6 彼と友人たちの迷走
結局、レアルはクローネに会うことができなかった。
ドール家に着くと、クローネたちは街に出かけた後であり、クローネはそのままドール家に泊まるのだと聞かされる。さすがに侯爵家で待たせてもらうわけにはいかなかったので、レアルはすごすごと自宅へ戻った。
残念なことに、翌日から二日間は用事があってクローネに会いに行くことができない。
(三日後、朝一番に学校でクローネに謝ろう……)
そうして憂鬱な数日をどうにかやり過ごしたレアルは、登校してすぐに打ちのめされた。
「クローネが来ていない?」
ペソとユーロにクローネが登校していないと聞かされたレアルは、その場でドシャッと崩れ落ちた。
「お、落ち着けレアル。もともと今は自由登校期間だろ。何か用事があったんじゃないか?」
「そうそう。別にお前に会いたくないってわけじゃないだろ……たぶん」
どうにかフォローしようとするが、ペソとユーロはクローネがレアルをまだ許していないことを知っていた。
なぜなら、クローネからの手紙が届いていたからだ。
手紙には、はしたない姿を見せてしまって申し訳なかったという謝罪と、ゴディーブのチョコレートへのお礼が丁寧に綴られており、手紙と一緒に季節の果物も届けられた。
……それがどうやら、ペソとユーロにのみ、らしい。
手紙すらもらっていないと嘆くレアルに二人は同情したが、もともとの原因はレアルの失言のせいなので、ほとぼりが冷めるまではレアルが我慢するしかないだろうと思った。
「……クローネが許してくれるまで、手紙を書くことにする」
「ああ、それがいいと思うぜ!」
「ちゃんと、この間のことは悪口じゃなかったって説明するんだぞ!」
どうにか正気を取り戻したレアルに、ペソとユーロはほっとする。
誠意を込めたラブレターを贈られれば、クローネもきっとすぐにレアルを許すだろう。
二人はそう思っていたのだが――レアルはまたもやらかした。
* * *
「……クローネから、当分手紙も送ってくるなと返事が来た……」
数日後。屍のようにやつれた表情で登校してきたレアルの言葉に、ペソとユーロは顔を見合わせた。
「……嘘だろ?」
「クローネ嬢は誰に対しても優しいし、許しを請う者を邪険にするような性格じゃないよな? ……なあ、レアル。お前、手紙に何て書いたんだ?」
「……これ。書いた手紙。突き返された……」
もはやカタコトでしゃべるレアルから、ペソが手紙を奪い取る。それをユーロが横から覗き込んだ。
――愛するクローネへ
先日は君を傷つけるような発言をしてしまい、申し訳なかった。
だが、全ては誤解だ。僕は君に対して悪口を言ったわけではない。
そもそも、僕は「男らしい」とは言ったが「女らしくない」などとは一言も発言していない。それに、腕力がゴリラ並みだと言ったのは、僕ではなく君の叔父であるドラクマ殿だ。
ゴリラの腕力は人間の10倍以上と言われており、それは素晴らしいことだ。
霊長類の中では最も大きく、思慮深くて穏やかな生き物だ。
果物が好きなところも、君と似ているかもしれないな。
そうそう、イーストマウンテンにある動物園には、ジョバンニという非常に美形のゴリラがいると聞いた。今度二人で見に行かないか?
グシャリと勢いよくペソが手紙を握りつぶした。
「「何じゃこりゃああああっ!!」」
ペソとユーロの叫びが重なる。
「ゴリラは出すなっつっただろ!? 何なのお前! 実は超ゴリラ好きなの!?」
「謝罪したいのか、ゴリラを褒めたいのか、デートに誘いたいのか、訳が分からない!! 何なんだ、この内容めちゃくちゃな手紙は!!」
二人に詰め寄られたレアルは、しどろもどろに弁解した。
「悪口じゃなかったって最初に説明した方がいいと思って……。仲直りに一緒に出かけたいと思ったから、動物園に誘ったんだが……ダメだったか?」
「何でそれで美形ゴリラ見物をデートにするんだよ! 自分で火に油注ぎまくってんじゃねーか! お前本当に仲直りしたいと思ってんの?」
「“果物が好きなところも、君と似ているかもしれないな”とか……ケンカ売ってると思われても仕方ないぜ……」
レアルは手紙も壊滅的だった。
ペソとユーロは、こんなのと何年も婚約者をやっていられるクローネを尊敬した。
いくらいいヤツとはいえ、女の子からしたら幻滅することばかりだろう。
「手紙はもうやめろ。お前は直接会って伝えないとダメだ」
「だが、どうやら僕は今、フラン家から出禁扱いを受けているみたいで……」
だろうなと思ったペソとユーロだが、そこは口に出さずにレアルを励ました。
「それでもお前はクローネ嬢と仲直りしたいんだろ? 会えるように努力するんだよ!」
「このままじゃ、婚約解消されるかもしれないぜ。いいのか?」
「いっ、嫌だ!! 僕はクローネを愛しているんだ! 二人ともお願いだ! 僕を助けてほしい!!」
必死に頭を下げてくるレアルに、ペソとユーロは苦笑を浮かべる。
どうにも放っておけない不器用な友人のために、二人は骨を折ることにした。