる」

「あいよ」


掲示板の前に、男が、二人。

若手の、冒険者だ。

俺より、いくらか、若い。


「メル神殿の、ゴブリン、群れて、厄介らしいっすよ」

「ふうん」


俺は、掲示板を、眺める。

依頼書が、何枚か、貼ってある。

メル神殿、浅層、薬草採取、八十ゲルン。

これだな。


若手の、革鎧が、ちら、と、目に入った。

肩の付け根の、革紐が、きつく、絞られている。


若手の方が、俺の視線に、気付いて、振り向いた。

「あ、すんません。邪魔っすか?」

「いや」

俺は、首を、振った。

「兄ちゃん、その鎧」

「え?」

「肩の、付け根の、革紐」

「緩めとけ。振りの時、突っ張る」


「あ、はい?」


ベンチに、座っていた、男が、こちらを、向いた。

中年の、髭の男。

顔見知りの、ベテラン冒険者だ。


「お、ヘオルス、よく見てるな」

「ただの、兼業冒険者じゃ、ねえな」


俺は、軽く、肩を、すくめた。

「若い頃、ちょっと、かじっただけだ」

「──最初の、討伐依頼、革紐が、突っ張って、振り、二拍、遅れて」

「ゴブリンの、棍棒で、横っ面、ぶん殴られた」

「半泣きで、逃げ帰った、覚えがある」


「ぶん、殴られたんすか?」

若手が、思わず、聞き返した。


「ああ、いい音、したぜ」

「半月、頬が、腫れてた」


ベテランが、肩を、揺らして、笑った。

「お前、ヘオルス、変わらねえなあ」

「お前の、新人話、やっぱ、面白え、わ」


俺も、笑った。

「いろいろ、やってるからな」


ベテランも、笑った。

若手も、つられて、笑った。


「ま、覚えとけ、兄ちゃん。革紐の、ことな」

「は、はい」


依頼書を、剥がして、カウンターに、持っていった。


「メル神殿、浅層、薬草採取。これ」

「はいよ」


エドラが、依頼書を、受け取った。

紙の端に、印を、押す。


「八十ゲルン。完了後、ね」

「ああ」


「ヘオルス、メル神殿、行くの、初めて、だっけ」

「ああ、初めて、だ」


「街の、南東。森を、抜けて、湖。湖の、中央の、小島。出来て、半月。馬車も、入れない、新しい、ダンジョン」

「ふうん」


「──ここ、最近、依頼、多くてさ」

エドラが、台帳を、開いた。

「今月、これで、三件目だよ」

エドラが、ちょっと、肩を、すくめた。

「先月、ゼロだったのにねえ」


「ほう」


「ダンジョン、増えてるんだって。神様の、祝祭、らしいよ」


俺は、ちょっと、考えた。

「神様、忙しいねえ」


「あれ、ヘオルスさあ」

エドラが、目を、細めた。

「市場の、おっさんたちも、同じ、こと、言ってたよ」


「ああ、」


エドラが、笑った。

「ヘオルスの、口癖?」

「口癖、っていうか」

俺は、頭を、掻いた。

「ダンジョン増えてる、って言われると、それしか、感想が、ない」


「正直すぎ!」


エドラが、また、笑った。


「気をつけて。ゴブリンも、出るって」

「ああ」

「──新人の、頃、ゴブリンに、追いかけられて、夜、寝られなくなった、覚えがある」

「今は、大丈夫だ。たぶん」


「たぶん、なの?」

エドラが、もう一度、笑った。


「ま、行ってくるわ」

「いってらっしゃい」


俺は、扉に、向かった。


入口脇の、ベンチ。

若い少年が、ぽつんと、座っていた。

膝の上に、何かを、抱えている。


ちらと、目が、合った。

合っただろうか。


俺は、扉を、押し開けた。

朝の光が、入ってくる。


◇ ◇ ◇


ギルド支部を、出た。

朝の光が、少し、強くなっている。

荷車を、引きながら、街道を、進む。


街の門を、出た。

門番の、じいさんが、また、片手を、上げた。


街道沿いに、畑が、続いている。

俺の、畑。

葉物の、列。

朝露が、葉先に、光っている。


畑が、途切れる。

道は、森へ、入っていく。


がたん、がたん、と、車輪の音。

木漏れ日。

鳥の、さえずり。

木々の間を、薄い光が、抜けていく。


森は、しばらく、続く。

俺は、ただ、進んでいる。


森が、開けた。


湖が、目の前に、広がっている。

朝靄が、水面に、漂っている。

水は、静かだ。


足元の、草が、湿っていた。


岸辺に、小舟が、繋いである。

共用の、小舟。

古い、木の舟。


荷車を、岸辺の、木に、繋いだ。

籠から、革袋を、取り出した。

中に、薬草を、入れる袋と、小刀。


小舟に、乗り込む。

ぎい、と、舟が、軋む。

舟底の、木の感触が、足の裏に、伝わる。


舫いを、解いた。

櫂を、握る。


水面を、押す。

波紋が、広がる。

ゆっくり、舟が、進み出す。


朝靄の中を、漕いでいく。

水の音だけが、する。

櫂の、滴る音。

舟底の、軋む音。


靄が、濃くなる。

水面の、向こうが、見えない。


櫂を、休めた。

舟は、惰性で、進んでいる。

舟の、舳先が、靄を、割っていく。


不意に、靄が、薄れた。


小島が、見えた。

湖の、中央。

緑の、低木と、草地。

朝の光の中、緑が、濡れている。


舟を、岸辺に、寄せた。

小石の、岸。

ぎい、と、舟が、止まる。


俺は、舟から、降りた。

草を、踏む。

湿った、土の匂い。


小島の、中央に、向かう。

草地は、平らだ。

低木の、向こうに、何かが、見えてくる。


近づいた。

それは、扉だった。


石造の、両開きの、扉。

高さは、俺の、二倍ほど。

表面に、見たことのない、文様。

浅く、彫られている。


新しい。

だが、新しくない。

最近、ここに、立った。

そう、見える。

だが、立っているものは、ずっと、昔から、あったもののように、見える。


俺は、扉の、数歩、手前で、足を、止めた。


喉が、乾いていた。


風が、止まった。

鳥の、声も、聞こえない。

湖の、水音も、遠い。


扉の、向こうは、ダンジョンの、浅層。

半月前に、突然、出来た、メル神殿。


ダンジョンには、色々ある。

入ってすぐ、罠と、モンスターの、群れに、囲まれて、出るに、出られねえ、やつ。

出入りの度に、扉が、勝手に、閉まる、やつ。

他にも、たぶん、色々。


さっき、エドラに、聞いた。

メル神殿の、依頼、今月、三件目だ、ってよ。

だったら、誰か、もう、入ってる、はずだ。

なのに、扉は、閉まってる。


──このメル神殿、扉、勝手に、閉まる、タイプ、か。

罠と、モンスターにも、気を、つけねえと、な。


扉に、手を、当てた。


その時、だった。

中から、悲鳴が聞こえた。


「……ったく」


苦笑が漏れる。

半月前に出来たばかりのダンジョンで、もう死にかけてる奴がいる。


「行くか」


扉を、開けた。






─────────────

【ヘオルスの覚書 ─ 第1話】

─────────────


▼ ニウィング位

冒険者ランクの、底辺。

上に四階級ある(スコレラ・フェルメン・ヘアラ・ハル)。

俺は十年、ずっと、このまま。

たぶん、来年も。


▼ ゲルン(通貨)

銅貨に、鎚。一ゲルン。

銀貨に、月。十ゲルン。

金貨に、麦の絵。百ゲルン。

鎚で土を、開き。月の下で、育み。麦に、至る──らしい。

ちなみに、銀札千ゲルン、金札一万ゲルンも、あるんだとよ。

俺は、金貨も、紙幣も、まだ、見たことがない。

たぶん、一生、ない。


▼ グランドオックス

ちょっとデカい乳牛。

体高は人の肩くらい。胴回りは樽みたいで、角は短いが、根元は分厚い。

発情期になると、瞳孔が、ハートに、なる。

力じゃなく、気配と、手と、声。それだけだ。

あと、足元に気をつけろ。


▼ メル神殿

半月前に、突然、出来た、新しいダンジョン。

ブレッドハムの街の南東。森を抜けた湖の、中央の小島に、ぽつんと建ってる。

扉は、出入りの度に、勝手に閉まるタイプ、らしい。

ダンジョンには、色々ある。罠と群れに囲まれて出られなくなるやつもある。

気をつけねえと、な。


▼ 神の祝祭

ここ数年、ダンジョンが、年々、増えてる。

教団は、神からの祝祭、って呼んでる。

神様が、忙しいんだとよ。

──ほんとに、神様の、祝祭、なんだろうか。

第1話、お読みいただきありがとうございました。


放牧地の乳搾り、市場の与太話、ギルドの軽口──

忘れられた英雄ヘオルスの、ささやかな日常を、楽しんでいただけましたか。


そして、扉の向こうで、何が待っているのか。

次話、第2話は、5月21日(木)13時頃の公開予定です。


面白いと思っていただけましたら、ブックマーク・評価・感想欄での一言、お願いします。

皆様の応援が、執筆の何よりの励みになります!!


それでは、次話でお会いしましょう。

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