⑦U20ワールド杯 inカタール
@カタール U20イングランド代表宿泊ホテル
ポール・マカリスター 視点(U20英代表監督・リバープールユース監督)
『コンコン』(ドアノックの音)
『どうぞ開いてますよ』
『ポート、足首の調子はどうだ? 』
『監督、それにウルクキャプテンまでお見舞いに来てくれたんですか。これくらいは大したことはない、ただの打撲ですよ。10日ほど経てば普通にプレーできます』
そういう言うポートの顔は、言葉とは裏腹に苦しそうな悲しそうな表情に私には思えた。U20代表で司令塔という役割を長らく務めてきたポートにとって決勝の舞台に立てないことは辛いことだろう。一緒に戦ってきたキャプテンも悲痛な表情を浮かべている。
幸いなことにポートのケガは大事に至らなかった。とはいえ、昨日の試合から中4日で迎える決勝戦(対ブラジル代表)に出場するには無理がありそうだ。
決勝戦は、ポートの代役として昨日の試合で圧巻のプレーを魅せたレオン君にトップ下を務めてもらう。
昨シーズンのノッティンガムフォレストにおいて、彼はトップ下というよりCMFとしての攻守の活躍に注目された。
私もポートという不動の司令塔がいるこのチームで、彼の役割はサイドハーフでの攻守のバランスの良い献身的な働きを期待しての起用としてきた。
だが、昨日のアクシデント発生後、試合終了までの最後の10分間はレオン君の独壇場と言っていいほど彼のトップ下としての存在感は抜群だった。
ボールを持てば前を向き果敢に中央を突破。両サイドハーフのガリア、ハモンドを活かす視野の広さとパスセンス。自分を囮にしてクリステンセンをフリーにするクレバーなポジショニング。
試合終了間際の得点シーン、フィールド中盤をドリブル突破して魅せたレオン君に私はイングランド代表エンブレムに描かれた獅子の幻影を見たような気がした。
『レオンなら若いですが、俺の代わりはしっかり務まるはずです。彼は眠れる獅子だ。俺が17歳の時、彼のようなプレー・練習姿勢だったかと言われるとそこまでではなかった。
昨日の試合、俺の交代後の映像を今朝録画で見直しましたが、あのレベルでプレーするレオンならトップ下は務まるはずです』
『わかった。私もキャプテンもレオン君のトップ下起用に異存はない。昨日の試合後、レオン君に話を聞いたが、どうやら極度の集中状態。いわゆる“ゾーン”に入っていたようだ。
アスリートや危機に面した人間などに稀に起こる現象で、事象がスローモーションに感じたり、周りの音が希薄になり思考がクリアに感じるような状態のアレだよ』
『それであのプレーを? 』
『まぁ常時“ゾーン”に入っていたわけではないようだが……。レオン君は周りの人間のサッカーに関する才能の高さを、敏感に感じ取っているように私は思う。その分、自分の才能に対しての自己評価が低い。だから君の代役としてトップ下を務めることに気負って集中力が高まっていたみたいだね』
レオン君は自分を過小評価する癖があるからな。そして日本人の謙遜という美徳も兼ね備えているため、味方に対して闘争心をむき出しにするようなことが少ない。これはサッカー選手として、強みでもあり弱みにもなりうるだろう……
『バックラインの俺から見ても昨日のレオンの集中力はすごかった。中盤の守備をボランチ2人とサイドハーフの2人に任せて攻撃に専念できたのもよかったのかもしれない』
たしかに4-2-3-1のフォーメーションによる2ボランチが中央の守備面で機能しているため、レオン君、クリステンセンの守備負担が少ないことはうちのチームの得点力の源泉になっているな。ちなみに決勝戦もこの布陣で臨むつもりだ。
『決勝戦でも同じような“ゾーン”状態のプレーができるかはわからないが、彼のポテンシャルは十分だ。ポートには足首の状態を見てベンチ入りはしてもらいたい。長らく背番号【10】を背負って来た君のチーム影響力は欠かせないからね。最後までよろしく頼むよ』
『やばかったら途中出場で使ってもらって構いませんからね。ハハハッ』
決勝戦の欠場ということで落ち込んでいるかと思ったが多少は元気づけられてよかった。ここまで来たらラスト1勝して全員でトロフィーを掲げたいと私は強く思った。
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@カタール U20ブラジル(伯)代表宿泊ホテル
エドゥアルド・ダ・シウバ 視点(18歳・LW・背番号【9】・所属FCバルセロナ・能力「80」)
俺はU20ブラジル代表が宿泊するホテル裏の広場でリフティングをはじめ大道芸のようなボール捌きで軽い運動をしている。
試合でこんな曲芸をすることはないが、ブラジルの路地裏などで子供たちがやっている光景はよく目にする遊びのようなものだ。
昨日はデイゲームで準決勝対オーストラリア戦に4-3-3のLWとしてフル出場し、今日は完全オフだが、身体がうずうずして落ち着かなかったのでこうして軽く運動している。
『ボールの音がすると思ってきてみればエドゥーだったか。試合翌日だというのに元気だね』
わざわざホテルから出てきて声をかけてくれたのは、同じく代表CDMのロナウド・モレイラさん(20歳・CDM・背番号【6】・所属レアル・マドリード・能力「80」)だ。中盤の底を担っている要の選手で、ディフェンス意識の低いブラジル人の中でも珍しいタイプかもしれない。
『お疲れ様っす。昨日の午後に十分ケアはできましたからね。それより俺らの後のイングランド観ました?ケガするまでの背番号【10】も上手かったけど、そのあとの【20】のヤツ、うちのチームにいても違和感ないドリブル突破だったっすよ』
急なアクシデントでトップ下を担うことになったのか、代わった【20】のヤツは戸惑うようなプレーでスタートしていた。そのうち慣れたのか動きが良くなったかと思ったら、後は試合終了までヤツの独壇場だった。
個人技に優れるブラジル代表にいても遜色ない、魅せられるプレーは今も俺の脳裏に残っている。
『それに触発されて今日も身体を動かしてるのかお前は。そもそも前線で点取り屋として闘うお前と、トップ下や中盤で試合を作るイングランド【20】では役割が違うだろうに……』
あきれたような顔を俺に向けるモレイラさん。しかし、ポジションが違えど上手いやつを見たら真似したくなるんだから仕方がないのさッ!
『俺だってドリブル得意なんだ。同じことができるはずでしょ? 』
『まぁお前が上手いのは認めるがな……。どうせ5日後には直接戦えるんだ。今から気合を入れるのはいいが、試合に向けての調整もしっかりするんだぞ』
モレイラさんさんは母さんみたいなセリフを言うとホテルへ戻っていった。
『決勝戦が控えてるんだからそれくらい俺でもわかってますよぉ……』
敬語も使えない年少の俺が心配なのはわかるがちょびっと心外だなと思うエドゥアルドであった。
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