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05 友達

 川尻奏は気の弱い子供だった。


 誰かに強く責められても、何かを言い返すことは出来ない。理不尽な目にあっても、それを仕返すことが出来ない。

 何か行動を起して、それを失敗するのが恐かった。

 そういう子供だったから、虐められるようになったのも無理はないのかもしれない。

 最初は比較的軽い虐めだった。

 暴力や陰口などとは違う、ただひたすら無視されたのだ。

 彼が話しかけても、それに対して返事をしない。返事をしてはならない。そういった考えが、いつの間にか彼の学級に浸透していた。

 誰かが彼を陥れようとしてやったわけではない。

 ただ彼は必然的に、誰かから無視されるようになっていったのだ。


「君は、いつも一人でいるね」


 クラスの妙な空気を気にかけた先生は彼にそう言った。

「なんで一人でいるの?」

 その質問は明らかに間違っていたのだ。

 奏は自ら一人になりたかったわけではない。誰もそんなことを望んでいないのに、それなのに彼はひとりぼっちになっているのだ。

 それを先生は知らずに、無責任な言葉を彼に投げかける。

「友達は良いものだよ」

 奏は膝の上で拳をぎゅっと強く握った。

「友達を作りなさい」

 担任はそういうことが使命であったかのようにそう告げると、彼の前から去って行った。

 夕日で照らされた教室に、彼は一人佇んでいた。


 友達を作ろう。

 そう決意しても、彼はそれを作ることが出来ない。

 もともと内気で、何か行動する勇気が無い子供だったことに加え、周りの環境でさえもそれをさせまいとしていたのだからしょうがない。

 彼はずっと一人ぼっちだった。



 奏が中学校に上がり、学年の半分以上は他の小学校からの生徒に変わった。

 この時、彼には友達を作る機会は確かに存在した。

 しかし既に彼には、人に話しかける勇気というものが無くなっていた。話しかけても、話しかけても相手にされない。その恐怖が、より一層彼の心を闇の中に閉ざしていたのだ。

 無視されるのが恐い。

 ――だから彼は、自分から人を無視することにした。

 誰かに話しかけられて、友達を作ることなんて出来ない。誰かと仲良くなるなんて無理なんだ。だからこそ、その希望を持つことさえしなかった。


 孤独。


 たった一人。

 学校には五百人ほどの多くの生徒が勉強に励んでいる。それだけ沢山の人間に囲まれながらも、彼だけはたった一人で生活している。

 誰にも関わらず、誰にも関われず、彼は生きていた。

 誰とも関わらなければ、どこにも行けないと知っているのに。一人では何も変われないと知っているのに。それでも彼は、一人で居ることしか出来なかった。

 そんな闇の中、彼はそれでも光を求め続けた。

 親友というものを、求め続けた。



 それは高校の入学式だった。

 温かい日差しが照らしつける中、奏はよろよろと歩いていた。彼の手には大きな紙袋が抱えられていた。その中は沢山の教科書や辞書が入っている。それらは彼が入学した高校は新学校だと教えていた。

 その量は半端な物ではなかった。

 十冊や二十冊ではない。本の重さがこれほどのものとは彼は知らなかった。全身を使って抱え込み、必死に歩く。

 しかし元々運動が苦手な彼にとって、それは長くは続かなかった。

 手から紙袋がこぼれ落ち、道に教科書をばら撒いてしまう。同じように袋を抱えながらも悠々と通り過ぎていく生徒達が、声を上げて彼を笑った。

 彼は思わず泣きたくなった。

 それでもなんとか教科書を拾おうと手を伸ばした時だった。


「おいおい、大丈夫かよ」


 頭上から聞こえたその声に、奏は上を見上げた。

 しかし既に彼はそこにはおらず、視線を戻すと彼の前で一人の少年がしゃがみこんでいた。教科書を集め、紙袋の中に戻している。

「お前、一人なのか?」

 問いかける少年に、奏は返事が出来なかった。

「お前の親は何してるんだよ。どうせ俺の親と同じで話しこんでるんだろうな。……楓が俺と同じ高校に入ったからって、まったく――。ほらよ。持てるか?」

 少年は笑いながら彼に紙袋を渡した。その中にはこぼした教科書が収められていた。彼がぼんやりしていた間に、少年は全て拾い集めていたのだ。

 奏は持ち上げようとするが、腕に予想以上の負荷がかかっていたのか、腕が痺れてうまく持てなかった。

 少年は再び笑った。

「鍛え方が足りないぜ。男ならこれくらいさくっと持てよ」

 彼は笑う。

 その笑いは、奏が今まで聞いてきた物と違っていた。失敗した人に向ける笑い声とその笑い方は、似ても似つかないものだった。

 ……人をバカにしている笑いでは、なかったのだ。

 おろおろしている奏を見て、少年は呆れたようにため息をついた。

 少年は奏の紙袋を手に取るとと、自分のそれと一緒に抱えた。


「家、どこだよ? 近くだったらそこまで持ってってやるよ」


 その時彼は、自分が今まで抱え込んできた物は、とてもちっぽけな物だということを思い知った。



 それから彼には友達が出来た。

 その時の少年である西村隼人に、彼の幼馴染であるという坂上楓、そして 野田洋平(のだようへい) 野田京子(のだきょうこ)という兄妹の四人の友達だった。

 それらの友達が出来たのは隼人と出会ったお陰だと彼は思っている。

 隼人が自分の闇を取り払ってくれた。


 きっと彼に出会わなかったら、闇に飲み込まれていたに違いない。



 そう思っていたからだろう。

 まるで命の恩人のように隼人を思っていたからだろう。

 奏がその一瞬の間に彼を突き飛ばし、守ろうとしたのは彼の頭が考えてやったことではなかった。ただ勝手に身体が動いた。恐がりの彼の精神も、それに逆らうことは出来なかったのだ。


 彼は親友を守った。

 ――彼の心の中にある光を、守った。


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