9 オリオンの綱の解かれし後
ジョナが嫌がったことは、崩壊の時の近い人類の各都市に対して警告を発し、立ち返れと伝える使命だった。だが、彼は不遜な身であると自らを唾棄し、全てを無視して逃げ出したのだった。だが、彼が今まで耳にしたこと、また目にしたことは、彼が無視するにはあまりに深刻だった。そして、幼い彼が記憶するはずのない高度な歴史、それも深刻な人類滅亡への知識を、夢で見た光景として思い出したのだった。それは、彼がかつて月の地下都市にある図書館で学んだ今までの地球人類の、ここに至る歴史だった。
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本来ならば、それは10万年先のはずだった。だが西暦11593年、明帝国が東瀛による侵略と皇位簒奪とにより煬帝国へと変質したとき、煬帝国成立に対する怒りが発せられらかのように、天上のベテルギウスが超新星爆発を起こした。530年後、その侵略と支配が世界全体へと及ぼうとしつつあった時、オアハカの地の深海底に設けられたニュートリノレーダーは、オリオンのベテルギウスが一年後に超新星爆発を起こす兆候を捕らえていた。さらに、ベテルギウスに対して続けられた観測結果は、不都合なことを告げた。それは、超新星爆発の衝撃がベテルギウスの自転軸を地球へと捻じ曲げたことだった。それは、超新星爆発の光と同時にもたらされたガンマーバーストによって、数か月の間陸の大部分が焼かれ不毛の地となるというものだった。さらには、数年後には準光速衝撃波によってほとんどの海水が吹きとばされ、地上の環境が一変するという壊滅を予測する預言でもまった。
一度は旅団によって滅ぼされた煬帝国だったが、白頭山より復活した。彼らは月にまで都市を建設し、自由主義の下にあった旅団や多くの国々を征服し、被征服国の国民たちや反体制派の民衆たちを月で強制労働をさせ、月の地下都市建設を急がせていた。地球では旅団の崩壊後、ただコロンビア連邦のみが抵抗をつづけていた。彼らは、啓典の主による預言をもとに、深海への小規模な都市建設をし始めていた。
そして・・・・・。ベテルギウスの超新星爆発のニュースに人類社会が飽きた頃、オリオンの綱が準光速衝撃波として解き放たれた。
これらの情景は、黙示録の八章に記載された第一~第四のラッパの預言として説明されていた。
「第一の御使いがラッパを吹き鳴らした。すると、血の混じった雹と火とが現われ、地上に投げられた。そして地上の三分の一が焼け、木の三分の一も焼け、青草が全部焼けてしまった」(黙示八・七)
地球人類の頭上に最初に降り注いだのは、ガンマ線バースト(雹)だった。大気圏を貫いたガンマー線は、大陸を焼いた。それは、高緯度地方や深い谷あい、氷河の下などを除き、地上の三分の一が焼かれ、低緯度地方を中心にした青草は全て焼かれてしまった。また、文明のあった高緯度地方の都市と緑もまた、全てがガンマ線によって焼かれてしまった、という。
「第二の御使いがラッパを吹き鳴らした。すると火の燃えている大きな山のようなものが、海に投げ込まれた。そして海の三分の一が血となった。すると海の中にいた命のあるものの三分の一が死に、舟の三分の一も打ちこわされた」(黙示八・八~九)。「第三の御使いがラッパを吹き鳴らした。すると、たいまつのように燃えている大きな星が天から落ちてきて、川々の三分の一とその水源に落ちた。この星の名は苦よもぎと呼ばれ、川の水の三分の一は苦よもぎのようになった。水が苦くなったので、その水のために多くの人が死んだ」(黙示八・一〇~一一)。「第四の御使いがラッパを吹き鳴らした。すると太陽の三分の一と、月の三分の一と、星の三分の一が打たれたので、三分の一は暗くなり、昼の三分の一は光を失い、また夜も同様であった」(黙示八・一二)。
数年後、遅れてやってきた準光速衝撃波によって、ある部分の緑は生き残ったものの、海面下7000メートル以下の海溝にしか海水は残らなかった。大陸部にはベテルギウスから襲来した隕鉄群や放射性物質群が大量に降り注いだ、という。それらは、ベテルギウスの超新星爆発に由来する生成物群の放射能物質だった。またそれらは大量の土砂を成層圏に巻き上げた。放射性物質は大陸だった部分の広い範囲に堆積した、と記録されていた。
「彼らは、地の草やすべての青草や、すべての木には害を加えないで、ただ、額に神の聖霊による印を押されていない人間にだけ害を加えるように言い渡された。しかし、人間を殺すことは許されず、ただ五か月の間苦しめることだけが許された。その与えた苦痛は、さそりが人を刺したときのような苦痛であった。その期間には、人々は死を求めるが、どうしても見いだせず、死を願うが、死が彼らから逃げて行くのである」(黙示九・四~六)。「底なしの淵の使いが頭目となっているイナゴの姿の尻針による苦しみ」「炎、紫、硫黄の色の胸当てを付け、獅子の頭のような馬に乗り、これらの三つの災害、すなわち彼らの口から出ている火と煙と硫黄とのために、人類の三分の一は殺された」(黙示九・一八)。「七つの鉢の災害」(黙示一四・一九)「第一の御使いが出て行き、鉢を地にむけてぶちまけた。すると、獣の刻印を受けている人々と、獣の像を拝む人々に、ひどい悪性のはれものができた」(黙示一六・二)。「海は死者の血のような血になった。海の中のいのちのあるものは、みな死んだ」(黙示一六・三)「第三の御使いが、鉢を川と水の源にぶちまけた。すると、それらは血になった」(黙示一六・四)。「太陽は火で人々を焼くことを許された。こうして人々は、激しい炎熱によって焼かれた。しかも彼らは、これらの災害を支配する権威を持つ神の御名に対してけがしごとを言い、悔い改めて神をあがめることをしなかった」(黙示一六・八~九)。
巻き上げられた大量の土砂は、川と海を汚染のたまり場とし、降り積もった放射性物質は化け物のような虫たちを生み出した。これらが市場と農業を含む生産活動に大混乱をもたらし、生産活動に参画していた者たちに大きな衝撃と苦しみを与えた。また、虫たちは高温化した地上で人間たちを苦しめるものとなった。
これらがもとで経済の混乱がもたらされたものの、赤地に黄の紋章と下部の紫帯の旗を掲げた帝国の支配機構は、帝国中のいや世界中の民衆たちを力によって弾圧した。そうなると、現実から逃げ出す者たちや若者たちは、刹那的に巷に溢れて飲み食いに大声で騒ぎ続けた。それらの活動が彼らにもたらしたものは、アルコールや薬への依存症。それが疼痛や筋肉痙攣、眼球不穏などの症状になって表れていた。街に正常な者は誰も残っていなかった。さらには、統制力を一気に把握した帝国は、彼らの掲げる主義への崇拝と従順を求めた。
「彼ら(異邦人)は、聖なる都を四二か月の間踏みにじる」(黙示一一・二)。「獣」(悪の独裁者)
「獣の国は暗くなり、人々は苦しみのあまり舌をかんだ。そしてその苦しみと、はれものとのゆえに、天の神に対してけがしごとを言い、自分の行ないを悔い改めようとしなかった」(黙示一六・一〇~一一)。「(大ユーフラテス川の)水は、日の出るほうから来る王たちに道を備えるために、かれてしまった。・・・・彼ら(悪霊)は、ヘブル語でハルマゲドンと呼ばれる所に、王たちを集めた」(黙示一六・一二~一六)。
帝国は、パレスチナを含む中東の地まで版図を広げた。だが帝国のもたらしたものは、災害と疫病、水源汚染、海洋汚染、温暖化の激化、パンデミックだった。それらの事象は、人間たちの謙虚さを奪い、頑迷さのゆえに帝国は独裁専制国家へと変わり、人権弾圧と戦争の道へと突き進んだ。それはかつての自由主義国家の地域はもちろん、啓典の地であった中央アジアから東アフリカ地域一帯一路へと版図を伸ばした。
「大きな地震があった。この地震は、人間が地上に住んで以来、かつてなかったほどのもので、それほどに大きな強い地震であった。また・・・・大バビロンは、神の前に覚えられて、神の激しい怒りのぶどう酒の杯を与えられた。島はすべて逃げ去り、山々は見えなくなった。また一タラント(約三五キログラム)ほどの大きな雹が、人々の上に天から降ってきた。人々は、この雹の災害のため、神にけがしごとを言った」(黙示一六・一八~二一)。 「その時には、世の初めから今に至るまで、いまだかつてなかったような、またこれからもないような、ひどい苦難があるからです。・・・・太陽は暗くなり、月は光を放たず、星は天から落ち、天の万象は揺り動かされます」(マタ二四・二一、二九)。
「また、見ていると、小羊が第六の封印を開いた。そのとき、大地震が起きて、太陽は毛の粗い布地のように暗くなり、月は全体が血のようになって、天の星は地上に落ちた。まるで、いちじくの青い実が、大風に揺さぶられて振り落とされるようだった。天は巻物が巻き取られるように消え去り、山も島も、みなその場所から移された。地上の王、高官、千人隊長、富める者、力ある者、また、奴隷も自由な身分の者もことごとく、洞穴や山の岩間に隠れ、山と岩に向かって、「わたしたちの上に覆いかぶさって、玉座に座っておられる方の顔と小羊の怒りから、わたしたちをかくまってくれ」と言った。神と小羊の怒りの大いなる日が来たからである。だれがそれに耐えられるであろうか」(黙示六・一二~一六)
帝国が啓典の地からコロンビア大陸の連邦へとその版図を伸ばしたとき、最後に到達したのがベテルギウスから遅れて襲来した大岩石群による衝撃波だった。その衝撃波は、大地震をもたらし、大津波が生じ、また、全ての水が熱によって蒸発して分解され、地球上の水が決定的に喪失してしまった。もちろん、その時までには帝国とその周辺の諸国、中南米諸国はそれを予測して、急ぎ地下三千メートルの深さに地下都市を作りあげた。
確かに、地下都市は最も工事が簡単な地下トンネルだったが、岩の重量による圧壊の為、深くは出来なかった。やはり、これらの都市は最後の衝撃波が地上を襲った際に壊滅した。
ベテルギウスの衝撃波のあと、地球上に残された水は、海溝部に湖水として残留した海水のみだった。残った大気は酸素、岩石圏から噴き出した硫黄ガス、二酸化炭素などだった。大気圏は従来より濃くなったものの、元の大陸であった大山脈や大高原は、乾燥に耐えて移動する食獣植物や神邇たち、人間たちの戦争の際に人間に代わって戦った生物兵器である鬼の闊歩する世界となっていた。なお悪いことに、その鬼たちの魂は、帝国の時代に輪廻の呪縛に囚われて輪廻を繰り返した人間たちであり、彼等はまだまだ輪廻を繰り返す魂だった。
そして、千年がたとうとしていた。月に生き延びていた民たちは、再び地上に目を向け、地上を救う使命を感じていた。千年間、地殻の動きがあまりなかった海溝部の各都市は、再びマントルの潜り込みによって、終わりが近かった。彼らを救うには、やはり黄泉の世界であるといっていい鬼の闊歩する領域をも顧みる必要があった。海溝部の深い谷に生きる人類のみならず、鬼の闊歩する大高原も、全てが黄泉の世界であり、魂の救済を実現しなければならなかった。