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空の王は何処へ


 輝く朝暉(ちょうき)が浮かんだ水色の瞳が、瞼の下から現れる。


 目が覚めたクロードは、ここがどこだか瞬時に理解した。

 同時に、身震いする。この場所は居心地が最悪だ。だからこそ、ここがどういうところか、わかったのだが。


 光差さぬ地下牢。すなわち、地中と同じ。天に属するクロードにとっては、正反対のモノ。本来であれば、この手も、この目も届かない。未知の領域は恐ろしいと、身を以て知っているからこそ、正気を奪われる。


 本来、クロードに名はない。クロードとは、後から付けた名だ。翼を捥がれた不自由な王という皮肉を、自分から冠した。









 ***


 白き翼を持つ名もなき少年は、蒼穹の空から生まれた。だから、鮮やかな空色の髪を持ち、瞳はその時の天候によって色を変える。彼は生を得ると共に、天空の王位を戴いた。


 無知で愚かな小僧であったと、クロードという男は在りし日の己を評する。


 ある日、太陽がどこかへ行ってしまった。太陽そのものではない。しかし、太陽と同じ存在。天に広がる空から見た王たる少年と同じモノ。


 そんな太陽の片割れは、傍若無人な王も信頼を寄せる好青年。心の中では、こっそり兄のように慕っていた。

 口では、「太陽は空のもの。つまり、おまえは我が所有物に過ぎぬ」などと生意気なことを言っていたが、実は、空の王に仕える天の眷属達にはバレバレ。知らぬは本人ばかり。


「太陽の奴はどこへ行ったのだ。我になにも言わずに消えるなど、無礼な奴め」

「太陽の君は地上へと行ったのですよ、空の王」

「ちじょー……あぁ、大地の上か」


 傲慢な王にとって、地上は人間で言う属国のような認識だった。

 天空は我が領地。天空にあるモノ全ては我が配下。なれば、大地へ与えられる、天空に属するあらゆる恵みは、全て我が恵み。我が恵みを賜って生きるモノ達も、すなわち、我が民に等しい。


 月の女主人から太陽の貴公子のことを聞いた時は、「ふーん」の一言で済ませた。しかし、だんだんと好奇心と、太陽の貴公子がいない寂しさが募る。


「これはただの気まぐれだ。空の王として、我が空の下にある大地の視察をするのも、当然のこと」

「つまり?」

「我も地上に行く! じゃ、あとよろしく!」

「あーッ!! 王よ!! 勝手に一人で行かれては困りますぅぅぅぅぅ!!!!」


 天に属する臣下達の言葉も聞かず、王はさっさと地上へ降りてしまった。

 まさか、天の眷属にとって、命と等しく大切なものを奪われるなど、夢にも思わずに。


 配下の居場所など、空の王はすぐに見つけられる。


「太陽の! 太陽の! 我も地上に来たぞ!」


 だから、太陽の貴公子の気配がある部屋に飛び込んだ。窓から。

 その建物の外観には、興味もない。我が空よりも遥かに小さいな、としか思わなかった。


「これは、どういうことなのだ……?」


 王は窓の中の光景に、目を瞬かせた。


 窓際に置かれた豪奢なベッドに、青い顔の老人が横たわっている。髪は白く、艶もない。顔は皺にまみれていた。

 だが、わかる。空が太陽の存在に気が付かないなど、ありえない。この老いた肉体を持つ男は、王が会いたがった、太陽の化身だ。


 橙色の髪も、天の女達を魅了した美貌も、最早、見る影もない。日輪の如き黄金の瞳も、今や生気を失い、虚ろに白壁の天井を見上げるのみ。

 乾いてひび割れた唇は動かず、臣下は王の問いかけに、なにも答えない。その気力がーーいや、生命力がないように思えた。

 だから、仕方ない。「許せ」とだけ言って、空の王は太陽の記憶を覗き込んだ。






 太陽の青年は、ある日、地上に降りた。便宜上、サイラスと名乗る。降りた先の国で、地上に住む人間の女――セシリアと恋に落ちた。

 しかし、それをよく思わない者がいた。セシリアの父親だ。一人娘には、大国の王子を婿に迎えてもらいたいと考えていた。太陽の化身だがなんだろうが、人ならざる男は、娘に相応しくないと断じた。


 天の眷属は、人間よりも遥かに長い寿命と、頑丈な肉体を持つ。しかし、その背に生えている純白の翼を失えば、それらの特徴も共に消える。身体は軟弱になり、寿命も縮む。

 そのことを知ったセシリアの父親は、サイラスを捕らえ、その翼を捥いだ。その上で毒を盛り、殺そうとした。


 サイラスは一命は取り留めた。だが、翼を失くしたことで、生来の高い自己治癒力も弱まった。毒はあっという間に身体中を巡り、サイラスの命を蝕んだ。そのせいで、ベッドから起き上がれないほど肉体も衰え、今の姿に至る。






「あら……? どなた……?」


 部屋に、チョコレート色の髪を持つ美しい女がーーセシリアが入って来た。


 恋人を傷付けられた彼女は、父王を謀殺。表向きには病死ということにして、自身が新たな女王として即位した。政務の傍ら、ここに通っている。


「あなたは……」


 セシリアは、サイラスの側に立つ翼ある少年を見つけた。華奢な体躯に見合わないほど大きな翼に、セシリアは魅入られた。

 ーーあぁ、これならば。


「侵入者よ! 捕らえなさい!!」

「え」


 セシリアの命令を受け、騎士達が少年の身柄を拘束する。


 空の王は、なんて無礼な人間達なのかと激昂した。本来であれば、即座に風の刃でも、雷の矢でも喚んで、不遜なる咎人を処刑した。しかし、配下の記憶を覗いた王は、その最愛の女性を傷付けることを躊躇った。

 その甘さが、彼を緩やかな死へと導かんとする。


 天で最も立派な純白の翼は、愚かな人間の手によって切り落とされた。天を統べる空の王は、地へと失墜させられた。


 切り落とされた翼は、サイラスの背に縫い留められた。翼を失ったサイラスが翼を取り戻せば喧嘩になると、セシリアは考えていた。

 しかし、そう簡単に行くわけがない。翼を誰かに譲るなど、できるはずもない。人間の浅はかな知恵と、愚かな考察に過ぎない。


 天から地へと降りることはできる。重力に押されるがままに。しかし、空を往く翼がなければ、地から天へ昇ることはできない。


 王は零落した。翼を奪われたことで、空の化身として、天の眷属としての資格を失った。


 空模様を映す瞳は変わらない。サイラスの瞳に、未だ小さな太陽が嵌め込まれているように。

 過去に空の王であったことは、翼を失えど変わらない。

 しかし、今現在の王権が消えたことで、雲一つない晴天を塗った髪は、色を失った。


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