2話 出会ってしまったから
──ひどく簡素な葬儀だった。
葬儀社の人と、お坊さんと、俺。
それはそれは、ひどく簡素な葬儀だった。
別に、仰々しくやってほしかったわけじゃない。
家族葬は、ばあちゃんの遺言だったから。
多分、人付き合いが苦手な俺のことを考えてくれたのだろうから。
──それにしても、簡素な葬儀だった。
ばあちゃんも俺と同じで、近所付き合いをあまりしないほうだったから、町内会に親しい人はいなかった。
俺が会ったことがないだけで、ばあちゃんの親戚もいるはずなのだけど、そこはやはり俺のことを考えてか、葬式に呼ぶことはなかった。
もしかしたら、手紙くらいは出していたのかもしれない。
葬式は制服で出た。
学生の身分でスーツなんぞ持っているはずもなく、ブレザーで出た。
家族が俺だけだから、喪主は俺が務めたけど、特に挨拶とかはしなくて済んだ。
ばあちゃんの遺言様様だった。
火葬場で遺体を焼いているときに、生前のばあちゃんの言葉を思い出していた。
「至る所に神様はいる」──それがばあちゃんの口癖だった。
いつでも思い返せるほどに、何度も何度も口にしていた。
いつだったか。
太陽や月に神様がいる、という話を聞いた時だけ、反論したことがある。
思い返せば、単なる反抗期。
だけどばあちゃんは、その反論を受け止めたうえで優しく教えてくれた。
何かを、教えてくれた。
それが何だったのかは、もう覚えていない。
◆◆◆
「ご愁傷さまです」
神様らしき女性を助けた(?)あとで、自宅のリビングにその人(?)を招いた。
「ああ、いえ、どうもご丁寧に……」
そんな曖昧な返事しかできない。
何しろ。
「とよ子ちゃんは昔は本当に活発な子で、幼いころからよく神社に来て一緒に遊んでたんです」
「は、はぁ」
俺のばあちゃんのことを『ちゃん』付けで呼んでるあたり、本当に神様なのかもしれない。
──だけど、どこかで理解を拒んでいる俺がいる。
「あの、ほんとに神様なんですか……?」
「わたしの身体が透けたの、ご覧になったはずですよ?」
「ああ、確かに……」
逃げ道がお亡くなりに。
「私は花見川神社の神、花見川水面という者です。お花見を司ってます」
「そうですか、花を──え、花見?」
ふわーっとした理解を制する単語。
え、花じゃなく『花見』?
「はい。様々な季節に行われるお花見を無事に行えるように、──いろいろやってます!」
「い、色々ですか」
「いろいろです!」
なぜそこをぼかすのか。
──まあ、いい。説明をされたところで、人である俺に理解できるものではないだろう。
(──────)
さっきから、変な感覚。
知らない人を家に招いたり、多少拒んだけれど目の前の女性が神様であることを理解してしまったり。
なんでこんなにスムーズに、超常の存在を受け入れられたのだろう?
「──い、おい、石灘」
「っ! あ、えっと、何?」
しまった、ぼーっとしていた。
「客人──それも神様なんてとんでもない存在なんだから、麦茶くらい出してやれよ」
「あ、そうだな。ちょっと待っててくださいね、花見川さん」
「お構いなく~」
そうだった。
リビングから台所に続くふすまを開け、作り置きの麦茶を取りに行く。
◆
「なぁ」
「どうかしましたか、厳島東馬さん」
「──やっぱ、オレの名前も知ってるか」
「ええ、存じております。あなたたちが小学生の頃から、ずっと」
「小学生の頃?」
そりゃあ一体、どういうこった。
自慢でも何でもないが、オレは信心深い方じゃない。
宗教なんてややこしくて面倒なものだとしか思っていない。
──だというのに、『小学生の頃』?
花見川神社はここから近い。小さいころにあいつと一緒に遊びにいったことでもあっただろうか、と考えていると、神様とやらが口を開いた。
「修太君は昔と違って、霊感がないのですね」
「──っ!」
霊感。
その言葉で、オレは──神様の胸倉を掴んでいた。
「てめぇ、まさか──」
「神に触れるだけでなく、胸倉まで掴むとは、大層な人ですね」
オレの考えを見透かすかのような、ひどく透き通った瞳で、じっと見つめられる。
だから、オレもまっすぐに見据えて、一つだけ質問をする。
「──、悪霊じゃ、ねぇんだろうな」
「安心してください、修太君のことを持っていこうだなんて、決してしませんから」
「──なら、いい」
『持っていく』という現象を知っている時点で、マジの神様なんだろうな、多分。
「悪ぃな、急に胸倉掴んじまって」
「いいえ、お気になさらず。あなたが小学生の時に、修太君を支えようとしたこと、知ってますから」
「──あっそ」
──と。台所の方から「開けてくれー」と呑気な声。
麦茶を持ってくるんだから、ふすまは開けっ放しにしておけばよかったのに。
──まあいいか。オレのカバンを持って、ふすままで歩いていき、開けてやる。
◆
「ありがと、厳島──ってあれ、お前帰るのか?」
「ああ。聞きたいことは聞けたしな」
「は?」
「ああ、いや、なんでもない」
ふすまを開けて、そのままの流れで廊下へ出る厳島。
え、帰っちゃうの? 神様と俺を二人きりにするの? ──えぇ……うまく話せるかな。
「じゃあな、また明日──じゃなかった、また月曜日に」
「あ、ああ、うん……」
明日明後日は土日。高校は休み。
休みにも文学同好会があるから、次に厳島に会うのは月曜日。
「うん、また月曜日」
俺の返事を聞いて満足したらしい。
靴を履いて、玄関から出ていった。
──と。
「わたしも失礼しますね」
「え、でも……大丈夫なんですか?」
話を聞くに、花見川さんは花見川神社に住んでいるらしい。
だから戻りたいと思うのは当然だろうけど、心配事が一つ。
「大丈夫ですよ。あなたから信仰を与えてもらってますから、先ほどのような消滅の危険はないですから」
「──なら、いいんですけど」
「ええ。──それでは」
その言葉と同時に、神様の身体が宙に浮いた。
神様の周囲にチカチカした綺麗なピンクの──花びらか何かが漂い始めた。
「──、あら?」
呆気にとられた声を出し、リビングの床に再び降り立つ神様。
どうかしたのだろうか。
「あの、お恥ずかしい話なのですが……転移できなくなってるみたいで」
「転移?」
「テレポートといえば伝わるでしょうか」
「ああ、なるほど。……それがどうかしたんですか?」
歩いて帰ればいいのでは。
「わたしへの信仰心が足りないようで、このままだとこの家から離れることができなさそうです」
「え、それって……俺の力でどうにか」
「なりませんね」
断言された。
ちょっと悲しい。
「近年の私は、とよ子ちゃんのとても強い信仰心があったおかげで存在できていたのです。その信仰心の残り香があるこの家の中なら神としての力を行使できますが、この家から一歩でも出たらおそらく──また、消滅してしまいそうになるかと」
「──どうすれば」
言って、嫌な予感。
面倒ごとは嫌いなのだけど。
「非常に申し訳ないのですが、しばらくご厄介になってもいいでしょうか?」
「──────」
案の定。
しかし、こちらから振った話題。
覚悟──とまではいかないけれど、ぐっ、と拳を握りしめて。
「ええ、大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
にこっ、と微笑み、ただの人間に頭を下げる神様。
──まあ、いいか。
どうせ、この家には俺しかいないんだし。
そんなこんなで。
秋のとある金曜日。
いつまで続くかわからないけれど。
神様との、共同生活が始まった。