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転校初日、クラス全員が俺の元カノだった。  作者: おぷっち


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非合理の扉

静寂を切り裂くのは、機械の喘ぎにも似た自己修復のノイズ音だった。

目の前には、俺の歌に応えるようにして開かれた光のアクセスルート。その先へと誘う粒子のきらめきとは裏腹に、背後では青い単眼を不気味に明滅させるガーディアンが、再びその輪郭を取り戻そうと蠢いている。

灰原の言葉が、頭蓋の内側で冷たく反響していた。

『システムが君たちを歓迎するために用意した墓標だ』

墓標。その一言が、鉛のように重く足に絡みつく。この光の先にあるのは希望か、それともシステムが用意した巧妙な処刑台か。時間は、ない。ガーディアンが完全に再起動すれば、今度こそ俺たちに勝ち目はないだろう。

焦りが思考を蝕んでいく。もしこの選択が間違いだったら? 俺のせいで、また誰かが――。



「おい、悠真」



壁に背を預け、荒い息を繰り返していた直人が、苦悶に顔を歪めながらも俺の肩を強く叩いた。負傷した身体には堪えるはずの一連の動作に、俺は思わず振り返る。



「迷って止まるくれえなら、派手に間違えろよ、悠真。お前のケツは俺が拭いてやる」



その声は掠れていたが、揺るぎない光を宿した瞳が、俺の迷いを射抜いた。

そうだ。こいつはいつもそうだ。俺が立ち止まりそうになるたびに、背中を蹴り飛ばすようにして前へ進ませる。

灰原の警告は、「行くな」という意味じゃなかったのかもしれない。この先に待ち受ける絶望を理解した上で、それでもなお進む覚悟があるのか。それを試されていたんだ。

ここで立ち止まることは、戦う前から負けを認めることだ。誰かの犠牲の上に成り立つ未来を拒絶し、誰も消さないと誓った俺自身の覚悟を裏切ることになる。



唇を強く噛みしめる。恐怖を飲み込み、覚悟を腹の底から引きずり出した。

「これが墓標なら、上等だ。俺たちの手で、未来への扉にこじ開けてやる!」

俺は宣言し、光の通路へと一歩踏み出した。





光の通路に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。無機質で、どこか作り物めいた空間。物理的な罠を警戒して進む俺たちの目の前に、それは突如として現れた。

カシャリ、とデジタルな音を立てて、行く手に十数枚の扉が出現する。これが灰原の言っていた『墓標』の正体か。

『一つだけが正解。誤りを選べば通路は崩壊する』

壁面に、冷たいフォントのメッセージが浮かび上がった。

「論理トラップ…!」

俺のスマホを操作していた怜奈が、忌々しげに呟く。彼女の指が凄まじい速さで画面をタップしていくが、その表情はみるみるうちに険しくなっていく。

「ダメですわ…! このトラップ、私たちの思考をリアルタイムでスキャンしています! ガーディアンと同じ…私たちが論理的に正解を導き出そうとすればするほど、システムは正解の扉を別のものへと変化させる! これは…脱出不可能な迷宮ですわ!」

怜奈の冷静な声に、初めて焦りの色が混じる。

思考を読まれ、最適解を常に潰される。それは、希望という餌を目の前にぶら下げられたまま、永遠に走り続けることを強要される拷問に等しい。

絶望的な沈黙が、俺たち三人を支配した。



「……だったら」



俺は、絞り出すように言った。



「論理で挑むから、裏をかかれるんだ」

直人と怜奈の視線が、俺に突き刺さる。

「論理の外側から、挑むしかない」

俺は息を吸い込んだ。それは賭けだった。だが、この絶望を覆せる可能性が少しでもあるのなら。

再び、あの歌を口ずさむ。

『原初の歌』。

ガーディアンを止めるためじゃない。このシステムの、もっと古いルールに直接語りかけるために。俺が『バグ』や『侵入者』ではなく、正当な『ユーザー』なのだと、システムそのものを欺くために。

歌声が光の通路に響き渡る。怜奈は一瞬、驚きに目を見開いたが、すぐに俺の意図を正確に読み取ったようだった。



「…非合理。ですが、思考予測アルゴリズムに対する唯一のカウンター。現時点で最も生存確率の高い選択ですわ」



彼女はそう言うと、スマホの画面を俺に向けた。そこには、一つの扉がハイライトされている。

「確率論から導き出される、最も『不正解』である可能性が高い扉です」

論理が通用しないのなら、最も非合理な選択をする。システムが予測する『最適解』から、最も遠い場所へ。



「ハッ、面白えじゃん! やってやろうぜ、悠真!」

直人が不敵に笑う。その笑顔に背中を押され、俺は歌いながら、ゆっくりと『最も不正解な扉』へと歩を進めた。



システムからの甲高い警告音が、鼓膜を突き破らんばかりに鳴り響く。俺たちが選んだ扉以外の全てが、危険を示す赤色に激しく点滅し始めた。

止まるな。

自分に言い聞かせ、震える手を伸ばす。

指先が、冷たい扉の表面に触れた。



その瞬間。



けたたましい警告音が、嘘のようにぴたりと止んだ。

扉の表面に淡い光の回路が走り、『初回個体:認証完了』という文字列が浮かび上がる。一拍の静寂の後、空間に響いたのは、厳かで神聖なチャイムのような認証音だった。

目の前の扉も、赤く点滅していた他の全ての扉も、まるで幻だったかのように光の粒子へと変わり、サラサラと崩れ落ちていく。

絶望の象徴だった無数の扉が消え去った後には、奥へと続く、ただ一本の道だけが残されていた。

背後で、怜奈が息を呑むのが分かった。直人が安堵の息を吐き出す音が聞こえる。俺は、張り詰めていた全身の力が抜け、その場に膝から崩れ落ちそうになるのを必死で堪えた。

束の間の、しかし確かな勝利だった。



開かれた道の先は、システムの心臓部を思わせる広大な空間ではなかった。そこは、隔離された小さな観測室。埃っぽく静まり返った部屋の中央に、旧式のコンソールが一台、淡い光を放ちながらポツンと置かれていた。

俺たちは顔を見合わせ、コンソールに近づく。怜奈がいくつかのキーを叩くと、画面に過去のログが映し出された。

それは、この世界の設計者と思しき人物の、断片的な独白だった。

『なぜ理解しない』

『これしか方法がなかったのだ』

『もう一度、君の笑顔を見るためなら』

世界の安定という大義名分とは裏腹に、そこから垣間見えたのは、あまりに個人的で、切実な願いの欠片だった。この世界は、誰かを『蘇らせる』ために作られた…?



ログをスクロールしていく指が、止まる。

最後のページに記された一文を、俺たちは声もなく見つめた。



『計画は完璧だった。だが、最大の誤算は――“彼女”の存在だった』



彼女…?

その言葉が頭の中で意味を結ぶ前に、背後で重々しく冷たい金属音が響き渡った。

ガシャンッ!

弾かれたように振り返る。

しかし、そこにはもう、俺たちが入ってきた光の通路は存在しなかった。

ただ、冷たく閉ざされた壁があるだけだった。

システムによる、完全なロックダウン。

俺たちは、新たな謎と共に、この観測室に閉じ込められてしまったのだ。

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