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転校初日、クラス全員が俺の元カノだった。  作者: おぷっち


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第三の選択、あるいはシステムの欺瞞

光の通路が、奈落へと誘う暗い口を開けていた。その向こうに脱出という希望があるはずなのに、コンソールに表示された無慈悲なテキストが、俺の足に鉛の枷を嵌める。

【警告:緊急脱出プロトコル実行時、蘇生対象個体『██████』の存在データをマスターキーによる強制介入と判断。存在データは永久破損します】



永久破損。その四文字が、頭の中で鉄球となって何度も壁にぶつかる。俺がここから出る。それは、あの『儚げな少女』を、永遠に失うことと同義になるのではないか。助かるために、誰かを切り捨てる。結局、俺がやっていることは、システムの掌の上で踊る“選択”と何ら変わりないじゃないか。



「……っ」



思考が停止する。責任という名の巨大な圧力が、俺の全身を押し潰していく。一歩も、動けない。絶望が、冷たい霧となって心臓を包み込んでいく。



その時だった。壁にもたれていた直人が、苦痛に顔を歪めながらも、ニヤリと口の端を吊り上げた。



「おいおい、どうしたよ悠真。せっかくの脱出口を前に、棒立ちになっちまって」

「直人……でも、これじゃ……」

「ああ? 見えてるっつーの」



直人は脇腹の傷を押さえ、一歩、また一歩と、俺の隣まで覚束ない足取りで近づいてくる。その瞳には、苛立ちと、そして揺るぎない覚悟の色が宿っていた。



「迷って止まるくれえなら、派手に間違えろよ、悠真。お前のケツは俺が拭いてやる」



親友の、不器用で、けれど何よりも力強い言葉が、凍り付いた俺の思考を無理やり再起動させた。そうだ。ここで立ち止まっているだけじゃ、何も変わらない。間違えることすら、できない。



俺はゆっくりと顔を上げ、もう一度、警告文を睨みつけた。

おかしい。何かが、おかしい。



「氷室さん」

「……はい」静かに頷く怜奈に、俺は問いかけた。

「なんでシステムは、わざわざ俺たちに警告してくるんだ? 俺たちは敵のはずだろ。だまって永久破損させればいいじゃないか。それとも、この警告は、『蘇生対象の永久破損』と『俺たちの脱出』という、究極の二択を俺たちに突きつけているのか? だとしたら、どうすればいい。俺たちは、この二択をどう乗り越えればいいんだ?」



俺の言葉に、怜奈の目がわずかに見開かれる。彼女もまた、絶望的な二択の前に、思考の袋小路に迷い込んでいたのかもしれない。



「それは……フェイルセーフの一環、あるいは、正規ユーザーへの最終確認プロトコルが残っている可能性が」

「だとしても、敵に選択肢を与えるのは親切が過ぎる。あたかも、どちらかを選んでくれと懇願しているかのようだ」



これは罠だ。俺の直感がそう告げていた。脱出か、蘇生対象か。どちらを選んでも、俺が『選択した』ことがシステムに記録される。それこそが、システムの本当の狙いなのではないか。



「氷室さん、もう一度解析を頼めるか。『永久破損』という言葉の定義と、この警告文が表示されることの論理的な意味を」

「……承知しました。やってみましょう」怜奈が再びコンソールに向かう。その指先が、カタカタと乾いた音を立ててキーボードを叩き始めた。彼女の冷静な横顔を見つめながら、俺は意識を集中させる。蘇生、破損、選択……。



その単語がトリガーになったのだろうか。

ズキン、と脳の奥で痛みが走り、視界が白く染まる。



―――また、あのビジョンだ。



ガラス越しに見える、儚げな少女。彼女は悲しそうに、でもどこか安堵したように微笑んでいる。



『……忘れても、いいから』

声が、聞こえる。

『でも……見つけて』



忘れてもいい。でも、見つけて。

矛盾した願い。両立するはずのない、二つの祈り。



その言葉が、雷となって俺の脳天を撃ち抜いた。

そうだ。矛盾。これこそが、ヒントだ。システムが提示する二択は、どちらか一方しか選べないという前提そのものが、欺瞞なんだ。



「……そういうことか」



俺は、システムの真の目的を理解した。奴らは俺に『蘇生対象』を選ばせたい。脱出という餌をぶら下げて、俺に『選択』をさせ、それを確定させたいんだ。ならば、答えは一つしかない。



「氷室さん、直人!」



俺の鋭い声に、二人が振り向く。



「選ぶんじゃない。脱出も、彼女の記憶も…両方、奪うんだ!」



俺は宣言し、コンソールの前に立つ怜奈に告げた。

「これから、もう一度『原初の歌』を歌う。目的は認証じゃない。システムの古い認証プロトコルに意図的に過負荷をかけて、処理能力を飽和させる。システムを数秒間、フリーズさせるんだ」

「……! なるほど、システムの処理能力の限界を突くのですね。ですが、その数秒で何を?」

「脱出プロトコルに、新しいコマンドを割り込ませる。『蘇生対象の存在データを、永久破損させる前に、一時待避領域へコピーする』という命令を」



それは、システムの提示したルールを根底から覆す、第三の選択だった。



「無茶ですわ! そんな隠しコマンドが……」

「あるはずだ。どんなシステムにも、バックアップやメンテナンス用の領域は存在する。見つけるんだ、氷室さんならできる!」

俺の言葉に、怜奈の瞳に強い光が宿った。

「……面白い。その非合理な可能性、賭けてみましょう」



「うぐっ……!」不意に、直人が呻き声を漏らし、その場に片膝をついた。応急処置をした脇腹から、再び血が滲み出している。

「直人!」

「へっ……心配すんな。こんくれえ……まだ、いけるっしょ……!」

強がる親友の姿が、俺たちに残された時間のなさを突きつける。もう、迷っている暇はない。俺は深く息を吸い込み、喉を震わせた。



再び、あの懐かしいメロディが、閉鎖された観測室に響き渡る。



システムの最も古い記憶を揺さぶる『原初の歌』。だが、今度の歌声には、システムへの明確な“攻撃意思”が込められていた。歌声が響くたびに、コンソールのモニターが激しく明滅し、室内の照明が不安定にちらつく。システムが、俺の歌という名のウイルスに抵抗し、その処理能力を食い潰されていくのが分かった。



「……来た! システムの応答速度が低下! フリーズまで、あと5秒!」怜奈の指が、嵐のごとき速さでキーボード上を舞う。

「ぐっ……ぁ……!」俺の頭を、内側から万力で締め付けられる激痛が襲う。システムへの過負荷は、そのまま俺の精神へのダメージとなって跳ね返ってくる。視界が霞み、意識が飛びそうだ。



それでも、歌を止めるわけにはいかない。



「……悠真っ!」

直人が、最後の力を振り絞って立ち上がり、俺と怜奈の前に仁王立ちになった。見えない何かから二人を守る壁となって。



「……今です!」



怜奈の叫びと同時に、部屋中のすべての光が消え、コンソールの明滅も止まった。

完全な静寂と暗闇。

システムの、完全なフリーズ。



そのコンマ数秒の静寂を破り、怜奈の最後のエンターキーの音が、勝利の合図として鳴り響いた。



直後、システムが再起動する。けたたましい警告アラートが鼓膜を突き破り、赤い非常灯が室内を狂ったように照らし出す。目の前の光の通路が、一瞬、激しく歪んだ。



「行けっ!!」



俺は叫び、直人の腕を掴むと、怜奈と共に書き換えられた光の通路へと飛び込んだ。



視界が純白に塗りつぶされる。凄まじい浮遊感と、全身が素粒子レベルまで分解され、再構築される感覚。そして、俺の意識を刈り取るほどの、強烈な頭痛が襲ってきた。

これが、システムに牙を剥いた代償か。



次に目を開けた時、俺たちは見慣れた場所にいた。聖稜高校、旧図書館の司書室。床に投げ出され、転がった俺たちの体を、窓から差し込む静かな月明かりが照らしていた。



外は、もう夜だった。誰一人、言葉を発しない。死地からの生還と、これから始まるであろう本当の戦いの重さを沈黙の中で共有していると、安堵も束の間、ポケットに入れていた俺のスマホが静かに震えた。

画面には、灰原からのメッセージが一通。



『『管理者』は君を『バグ』から『敵』と再定義した。ゲームのルールが変わる頃だ』



一時的な勝利は、終わりではなく、始まりの合図だった。

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