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1話 神様らしき女性

至る所に、神様はいるんだよ。

──ああこら、そう簡単に否定するもんじゃない。


神様ってのは、例えば──しゅうた君にも分かりやすいとこだと、おてんとさま。

お空からいーっぱいの光で照らしてくれて、暖かくもしてくれる。

ばあちゃんの畑の野菜たちも、おてんとさまの光のおかげでうーんとおいしくなる。


──ん? ああそうだねェ、あれは確かに太陽っていう名前の星の一つだ。

だから神様じゃないって? ──バカ言っちゃいけねェ。ちゃあんとお空から見守ってくれてるじゃないか。ほら、今だって。


ん、月はどうなのか、かい?

賢い子だねェ。そうさ、夜にはおてんとさまの代わりに、お月様がそっと、しゅうた君を守ってくれるんだ。

夜の心地いい静けさを、お月様がくれるんだ。


──信じられない、かい。

そうさな、信じ難いのも無理はねェな。人ってのは、自分の目や耳で見聞きしたものしか信じられないだろうしね。

それは間違いじゃない。どっちかって言やあ、正しいことだ。自分の身を守る、大事な(すべ)のひとつだからねェ。


でもね、しゅうた君。

実はしゅうた君も、神様に会ったことがあるんだよ。

──嘘じゃあないさ。最近は会っていないから、忘れちゃったかもしれないけどね。

ほら、そこの道路をまっすぐ行ったところに、神社があるだろう?

そこの巫女の服着た人が、実は神様なんだ。


ばあちゃんの生まれるずぅっと前から、ここら一帯をずうっと見守ってくださっているお方さ。

そうさな、名前は確か──……



◆◆◆



「イヤだ」

「なんで!?」

「なんでも何もあるかバカ」


ほんっとにコイツぁ、底無しのバカなのかもしれない。



酷暑交じりの夏が過ぎ、木々がようやく紅く染まってきた、9月の終わり際。

俺は、小学校以来の友達と久しぶりに一緒に下校していた。


一緒に帰ろうぜ、と誘ってくれたのは有難い。高校で親しい友達は厳島(いつくしま)くらいしかいないから。

駅に寄ろうぜ、も別に構わない。久々に駅の本屋に寄るのも悪くないかな、なんて思ったから。

──だが、なぁ。


「ナンパするなんて聞いてねぇぞ」

「言ってないからな!」

「──────」


呆れかえり、踵を返して今来た道を逆方向、自宅へ。

駅に着いてなくてよかった……コイツの行動力は馬鹿にならないから。──いやマジで。


「いいじゃんかよぉ石灘(いしなだ)ぁ。たまには息抜きでもしようぜ?」


歩き出した俺を追いかけてきた厳島が、そんな馬鹿げたことを抜かす。

いやいや、ちょっと待て、と返す。


「てめぇには例の先輩がいるんじゃなかったのかよ」


例の──文学同好会の先輩が。


西ノ宮(にしのみや)先輩のことか? ──ふふふ。ふっふっふ」

「気味悪ぃな。じゃあな」

「あっごめん話聞いて!! ……いや実はな、通算5度目の告白だったんだが」


──二人きりの同好会で片方がもう片方に告白って気まずくならないのか、と訊こうとしたが、この質問もすでに何度かしていることを思い出し、やめた。


「玉砕してしまいました!!」

「だろうな」

「軽っ!?」


そらぁこんな反応にもなる。

一応気になったので、ちょっと聞き方を変えて聞いてみる。


「……純粋な疑問なんだけどさ。よく同好会を辞めさせられないよな、お前」

「それについては心配いらん。同好会で行うべき申請書類の作成とかをやって、常日頃からポイントを稼いでるからな」

「……ああ」


なるほど。

つまり、なんだ。


「パシリか」

「あーあー聞こえない聞こえない。パシリじゃないです先輩の優秀な部下ですぅ」

「聞こえてんじゃねぇか! ……ってかほとんど変わらねぇじゃねぇか、高校で『部下』って」


後輩という認識ですらなさそうなのは、さすがに可哀そうになってくる。


「というわけでやけっぱちになったんで、人生で初めてのナンパなんかしちゃってお持ち帰りなんかしちゃったりして!? 青い春を満喫しちゃったりなんかして!? みたいな?」

「みたいな? ──じゃねぇわ! それに俺を巻き込むなっての」

「いーじゃんかよぉ。オレ一人じゃそんな勇気ねぇし」


先輩に告白する勇気はあるのに、妙なところで自信ないな、コイツ。

「それに」と言葉を続ける厳島。


「お前、ばあさんが亡くなってから、元気ねぇだろ」

「……よく分かったな」


上手く隠し通せていると、自分では思っていたのだけれど。


「もうすぐ10年の付き合いになるんだぜ? お前の隠し事なんか全部お見通しだよ。ったく、何かあったらオレを頼れ、って言ったろ。忘れたとは言わせねぇぞ?」


──小学生のときにした、小さな約束。

でも、高校生にもなって友人を頼るのなんて、気恥ずかしいじゃないか。


「お前のことだから『気恥ずかしい』とかしょうもないこと考えてるんだろうけどよ」

「心読んだ?」

「んな力ねぇわ。──ったく、小学生の頃から何にも変わってねぇな」

「悪いか」

「悪いわ」


ぴしゃり、と否定された。

──こいつにしては珍しい。俺の家の事情を知っているのに。


「自分のことになると話題を逸らそうとするの、悪癖以外のなんでもねぇぞ。ったく、そういうところが昔から──」

「……?」


前方──俺の家の方向を見て、固まる厳島。

うわ、汗すげぇ。冷や汗かなぁ、焦ってるみたいだし。

──焦ってる? なぜ?


「どーすっかなぁ……」と呟く厳島から目を離し、前を向く。


「──え?」


俺の家の駐車場に、誰かが横になっていた。

頭の後ろで結ばれた、淡い青色の髪をアスファルトの地面に投げ出している。

綺麗な髪だなぁ、と考えていると、俺の肩を後ろから掴まれ、揺らされる。


「持ってかれるなよ!!」

「────、は?」


持ってかれるって、何のことだろう。

──って、そうだ、俺は一体何を。

ぼーっとしていて気付くのが遅れたが、あの感じ、どう考えても熱中症だろう。


「あっ、おい待てよ石灘!」


──背後から厳島の声がした気がするが、関係ない。

走り出し、倒れている人のもとへ。

倒れていたのは、若そうな女性だった。


「だ、大丈夫ですか!?」

「……うぅ」


ああ、──意識はある。

「暑い……」とか呟いてるし、おそらく熱中症だろう。


「えっと、いち、いち、──え、ちょ」

「やめろ、石灘」


スマホを取り出し、救急車を呼ぼうとしたところで、厳島にスマホを取り上げられ、制される。


「おい! どう見ても熱中症だろうが! 救急車を──」

「冷静に考えろ、石灘。その方──じゃなかった、その人、巫女の服着てるだろ。どう考えても花見川神社の関係者だろ?」

「は?」


本当に、何を言っているのだろうコイツは。

熱中症の危険さを理解できないほどのバカではないと思っていたのだが。


「とにかく、救急車は呼ぶな。どうにかしてお前の家に運ぶぞ。お前の家の鍵、貸してくれるか?」

「あ、ああ……はいよ」

「うし。玄関の扉開けておくから、その人運んで来い」

「……正気か?」

「正気だよ。リビングのクーラーつけとくぞ」

「あ、ああ……」


熱中症の人の看病なんて、中学の保健の授業で軽くやっただけ。当然もう忘れている。

──もしかして、外にいたままでは熱中症が酷くなると思ったから、家の中に連れて行こうとしたのだろうか。

いやでも、そうするとスマホを奪われた理由がわからない。


「……と」

「あ、大丈夫ですか!? 今涼しい場所に運びますから──」

「とよ子ちゃんは、いないのでしょうか……?」

「は?」


あれ。

思ってたよりも、はっきり喋れている。

熱中症の人って、もっと意識が朦朧としていると思っていたのだけれど。


──って、とよ子? それって五十嵐とよ子のことだろうか。


「『五十嵐とよ子』ならばあちゃんのことですけど、知ってるんですか?」

「──ええ、それはもうよく知っていますよ。小さいころから」

「……は?」


意識が朦朧としているのだろうのは明らかだ。

目の前の若い女性が、ばあちゃんのことを小さいころから? ──どう考えてもおかしい。

やっぱり救急車を──と思ったところで、抱きかかえた女性の右手が、俺の頬に触れた。


「とよ子ちゃんは──」

「あ、えと、先日亡くなりましたけど」

「……そう、ですか」


なんだってんだ、一体。

とても悲しそうに、寂しそうに、女性はゆっくりと上半身を起こし、ふらふらしながらも俺のことをまっすぐに見つめてくる。


「──通りで。彼女の信仰心は人一倍大きなものでしたから」

「何の話を──、え? は!?」


駐車場のアスファルトの灰色が、女性の身体を通して見えるのは気のせいだろうか。

女性の身体が、──透けているように見えるのは、気のせいだろうか。


「とよ子ちゃんの言葉を借りるなら、確か──」

「え、ちょ、っと」


何が何やら。

身体が透けているなんて、冗句にしたって笑えない。

これじゃあまるで、幽霊か何か。


(……ん?)


幽霊。

その言葉で何かを思い出しそうになったが、記憶に蓋がされているかのように思い出せない。


「……石灘修太さん」

「はい? ……え」


名前、教えたっけ。

ばあちゃんから聞いてたとかかな。

熱中症だとか、周囲の目だとか、厳島のことだとかはすっかり忘れて、透けていく目の前の女性の言葉に集中していた。



「至る所に神はいます。──信じて、くださいますか?」

「──はい、信じます」



──ばあちゃんと同じことを言っていたからだろうか。

言わされたかのように、催眠術にでもかかったかのように、俺の口は勝手にそう答えていた。


──瞬間。

どこかから現れた大量のピンクの花びらが、俺の目の前を通り過ぎた。

……ピンクの花びら? 今は秋なのに。まるで桜か何か。なんて季節外れ。


視界を覆っていた花びらは、再びどこかへ消えた。

目の前にいたのは、倒れていたはずの──自分の両足で立っている女性。


嗚呼。きっとこれは。


「もしかして、神様か何かです?」

「はい、わたし、神です!」


やけに確信のある、やけっぱちの質問に、ひどくかわいらしく答える女性。

「大丈夫ですか?」と手を伸ばしてきた、神様を語る女性。


俺は──地面にへたり込みながら、心のどこかで安心しながら。


「はい、ちょっと驚いただけです」


ひどく混乱しながらも。

神様らしき女性の、伸ばした手を取った。

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