それは道ならぬ恋か
中庭を出て通された部屋は、パステルカラーの可愛らしい内装の一室。
「まぁ、お兄様」
中には二人の人間がいた。
片方は、長い黒髪と若草色の瞳を持つ可憐な少女。
もう一人はーー
「あ、朝の……」
朝にエリアナとぶつかった、金髪の美女。朝に見た時よりも華やかな装飾がほどこされたドレスを纏っている。
「妹のコーネリアと、シントラー子爵家の娘、マルガレータです」
「妻ではないのね?」
エリアナは、朝に美女が顔色を変えていた理由がわかった。アンセルムが勝手に妻と称していたのだ。勝手に妻扱いされたとしても、普通の貴族令嬢ならば、皇子に逆らうことはできない。
「そちらはもしかして、ドロテア王女ですか?」
コーネリアが問いかける。その隣で、マルガレータは青褪めた。
「も、申し訳ございません!!」
エリアナも驚くスピードで椅子から立ち上がり、床に平伏した。
「なっ、マルガレータ!? なにをしているんだ!」
アンセルムが起こそうとしたが、マルガレータは頑なに床にへばり付く。
「知らなかったとはいえ、王女殿下の婚約者であらせられるアンセルム皇子に懸想してしまいました……! どんな罰もお受けいたします。ですが、ですが、家族はなにも知らないのです。どうか、家族には温情を……!」
マルガレータは、エリアナがアンセルムの不義を知って、責めに来たのだと思った。
最悪、一族郎党に罰が下るのではないかと怯える。兄夫婦には、幼い子供もいるのだ。
「知らなかった?」
エリアナは単純な疑問で問いかけた。しかし、マルガレータからすれば、深く事情を聞き、粗を探そうとしているようにも感じられる。
「セルムお兄様とドロテア王女の婚約は、まだ公表されていません。だから、マルガレータはお兄様から聞かされるまで、婚約者がいることも知らなかったんです……!」
恐怖で言葉に詰まったマルガレータに代わり、コーネリアが説明した。
アンセルムとマルガレータは、コーネリアを介して出会った。コーネリアは、自身に礼儀作法を教える教師に抜擢されたマルガレータを気に入ったので、兄とも親しくなってほしかったのだ。その親しいの意味は、恋愛などではなく、親愛の意味だった。皇子と子爵令嬢では、身分差がある。貴族令嬢といえど、容易く結婚することは難しい。
しかし、アンセルムとマルガレータは、互いに恋に落ちてしまった。
コーネリアを仲介にするようにして会う度に仲を深め、二人はやがて交際に至る。
だが、アンセルムは数年前にドロテアとの婚約が内定していた。ドロテアがイジェア王国の女王に即位した暁には、王配となる。
アンセルムは、行方不明の婚約者はどうせ見つからないと思っていた。
ドロテアがいなければ、結婚することはできない。ならば、婚約者との結婚が叶わなかった憐れな男を装えばいい。傷心の皇子の心を、美しき令嬢が癒したことにし、その話を市井に流す。民衆は、こういった話が好きだろう。外堀を埋めれば、皇王といえど、アンセルムとマルガレータの結婚を許さざるを得なくなると考えた。
しかし、婚約者は見つかった。見つかってしまった。
王女の家庭教師として宮殿内を出入りしていたマルガレータは、その対応に追われる者達の話を小耳に挟んだ。そこで初めて、己の秘密の恋人に婚約者がいることを知った。
アンセルムと別れようとしたが、話し合いは拗れた。
アンセルムは、先にマルガレータと結婚してしまえばいいと画策した。キネリヒ皇国では、法律で離婚が認められていないので、皇王といえど、簡単に離婚させることはできない。
未来の王配を誑し込んだ女だと、一族郎党も巻き込んでイジェア王国の怒りを受ける可能性を恐れたマルガレータは、アンセルムから逃げた。その先で、エリアナとぶつかった。足止めを喰らったせいでアンセルムに捕まってしまった。
しかし、すぐにコーネリアが駆けつけた。彼女はアンセルムを一時的に説得し、マルガレータを保護してくれた。お陰で、結婚は回避できた。今のところ。
「落ち着きになって」
一連の話を聞いたセシリアが、マルガレータの傍らに膝を突く。マルガレータの顔を上げさせ、優しく微笑む。
「娘も他に好きな殿方がいるのよ。だから、娘とアンセルム皇子の婚約は白紙にしたいと思っているの」
アンセルムに言ったことを、マルガレータにも伝える。
「怒るとこともないわ。そこの皇子に恋人がいようが、興味ないし」
エリアナも同意した。
その様子を見つつ、サイラスはあることに納得した。
昨日、エリアナの婚約者である皇子がなんのアクションも起こさないことが気になっていたのだ。マルガレータへの対応に気を取られ、エリアナどころではなかったのだろう。
「そもそも、娘の結婚相手はアンセルム皇子ではないといけないということもないの」
「そうなの?」
エリアナはセシリアに視線を向けた。セシリアが娘とアンセルムの婚約を結んだのではないのかと。
「正直に言うと、市井で育った娘に国や民は任せられないわ。だから、あなたが戻ろうが戻らまいが、他の後継者を用意していたの」
ドロテアが見つかれば、ドロテアを女王とし、予め仕込んでいた後継者を王配にするつもりだった。実際の実権は王配に渡し、ドロテアはお飾りとする形。
ドロテアが見つからずとも、その後継者を次の王に指名する予定だった。
元々、その後継者はセシリアの従兄の息子で、王家の血を引いている。臣下の中にも、父親が人間ではない上、庶子であるドロテアよりも、正統な血筋を持つ従兄の息子を次代の王に押す者が少なくない。
クロードと共に旅を続ける為、エリアナはイジェアに戻らないと理解した昨日、イジェア王国の次の王はその従兄の子にすると、セシリアは決めた。
「でも、ベルナルフ皇王に強くアンセルム皇子の婿入りを押されて……」
二年前に、婚約を結んだ。
アンセルムが王配になるのなら、元の候補はドロテアの側近にでもすればいいと考えて、セシリアが折れた。
「父は、子供を皆、王かその伴侶にしたがっているので……」
キネリヒ皇国の皇王ベルナルフの子供は、息子三人と娘一人。長男はキネリヒの皇太子、即ち、次期皇王。次男は既に別の国の女帝の元に婿入りし、王配となっている。娘のコーネリアも、数年前に他国の王太子と婚約を結んだ。
行方不明の王女と三男アンセルムを婚約させたように、ベルナルフは野望の為なら無理も通す。
コーネリアの婚約者である某国の王太子は、バツイチ、子持ち。歳も一回り以上違う。普通の親ならば、たとえ恋愛結婚だとしても我が子を嫁入りさせるのに躊躇しそうな相手だ。
「ドロテア王女にも、私にも恋人がいるとわかっても、婚約を白紙にしてくれるか、どうか……」
アンセルムは懸念を口にする。
セシリアも表情を曇らせた。
「そうなのよね。あたくしも既に申し入れをしたのだけれど、渋られて……」
アンセルムをハニートラップが如く差し向けた。
数百年前まで、キネリヒ皇国は高い軍事力を有する強国だった。
しかし、よそから流れて来た踊り子が、国の有力な貴族などを籠絡。結婚と離婚を繰り返した。踊り子が結婚した者は、いずれも破滅。悪事がバレて失脚したこともあれば、謎の変死を遂げたこともある。長年、国の中枢にいた一族が軒並み衰退したことから、国政は傾き、一気に国力も低下した。その為、この国では離婚が禁止されている。
ベルナルフは、キネリヒが過去の栄光を再び取り戻すことを夢見ている。その足掛かりに、子供達をよその大国の王の伴侶とし、太い繋がりを得ようとしていた。
「王族同士を結婚させずとも、同盟を強固なものにすると確約できるものがあれば、いいのではなくて?」
ふと、セシリアが一つの案を口にした。




