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商業もの

【短編・コミカライズ10/31発売】初めまして旦那様。約束通り離縁してください ~溺愛してくる儚げイケメン将軍の妻なんて無理です~

※R15は保険です。

このたび、コミカライズが決定しました!

「訳あり令嬢でしたが、溺愛されて今では幸せです アンソロジーコミック」7巻が10月31日(木)発売✨

 

「離縁してほしい──なんて、どうして急にそんなことを言い出したんだい?」

(誰このイケメン!? ん? 離縁……、もしかして……)

「レティシア」


 聞き心地の良い声。

 白銀の美しい髪、エメラルドの瞳を潤ませ、しょんぼりと眉を下げて泣きそうな顔をする美青年──いや書類上、夫であるセルジュ・エルフォール様が私の前にいる。


(え、なっ、なんで!?)


 現在、私は屋敷を出てトランク片手に列車に乗るため、中央広場を横切っていたのだ。

 あとちょっとで、あの義実家から逃げ切れる。


 そう思ったのに、まさか軍馬で将軍自ら戦場から直行するとは思わないだろう。しかも逃げ出さないように、馬から素早く下りて私の腕を掴んでいる。

 というか甲冑姿は目立つので、全力で逃げ出したい。


「(……と言うか)凱旋は一週間後だったはずでは?」

「……ええ、でも何とか間に合って本当によかった」

(戦場から直行したご様子! 手紙が届くのを明日にしておけばよかった!)

「レティシア、()()()()()()()()?」

「──っ!」


 これではまるで私が彼に対して悪徳の限りを尽くし、散々金を貢がせた後用無しだと捨てる希代の悪女のようではないか。


 全然そんなことないのに。私は善良な市民だと主張したいが遅かった。

 と言うか既に周囲からの視線が痛い。


 視線で人間が殺せるんじゃないかってぐらいに痛いのだけれど、そんな威圧に堪える。戦争を終結させた英雄が人通りの多い中央広場のまっただ中で『離縁』なんて言葉を出せばこうなるだろう。


(なああああああああああああ! 円満離婚プランがああああ!)

「?」


 私は改めて、自分の夫の顔をジッと見つめた。

 夕暮れ時に差し掛かり魔導具の街灯が足下を照らしていく。白銀の長い髪がとても美しいと思ったし、エメラルドの瞳はどんな宝石よりも輝いて見える。


 細身で儚げな人が、この国の将軍で『英雄』というのが信じられない。

 剣を持つよりも、本やペンを手に魔導書を読み解く方が似合っている。自分の夫なのに、そんなことを考えてしまうのは、()()()()()()()()()()


(こんな素敵な人だったのね)

「レティシア?」


 甘い声にあっさりと陥落しそうになったが、当初の目的を思い出して踏みとどまる。

 私には離縁しなければならない理由があるし、時間もない。

 列車が発車する前に何とか、この場を乗り切らなければならないのだが、公衆の面前で両家の問題を口にする訳にもいかない。

 だからもう一つの理由を口にする。


「て、手紙に書いたとおり、離縁の条件を満たしたからです。五年かかりましたが、漸く貴方に借金を返し終えました。これで貴方は本当に好きな人と再婚してください」

「……そうですか。それを気にしていたのであれば一度、貴女と離婚して──改めて貴女に再婚を申し込めば良いのですね」

「そう……ん? んんんんん!?」


 トンデモナイ発言に、思わず頷きかけてしまった。

 何を言い出したのだろう。


「え、あの……」

「確かに五年前エルフォール家は爵位、ロワール侯爵家は大金を欲していた。だからこそ両家の両親が勝手に政略結婚を行ったことは理解してします。……けれどこの五年、戦争時に貴女から届く贈り物や手紙に何度も救われました。貴女は昔からずっと変わらずに私を支えてくれた、かけがえのない方です」

(いい話にしようとしている!? 手紙は小まめに送っていたけれど、そんな美談っぽい感じじゃないし、借金返済まであといくらとか、王都での出来事とかだし! 贈り物も私が考えた試作品のドライフルーツとかだし)


 真剣な眼差しに張りのある声と、その美貌で周囲の女性が卒倒していくのが見える。

 周囲の視線が一層強まるのだけれど、セルジュ様の言葉は続く。


「軍会議で王都に一時帰宅したときに、貴女と会おうとしたのですが、時間が取れず寝顔や遠目でしか見られなかったこと、五年間話す機会を作れなかったことは私の責任です。けれど戦争は終結したのです……どうかもう一度私とやり直すチャンスをくれませんか?」

(ん? 寝顔……遠目……で見ていた?)


 私的には「初めまして」なのだが、いつ私を見ていたのだろうか。

 寝顔とか見られていたかと思うと、肩書き上、夫とはいえ、なんというかなんか怖い。


(え、まさかのストーカー!?)


 慄く私に、彼は何か勘違いしたのか「もう大丈夫です」と微笑んだ。


(いや全然大丈夫ではないのですが!?)

「私が居ない間、貴女に酷いことをしていた使用人は全員クビにしましたし、義両親、両親も半殺――貴女に危害を加えない、以後会わないなどの誓約書もかいています」

(色々筒抜け! 本物のストーカーでした! しかも制裁済み!)


 セルジュ様が戦場に行ってから、私の扱いは『お飾りの妻』であり『商会の従業員』として馬車馬のように働かされる日々だった。

 両親はセルジュ様からの贈り物を着服して、豪遊するための軍資金にした。


 夜会ではセルジュ様の妻としての役割を求められ、陰口を叩かれる日々。

 魑魅魍魎が跋扈するパーティー会場は、足の引っ張り合いに神経をすり減らしたし、商会を大きくするためにも参加は強制させられた。


 お茶会もそうだ。

 ニコニコと笑いながら心ない言葉を聞き続けて、好きでもない仕事に、罵詈雑言のダメ出しをする義実家。実家は金の無心の時にだけ姿を見せる。


「(だから戦争が終わってセルジュ様が戻ってくれば、状況が少しはよくなると思っていた。でも……この人には、私以外に好いている人がいる。その人の身分は高くない。だから私を正妻に留めて愛妾を得ようと考えたのね)……そうまでして侯爵家が必要ですか」

「レティシア?」


 公衆の面前で叫んでやりたかったが、グッと堪えて背伸びをしてセルジュ様の耳元で囁く。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。英雄で、かつ将軍になられたのなら十分に地位と名誉を得られるでしょう。……いいですか、セルジュ様。これ以上、私を巻き込まないでください」

「──っ」


 セルジュ様は私に合わせて少し屈んでくれた。

 驚いていると言うよりは両手で顔を覆っているのだが、目元を染めて何故か嬉しそうだ。


(何故その反応!?)

「レティシア、耳元で囁くのは反則です……」

「人の話を聞いていましたか!?」

「私の名前を呼んでくれました」

「そこじゃない! その前です!」


 幸せそうな顔が腹立たしい。

 顔が良いと何でも許されるのだろうか。解せぬ。


「レティシア、耳元で私の名前を呼んでくれませんか?」

「いえ、そういう目的のために、耳元で告げたわけではないのですが!」

「……呼んでくれないのですか?」


 あからさまにしょんぼりする姿に、罪悪感が突き刺さる。あざと過ぎるし、周囲の女性の視線が痛い。というか主旨が変わってきているし!


「呼んだら離縁してくれますか?」

「え、嫌です」

「さっきは良いと……」

「レティシアとは話してみて、一度でも離縁したら逃げられそうなので絶対に離縁はしません」

「私、愛妾は絶対に認めませんよ」

「ええ、もちろんです。私が愛しているのはレティシアだけなのですから」

(ダメだ。話が通じない。え、愛妾を設けない? 父親だと認知しないってこと? 屑過ぎる。英雄色を好むって言うけれど、そういう感じ? 見た目に反してエグいな。それとも思った以上に戦争の影響で拗らせてしまった?)

「レティシア」

「──っ!?」


 ちゅっ、と頬にセルジュ様がキスをする。

 考え事をしていたせいで近づいていたことに気付けなかった。

 キャー、と黄色い声が上がる。


(ギャーー! 軽い言動が一々軽すぎる! 甘いマスクとグッとくる声、こんなんで迫られたら確かに落ちない女性はいないでしょうね! いや、私は落ちないけれど!)


 何もかもが、こなれていて腹が立ってきた。

 これ以上話をしても埒が明かない。

 盛り上がっているところ申し訳ないが、時計の針は刻々と時間を刻んでいく。


(あーーーもう、列車の時刻まであまり時間はない)


 中央広場にある時計にちらりと支線を向ける。

 大分空が暗くなってきたが、時計の針は16時45分を指していた。


(よかった、まだ間に合う)

「17時5分のローズシティ駅行きの魔導特急列車に乗ってどこに?」

(だからなんで知っているの! もう怖いんだけれど!)


 動向を探られていたのかと思い、ゾッとしてしまう。ここ一年ぐらいは、まったく興味も示さなかったし、手紙だって一度も返事はなかった。


 それはちょうど、セルジュ様が将軍となって戦場で活躍した噂が流れた頃で、手紙を返す暇もないほど忙しいのだと思っていたのだ。


 贈り物に手紙もない。

 恐らく代理の人が用意したのだろう。結局それらも私の手元に届いたことはない。だから向こうも私の離婚話にさして興味も示さないと思っていたのに……。


「(どうして今さら……)セルジュ様には関係ないことです」

「レティシア」


 どうしてセルジュ様のほうが泣きそうな顔をするのだろう。

 泣きたいのはこっちだ。

 散々義両親と両親に振り回されたのだから、いい加減にしてほしい。


「……すみませんが、急ぎますので失礼します」

「レティシア。……分かりました。この場は引きましょう。……ですが、話す機会を貰えませんか?」

「(今を乗り切ってしまえば、どうとでもなる)……ええ、お約束しますわ」

「よかった」


 セルジュ様が手を離してくれたので、少しだけホッとした。酷いことを言ってしまったが、一礼だけしてその場を離れる。

 絶対に振り返らない。

 私には未練はないのだと言動で示さなければ、セルジュ様は追いかけてくるかもしれないのだ。後ろ髪引かれる気持ちもなくはない。


 夫がどんな人なのか興味を持ちたくなかったから、姿見などは見ないようにしていた。

 それがこんな事になるなんて、想定外だ。


(あんなに綺麗な人が夫だったなんて……。そりゃあ、社交界やお茶会で嫉妬されるわけだわ。セルジュ様が将軍になって噂が王都に入ってきてからは、令嬢や夫人たちの陰湿さも増したもの)


 深緑色のもっさりとした髪に、黒檀のような瞳。背丈も低いし容姿も地味な私では不釣り合いだと言うのは尤もだ。髪や肌、ドレスに気を遣う時間はなかった。

 つくづく自分は貴族らしい生き方が向いていないのだろう。


(ローズシティから乗り換えて、セレニテ魔法都市で私は新しい生活を始める。セルジュ様もこんな地味な私よりももっと素敵な人と出会うだろうし、そのうちきっと忘れてしまうわ)


 ほんのちょっぴりの後悔はあったが、私は振り向かなかった。



 ***



 予定が少し狂ってしまったので、慌てて飲み物と夕飯用のパンを買って魔導列車に乗り込んだ。

 駅ホームに入るときに、まごついてしまったのも大きい。


(まさか手違いで三等席が満室になってしまったから、特一等室に乗せて貰えるなんて……)


 これからローズシティまでは14時間ほどかかるので、個室でシャワー室とトイレ完備しているのは有り難い。さらに特一等室では夕食と朝食が出る。


 夕食一食で私の二週間分の食費に匹敵する。それがタダというのだから気分はいい。

 車両に乗り込んで特一等室の白薔薇に辿り着いた。


 あらかじめホームで鍵となる魔導具カードを渡されているので翳すと、ドアのロックが外れる。ゆっくりと扉を開くと、そこにはホテルの一室と思える部屋が広がっていた。

 のだが。


「やあ、レティシア。遅かったね」

「!?」


 優雅に新聞を見ながら、珈琲を飲んでいるセルジュ様が窓側のテーブルに座って寛いでいるのが見えた。

 しかも私が着いた瞬間、子犬のように目を輝かせている。

 ばたん、と反射的に扉を閉めた。


(は、はめられたああああああああああああああああああああああああ!)


 三等席から特一等室なんて可笑しいと、気付くべきだった。その前にセルジュ様と会ったせいで、気が動転していて見落としたのだ。


 私がホーム入り口で足止めされている間に、セルジュ様は悠々と列車に乗ったのだろう。何もかもセルジュ様の手の平の上にいるようで、腹立たしい。


(だからさっきは、あっさり引き下がったのね!)

「レティシア?」


 ひょっこりと扉を開けて、セルジュ様が顔を出す。その留守番を頑張った子供のような期待の眼差しを向けないでほしい。

 この人本当に将軍なのだろうか。

 さっきみたいに本を読んでいる姿の方がしっくりくるような。帯剣もしていないし。


「(しかもかなり寛いでいるし!)……セルジュ様が手を回したのですか?」

「うん。三等席だと相乗りするのだろう。レティシアは可愛いから、他の男なんかと乗り合わせるなんて許せなくてね。……とりあえず、部屋に入って」

「(今からでも他の席を――)いえ、私は……」

「ダメだよ、レティシア。この列車はもう走り出してしまったし、列車内は満席で空きはここだけだよ」

(ダメだ。策を弄したとしても、セルジュ様を出し抜けるとは思えない……。さすが英雄抜け目のない)


 ここは抵抗しても無意味だと悟り、ローズシティまでの辛抱だと部屋に入る。

 自分から獣の巣に飛び込んだような気がしたが、こうなったらどうにでもなれだ。


(でも、どうしてここまで執着するのだろう)



 ***



「わぁ!」


 室内に入るなり、素晴らしい絨毯に感動してしまった。深紅で金と銀の刺繍も素晴らしい。何より踏み心地が全然違う。

 室内を見れば調度品からカーテンレースに至るまで一級品で、ホテルのスイートルームクラスだ。ベッドも大きめで天蓋が付いていて一つある。


(なんでツインじゃないの!? いやこの際、ソファか寝袋があるからいいか──ってそうじゃない!)


 もう驚きすぎて感覚が麻痺してきたと思う。


「座ってお茶でも飲むかい? アッサムティーの最高級品を取り寄せたんだ」

「……いえ、さっき飲み物を買ったばかりなので」

「そう?」


 テーブルに向かい合わせで座ったときも悲しげな顔をしていたが、さらに目を潤ませて泣きそうな表情を見せるのは反則すぎる。

 何度私の心臓を打ち抜く気なのだろう。殺す気か。


「(殺す……ハッ、もしかして飲み物を促したのも、個室を準備したのも、すべてはここで私を殺すため? いや自殺に見せかけるため? 中央広場で注目を晒したのも、自分にはやり直す気持ちがあったと周囲にアピールするためだったとしたら?)なんて用意周到な……」

「レティシアは、眠っている時と違って、いろんな表情を見せてくれるんだね」

(発言に犯罪臭がするのは、気のせいかしら……)

「レティシア、強引に付いて来てしまってごめんね。……でもあのまま一人で行かせたくなかったんだ」

「(一人で()()()()()()()()()、看取るってわけね)……私を死んだことにしたいのなら、手を汚すまでもなく叶いますよ。セレニテ魔法都市の魔法使い試験に受かったので、向こうに着いたら名前を変えますし、世俗とも離れますから……だから殺すのは止めてください」


 そう明るめに言ったのだが、セルジュ様の顔が真っ青になった。小刻みに震えて涙目まで浮かべているではないか。

 この人本当に将軍なのだろうか。拙く幼い子供のようでないか。


「……レティシアは自分が狙われていると、気付いていたのですね」

「ん? セルジュ様は私を亡き者にしようとしたのではないのですか?」

「どうしてそう解釈になってしまったのだろう。私が愛しているのはレティシアただ一人ですよ。他はどれも路傍の石と変わりません」

「いしころ……」


 セルジュ様はスパッと言い切った。しかもキリリとしている。

 この人、真顔も顔立ちが整っているから絵になる。

 いやそれよりもその前に聞き捨てならないワードがあったのを思い出す。


「(え、私。命狙われているの!?)……えっと、もしかしてセルジュ様が眠っている私を見たというのは……」

「ええ、私が部屋に駆け込んだときに、撃退しました。レティシアは疲れていたのでぐっすり眠っていて可愛かったですよ。起こすのも忍びないと思い、たっぷり三時間ほど堪能させていただきました」

(暗殺者がいた事に驚くべきか、助けてくれたセルジュ様にお礼を言うべきか、変態だと慄けば良いのか……よく分からなくなってきた)


 ただ戦場にいながらも私の安否を気にかけて、駆けつけたことは事実なのだろう。

 その情報をどうやって入手したのかちょっと怖くなったが、今私が生きて居るのはセルジュ様のストーカー気質(?)のおかげなのだ。


「ええっと……助けていただきありがとうございます。……でも、戦場にいて私のことが……その……よくおわかりになったのですね」

「それは簡単ですよ。私が将軍になってからレティシアの手紙が増えたことです」

「え」

「どれもレティシアの名を騙ったニセモノでしたけれどね。手紙の内容も過激でしたのでレティシアが危ないと思ったのです。特に私が将軍になって一年ぐらいは酷かった。暗殺、毒殺、誘拐と──私が将軍になったことで、妻であるレティシアを亡き者にしようと考えた馬鹿な貴族が多かったようです。……ああ、ご安心ください。その一族とその他貴族にもちゃんと公開処刑(見せしめ)をしましたし、国王陛下からも『ほどほどにな(やっちまいな)』と許可を貰ったので問題ないですから」

(うわわあああああ、まったく命の危機とか感じてなかった! そして寝顔を何度も見られているなんて……恥ずかしい。死ぬ!)

「ああ、今度は顔を真っ赤にしてなんて可愛いんだろう。レティシア、抱きしめてもいいですか?」

「だ、ダメです!」


 思わず反射的に拒絶するとセルジュ様は「えっ」と眉が下がりしょんぼりしてしまう。

 気のせいか耳が垂れ下がった子犬に見えてしまい、無性に頭を撫でたくなる。


「(なんというあざとさ!?)……えっと、とりあえずこの一年の間、手紙が返ってこなかった忙しさは何となく分かりました。それに私のことを助けてくださってありがとうございます」

「妻の身を案じるのは当然ですよ。……もっと早く貴女に事情を話したかったけれど……怖がらせたくなくて全てを終わらせてからと、考えた私の落ち度です」

「セルジュ様」

「……もう一度、名前を呼んでくれませんか?」


 ぱあ、と笑顔で頬を染める姿は、率直に言ってドキリとしてしまう。

 この人の方が表情をコロコロ変えて、私の心を大きく揺らす。


「(もっと早く会っていたら……、何か違っていたのかしら?)セルジュ様」

「レティシア。……私は戦争を終えたら、というのを言い訳にして貴女との時間を取れていなかった。貴女が魔法都市で魔法使いになりたいというのなら、反対しません。むしろ今度は私が貴女を支えたい、離縁は……したくありません。離縁は……絶対にしない!」

「(頑なな意志を感じる。しかも二度言った!)……ええっと、女軍医は?」

「ああ、彼女なら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「え」


 先ほどは聞こえていないと嘯いたセルジュ様は、他に嫌がらせをしていた夫人たちにも圧力をかけ終わっているとサラッと言い放ったのだ。


「それでも将軍の妻では肩身が狭いというのなら、将軍職を辞職してもいいかなって思っているのです」

「ええええ!? なんでですか!?」

「だって隣にレティシアがいないのに、地位や名誉なんて何の意味がありますか? 将軍になったのもレティシアがひもじくて、飢えないようにと思ったからですし」

(ええええ!? 考えが極端すぎる!)


 セルジュ様の発言に、頭を抱えてしまう。

 そこまで私のことを思ってくれているのかも不明だ。


「その……どうして私なのですか?」

「……手紙と贈り物を欠かさずに贈ってくれたことがキッカケです。毎日、他国の人間との殺し合いで疲弊していくのは、体力以上に精神が摩耗していきます。何かを糧にしないと、あんな地獄に長年足を付けていられない。……レティシア、貴女からの贈り物はいつも日常的で、何処にでもありふれた素朴なものでしたが、だからこそ心が折れることも、歪むこともなく、有り体に言って救われました」

「(愛情に関しては拗らせた気がしなくないですが)そんな……些細な……ことで?」

「ええ、でも戦争になれば、夫を忘れて別の男に走る──なんてザラでしたからね。でも貴女は五年間、ずっと変わらずに手紙と贈り物を続けてくれた。特にあのドライフルーツは画期的でした」

(あ。元の世界の知識を使った保存食とか、試作品として色々と贈っていたっけ)

「私の健康面も気にかけてくれて、支えてくれる。こんな素晴らしい妻は他にはいません。その積み重ねと、貴女を間近で見た時の寝顔が、可愛すぎて――つまりは一目惚れです」

(ここでも寝顔!? ここでなんか色々台無しな気がするのは気のせい!?)


 セルジュ様が寝顔好きだとは知らなかった。

 それはもはや新しい性癖なのだろうか。何だか深く追求すればするほど自分にダメージが来そうなので、言葉を詰まらせた。


「それとレティシアが魔法に興味があるなんて知りませんでした」

「(前世から憧れていたとは言いづらい)……幼い頃から興味はあったのです。王都では魔導具を使った物が多いけれど魔力適性があるのなら、魔法が使えると言うし、それによってなにか新しいことができるかもしれないでしょう」


 思わず言葉に熱が入ってしまった。

 セルジュ様は優しい眼差しを向けたまま話を聞いてくれる。


「あの試験に合格したのなら、レティシアは魔法使いとしての資質は確かにあるのかもしれませんね」

(ん? あの試験?)

「実は私も戦場で魔力適性があると診断されて──魔法都市協会から『大魔法使いの称号』を貰っているのですよ」

「ひゅ!!?」

「まあ、魔法の開眼があったからこそ将軍になるのが早かったようです」


 魔法使いには階級がある。

 魔法見習い、魔法使い、特一等魔法使い、その更に上が大魔法使いであり、賢者に並ぶ実力を持つ者に贈られる。


「え、だ、大魔法使い!?」

「私の場合は攻撃特化でしたけれど、レティシアならどんな魔法使いになるのか楽しみですね」

「つ、つまり……」

「ええ、向こうでは私が貴女の師匠になると思います。というかその手続きも済ませています」

「済ませてしまったのですか……」

「はい。こんなに可愛いレティシアが惚れられては困りますからね」

(屈託のない笑み!)


 ちょっと尖った性癖だけだと思ったら、ヤンデレ思考に用意周到さは腹黒要素を追加しても良いのかもしれない。


「し、将軍の仕事は?」

「それも陛下に話を付けています。戦争も終わりましたし、今後は内政に力を入れるためにも魔法研究に尽力したい、と許可を貰いました。私も正直、貴族らしい生き方は面倒ですので、魔法使いならある程度屋敷でのんびりと研究もできるでしょうしね」

「屋敷で……のんびり? 研究?」


 私の中では魔法都市の学校に入学すると思っていたのだ、今の話の流れ的に嫌な予感がした。この世界においての魔法使いの生態については、聞きかじった程度しか知らない。


「もしかして学校には通わない?」

「ええ。レティシアはすでに魔法使いの試験も合格していますから、私が手取り足取り魔法を教えます。陛下から頼まれた魔法術式の開発もありますが、あっちは私がさっさと終わらせておきますから、気にしないでください」

(ま、またしても、はめられたあああああああああああああああああああああ!)

「あ、可愛い」

(クラス分けに寮生活、ローブやマフラー、箒や杖選びなど新調するのを楽しみにしていたのに! バタービール的なお酒は絶対に飲む!)

「必要な導具一式は、レティシアと一緒に(デート)出かけたときにしよう」

「……はぁい」


 魔法学校に通うという夢は潰えたが、魔法都市に行くのを止められるよりはずっといい。


「……ちなみにセルジュ様はどんな魔法を使うのですか?」

「私は冬魔法で、雪や氷などで攻撃に転じるものが多いですね」


 パチンと指を鳴らすと、白銀の蝶が周囲を飛び回る。

 儚く幻想的でとても美しく、膨大な魔力を編んでいるのがわかった。

 一瞬で無数の蝶を作り出す集中力、魔力コントロールも素晴らしい。

 離縁問題など私の頭の中からぽいっと吹き飛んだ。


「わぁ。幻想的で素敵です! 蝶の形以外にもできるのですか!?」

「え、ええっ。……花や……小動物なら……(レティシアが可愛い。そして尊い。魔法の話をしたら、警戒心を解いた猫のよう。無防備なところもいい。好き。愛している。……触れたら怒るかな?)」

「本物の花のように綺麗。薔薇なんてとても繊細な造形なのに! すごいです!」

「──っ!」


 浮遊する白銀の薔薇は、蕾から花開くところまで忠実に再現されていた。

 褒めたら褒めただけセルジュ様は目を輝かせて嬉しそうに頬を染めるので、なんだか可愛いと思ってしまう。

 気づけば頭を撫でている自分がいる。


(思ったよりも髪が艶やかで、いい匂い……)


 しかも髪質も良い。ボサボサの私とは違う。


「ハッ! せ、せ、セルジュ様、えっとこれは……!」

「レティシアから触れてくれるなんて……」

(あ、なんか新しい扉を開いてしまった!?)


 慌てて手を離そうとしたのだが、遅かった。

 セルジュ様に手を掴まれ抱き寄せられてしまう。


「!?」

「やっと抱きしめられた。……レティシア、()()()()()()()()()

「セルジュ……様?」

「戦争が終わったら、レティシアに言いたいとずっと思っていた言葉です。出立は何も言えないままでしたから、せめて帰ったらと、ずっと思っていたのです」

(私が待ってくれていると、帰るべき場所だと……思ってくれていた……)


 なんだか色んなことが一変にありすぎて、どうすべきかがまとまらない。

 ただ今この瞬間、言うべき言葉は──。


「お帰りなさい、セルジュ様」

「レティシア」

(ううっ……なんだか甘い雰囲気に……)

「愛しています」

「わ、私は分かりません」

「レティシア……」

「泣きそうな……って泣いてもダメです! 私にはセルジュ様がまだよく分かりません! だから……保留です! とりあえず保留なのです!」

「離縁はしないのなら、()()それで十分ですよ」

(今は、って言葉を強調してきた!)


 腕に中に閉じ込められたままだったので離れようとしたが、セルジュ様は一向に離そうとしない。ジタバタすればするほどギュッとする腕の力が強まる。ギュウギュウにもみくしゃにされた。


「セルジュ様っ……」

「やっとレティシアを抱きしめたのですから、そう簡単に離したくないです」

「私は座ってのんびりしたいのです! 列車の風景も楽しみにしていたのですよ」

「なら私の膝の上に座ってください」

「なぜに!?」

「レティシアは座ることができる。私はレティシアを離さないですむ。二人の希望を考えた結果ですよ」

「そう……いや絶対に可笑しい!」

「座って一緒に魔導書を読みませんか? 特別に手に入れた物なのです」

「まどうしょ……魔導書!」


 魔法使いしか開くことしかできない書物で、値段も天文学的な値段なのだ。ずっと読みたかったので気持ちが大きく揺れ動く。


「うぬぬぬっ……」

「魔法都市に行ったら好きなだけ魔導書を買ってあげてもいいですよ?」

「しょうがないのです。一緒に読みましょう!(離縁の件はとりあえず保留にもしたので、良しとしましょう)」

「ありがとう、レティシア……(冬魔法は使えば使うほど術者の心を凍らせて死に至らしめる。……ただ例外として『春魔法の使い手』が傍にいることで、存えることができるという。レティシア、私が今も生きているのは貴女が私に手紙を書き続けて、贈り物を続けてくれたからなのですよ。大袈裟なのではなく、貴女だけが私の凍った心を溶かして、柔らかくする。……だから、どうか私を好きになってください)」

(ん? 将軍じゃなくて魔法使いはあまり表舞台に出ないのなら……セルジュ様の提案は悪くないのでは? 好きなだけ魔導書とか読めそうだし、衣食住も……うぬぬぬ)


 セルジュ様は満足気に私をギュッと抱きしめる。

 離縁するかどうか白黒を付けられなかったのは想定外だが、こんな形での再スタートとも悪くない──のかもしれない。


(け、けっして私の好みの顔と、放っておけない+庇護欲をかき立てられる性格だから……と言うわけじゃない)

「レティシア、今日は寝かさないので覚悟してくださいね」

「ぜ」

「ぜ?」

「前言撤回! 離してください!!」

「(毛を逆立てる猫みたいで可愛い)離したら逃げてしまうだろう? 大丈夫、優しくしますから」

「一ミリも大丈夫じゃない!」


 どうやってセルジュ様から逃げだして、美味しい夕食を食べてお風呂に入った後、充分な睡眠時間を確保するか──危機を乗り越えるため脳をフル回転する事態が発生した。

 私の本当の戦いは、()()()()()()()()()()()()

最後までお読み頂きありがとうございます٩(ˊᗜˋ*)و

楽しんでいただけたのなら幸いです。


下記にある【☆☆☆☆☆】の評価・ブクマもありがとうございます。

感想・レビューも励みになります。ありがとうございます(ノ*>∀<)ノ♡


続編希望があれば、検討しようかと思います!


7/23 日間・異世界転生(恋愛)30位 

→7/24 24位

→7/25 17位!→12位 ありがとうございます♪

→7/26 10位!



追伸:2024/10/25

【新作短編】

最愛の婚約者の邪魔にしかならないので、過去ごと捨てることにしました

https://ncode.syosetu.com/n5346jr/


10/31にコミカライズが発売に合わせて続編短編を投稿予定です( *・ㅅ・)*_ _))


本編で語られなかった戦争の話や冬魔法や春魔法についてもあります・:*+.\(( °ω° ))/.:


続編・初めまして旦那様。約束通り離縁してください ~溺愛してくる儚げイケメン将軍の妻なんて無理です~

https://ncode.syosetu.com/n0418js/


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(↓書籍詳細は著者Webサイトをご覧ください↓)

https://potofu.me/asagikana123

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訳あり令嬢でしたが、溺愛されて今では幸せです アンソロジーコミック 7巻 (ZERO-SUMコミックス) コミック – 2024/10/31
「初めまして旦那様。約束通り離縁してください ~溺愛してくる儚げイケメン将軍の妻なんて無理です~」 漫画:九十九万里 原作:あさぎかな

(書籍詳細は著者Webサイトをご覧ください)

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コミカライズ決定【第一部】死に戻り聖女様は、悪役令嬢にはなりません! 〜死亡フラグを折るたびに溺愛されてます〜
エブリスタ(漫画:ハルキィ 様)

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攫われ姫は、拗らせ騎士の偏愛に悩む
アマゾナイトノベルズ(イラスト:孫之手ランプ様)

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『バッドエンド確定したけど悪役令嬢はオネエ系魔王に愛されながら悠々自適を満喫します』
エンジェライト文庫(イラスト:史歩先生様)

― 新着の感想 ―
女軍医の事はレティシアの勘違い(もしくは悪意ある誰かの虚言)だったという解釈で良いのでしょうか? そうなら、勘違いだと理解した時のレティシアの心情が知りたかったです。 当人の話も聞かずに、あまりにも一…
[良い点] Xのポストから、きました。 この後が、気になるけど コミカライズで、出るかな? [気になる点] 「一等客室」の時点で、回れ右だったね。 拗らせてるので、 朝まで、寝かせてもらえないでしょう…
[良い点] 一気読みしてしまいました(笑) レティシアの突っ込みが的確でセルジュ様の肩書きとのギャップ萌えにガッシリ心を持っていかれました。 意外とチョロインなレティシアに用意周到なのに溺愛しかも小…
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