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王を探して


 ***


 『こうして、クロードとエリアナは王宮を脱出して、逃亡。ぼくはすぐに騎士達に保護されたけど、それから三日後に衰弱死したってワケ!』


 そんな明るい声で言う話ではないと思う。なにより、自分は死んでいるのだから。

 内心で父親にツッコむエリアナだが、床に座り込み、ぐずぐずと鼻を鳴らしていた。


『あれれ〜? 美人が台無――いや、泣いてても可愛いね!! 流石、ぼくの娘!!』


 光る球体が部屋の中を縦横無尽に飛ぶ。


「クロード、かわいそう〜!」


 目に痛い光る球体は無視して、エリアナは号泣する。ハンカチがないので、ドレスの生地を千切って、鼻をかむ。肌触りの素晴らしさに感動し、更に涙が出る。


「お父さんに会いたかっただけなのに、あの女に翼を取られるなんて〜!!」


 セシリアを母と呼ぶ気は起きなかった。

 イジェア王国の女王が母親だと言われても、初めから信じられなかった。それだけではなく、嫌悪感があったのは、エリアナもセシリアに翼を奪われたせいだろう。たとえ、当時は赤子で記憶になくとも、身体はその当時の痛みを憶えている。


 ずきり、と肩甲骨が痛む。天の眷属の翼は、肩甲骨に繋がっている。

 この痛みの原因を、エリアナはようやく知った。


「雨?」

『ん? いや、今は曇りだけど、雨は降ってないね』


 雨が降ると無性に痛む。だから、雨が降っているのかと思った。


 一人では、痛むところを上手く摩れない。エリアナはクロードにはやく会いたいと、彼が恋しくなる。エリアナが背中が痛いと言う度に、クロードは温かく大きな手で撫でてくれた。そうされると、痛みが和らぐ気がする。


「クロードを探さないと」


 エリアナは己の心を奮い立たせると共に、立ち上がる。


『その前に、ぼくと魔力を同期させて!』


 球体がエリアナの肩口に近付いた。


「魔力を同期?」

『ぼくと代替わりして太陽の化身になったエリアナは、太陽の力を使えるんだよ。翼がないと大きな力は出さないけど』


 天の眷属にとっての翼は、飛ぶ為だけではない。複数の役割を持つ。

 たとえば、膨大な魔力の貯蔵。または、自身と関連する自然と紐付き、その力を引き出す為の回路。


『今のエリアナは太陽の力を完全には使えない。でも、先代の太陽の化身であるぼくの翼から作ったこの魔導具と接続すれば、より多く、強力な太陽の力を引き出すことができる!』


 ちなみに、翼がない現在のエリアナが使える太陽の力といえば、セシリア達に対して使った、眼を光らせるもの。

 それと、もう一つ、眼から火を出すこと。


 だが、この火はかなり小さい。割った木を眼に近付けて火を付け、焚き火をするぐらい。

 油に浸した紙に火を付けて、クロードを連れ去った奴隷商人の拠点を炎上させたこともあるが、直接の攻撃力はない。


 太陽の化身としての力は、辛うじて瞳に宿っている状態と言える。


「同調したら、クロードを助けられるぐらい強くなれるってこと?」

『うん』


 ならば、やるしかない。


 エリアナは球体を両手で持つ。瞬きすらせず、眼をかっ開いて凝視した。球体の中に宿る魔力と、エリアナの体内を巡る魔力の波長をできる限り合わせる。


 どれほどそうしていただろうか。数分のように感じたが、ほんの数秒の可能性もある。

 血の繋がった父親の遺物なのだから、他人と合わせるよりも遥かに簡単。


『同期完了!』


 エリアナは球体を手放す。そのまま、自身の掌を見つめた。

 灼熱の魔力が体内に流れ込んでくる。他人には耐えられないが、太陽の化身であるエリアナにとっては大した温度ではない。他人で言えば、ぬるま湯を流されたように感じる。

 うっかり、超高温に煮え沸った温泉に入っても火傷をしなかったぐらいには、熱さに強い。


「……よし」


 両の拳を握り締めた。


「ついてくる? お父さん」


 球体に視線を向け、問いかける。頷くように球体は上下に動き、点滅した。


『うん。行くよ。一人ではいかせられないからね』


 ドアの前に立つ。ドアを開けるまでもなく、目の前の廊下を数人の人間が歩いていることに気が付いた。


「……近くの気配がわかりやすい」

『人間の体温は周辺より熱いからね』


 エリアナは無意識に、周辺の人間の体温を気配として探知していた。マムシやニシキヘビが持つ、ピット器官に近い機能。


『クロードはたぶん、地下牢にいる。空であるクロードにとって、地中は最も相性が悪い』

「セシリアはクロードの弱点を知ってるの?」

『地上には意外と、天の眷属に関する文献があるんだよ。そして、ぼくを始末する為に、セシリアの父親が集めた』


 それをセシリアも読んだ。サイラスを助ける手がかりを探してのことだったが、今はクロードを捕らえ、傷付ける為に利用されている。


 人の気配が途切れた時を見計らい、エリアナと球体は廊下に飛び出した。


「そういえば、セシリアが宮殿内に騎士を動員しても、キネリヒ皇国の皇王はなにも言わないの?」


 同盟国といえど、他国の女王に自分の城を好き勝手されるのは堪らないのではないか。


『黙認してるよ。……その、エリアナ――ドロテアの婚約者が、このキネリヒ皇国の皇子だからね』

「はぁっ!?」


 エリアナはあまりの衝撃に思わず叫んでしまった。


「何事だ!」

『「あ」』


 近くにいたらしい騎士に見つかった。


「いたぞー!! ドロテア王女だ!!」

「チッ」


 エリアナは、つい舌を打つ。

 背後を振り返ると、既に他の騎士達が迫っていた。


 仕方ない。


 エリアナは指先を振るい、小さな火の球を飛ばす。目の前の騎士は怯み、身を固くさせる。その一瞬の隙を突いて、駆け出す。


 騎士の横をすり抜けたが、他の騎士達が死角にいた。

 エリアナは一人の騎士の肩を片足で踏んで、踏み台にする。高い跳躍。足裏を軽く爆発させ、その爆風を借りて更なる高さを稼ぎ、天井にぶら下がるシャンデリアへと登った。


 天の眷属は生まれながらに、人間よりも遥か優れた身体能力を持つ。

 且つ、本来は空を飛ぶ生き物だからか、身体は同じサイズの人間よりも軽めにできている。その為か、空を飛んだことがないエリアナでも、ジャンプは得意。

 しかし、


「重い!」


 エリアナは次々にアクセサリーを外し、騎士に向かって投げ捨てる。また隙ができたら儲けもの、と思って。


 騎士達は慌てた。エリアナが想像していたよりも、更に。

 実は、エリアナにつけられたアクセサリーは全て、とんでもない大きさの宝石がついた一級品の装飾品。キネリヒ皇国の皇子がいずれ婿入りする先の姫だからと、キネリヒ皇国の皇后が特別に貸し出した国宝だ。

 つまり、避けて床に落ち、壊れたら終わる。この場にいた騎士達の首が飛ぶ。比喩か物理的かは、皇后のみぞ知る。


 騎士達は慌ててアクセサリー類をキャッチする。

 彼らがシャンデリアの下に集まり、もみくちゃになってアクセサリーを保護している間に、エリアナはシャンデリアを強く蹴って跳躍した。


「げっ」

『やばっ』


 しかし、エリアナの足蹴に耐えられず、シャンデリアが落下した。騎士達の上に。


 流石に死んだら可哀想だと、エリアナとサイラスは心配して振り返る。だが、シャンデリアはガラス製で、見た目の大きさに比べてそう重くない。

 更に、騎士達は皆、甲冑を着込んでいる。当たった衝撃はそれなりにある上、ガラスは割れて鋭い破片が無数にできたようだが、大怪我をしているようには見えない。


「よし! 今のうちに……」


 少し離れた先の床に着地したエリアナは、再び走り出した。


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