5 ジョナとアヴァチャイト鉱石
それは、どこかで見たことのあるような特殊なガーネットだった。その中の小さな一つが、ジョナを捕らえた。と言うより、ジョナの心にしっくりくるオーラを共鳴させる特殊なガーネットだった。そして、その隣には、アカバガーネットがあった。
誰かが小さくジョナの耳元でささやいたようにきこえた。だが、ジョナが周りを見渡してもそんな人物は見えなかった。
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アヴァチャ火山調査団のベースキャンプは、アヴァチャ火山に近いカムチャッカの谷筋に設けられていた。ジョナは、母親代わりのナスターシャが長く不在にしていることもあって、アダク調査団の帰還が待ちきれなかった。アダク調査団は、カムチャッカの谷筋沿いに帰ってくることはわかっていた。それゆえ、彼はアヴァチャ火山調査団に同行させてもらい、アダク調査団が帰還する際に通るであろうベースキャンプに同行させてもらっていた。もちろん、ベースキャンプどまりであり、カムチャッカ高原まで登ることはかなわぬことだった。
そして、予想通り、ジョナがベースキャンプで待っているある日の夕刻に、帰路についていたナスターシャたちアダク調査団が合流したのだった。
「母さーん」
ジョナはナスターシャの姿を遠くに見出すと、大声を出しながらアダク調査団の方へ走り寄っていった。
「ここまで迎えに来てくれたのね。でも、どうしたのよ? 寂しかったの?」
「会いたかったんだ」
ジョナは小躍りしながらナスターシャの両手をつかんで大きく振った。それに応じるナスターシャも、血のつながらないわが子の喜びの表情に、ほほ笑みを返していた。
ナスターシャは、アヴァチャの状況分析の内容が気になっていた。ジョナとの再会の喜びに浸りながらも、彼女はすぐに会議の場へと帰っていった。ジョナは母親との再会を済ますと、もう何もやることがなかった。彼は、アヴァチャ火山調査団のベースキャンプに戻っていった。
ベースキャンプには、調査団一行も会議に間に合わせるように戻って来ていた。その興奮に影響されたのか、ジョナの頭の中に何かが共鳴しているかのようないくつかの言葉が浮かびはじめた。
「念波? いやちがう」
「ヤーヴ粒子」
「エロイム粒子」
「そう、アカバガーネットとアバチャイトガーネット」
ジョナは、自分の心に浮かんでははっきりと響く、しかしとりとめのない言葉に驚いていた。しかも、それらの言葉の発音は不思議に口になじんだ違和感のないものであり、心にそれらの具体的なイメージを再現していた。
さて、カムチャッカ大山脈は、その周囲の高原の上に火炎地帯ともいえる火山帯が広がり、無数の火山がひしめいていた。クートゥからのアヴァチャ調査団は、すでにその一つの火山列を構成するアヴァチャ火山 またの名をアヴァチンスカヤ火山、そこに古くから伝えられていた大洞窟での調査を終えていた。それゆえ、ベースキャンプの大きなテーブルには、彼らがアバチャ火山の大洞窟から採取したアヴァチャイトと言われる様々な結晶鉱石が並べられていた。ジョナは留守番のご褒美に、それらの結晶鉱石を間近に見ることが許されていた。だが、彼が見出したのは、捨てられていた収集袋だった。
彼は、捨てられていた収集袋をもらい受けると、外の岩陰にこもって持ち出した収集袋の中をを観察しはじめていた。袋の奥には二つの小さな結晶石が光っていた。それは、どこかで見たことのある特殊なガーネットだった。その中の小さな一つが、ジョナを捕らえた。と言うより、ジョナの心にしっくり共鳴する特殊なアヴァチャイトガーネットだった。そして、その隣には、アカバガーネットがあった。
「ヤーヴ粒子」
「エロイム粒子」
「これは、アカバガーネットとアバチャイトガーネットだ」
先ほどと同じように、誰かが小さくジョナの耳元でささやいたようにきこえた。だが、驚いてジョナが周りを見渡してもそんな人物は見えなかった。
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カタリと言う足音に、ジョナは驚いて後ろを振り向いた。それはナナだった。
「その石は不思議だね。あなたが近づくと何かを響かせている。聞こえないけど感じられる響き......たぶん、あなたと僕がここにそろったから響いたのかもしれない」
ナナのいきなりの指摘はジョナを戸惑わせた。
「君は誰?」
「あ、いけない。僕は戻るね」
そう言って、ナナは岩陰から飛び出して行ってしまった。
ナナはレビの元に戻ると、レビがうなづいていた。
「ジョナにあったんだね」
「うん、会えた。それに彼の目の前にあった鉱石も不思議な響きが感じられた。すべておじいさんの言う通りだね」
「それを確かめられたのであれば、これからは慎重に行動しなければいけないよ」
「ええ」
「それなら、後で、君のためにアカバガーネットを手に入れておいてあげるよ」
それを聞くと、ナナはまた眠ってしまった。そして、彼女の眠りはクートゥに着くまで続いた。
ジョナは二つのガーネットを手に取ると、ナナを追って外に飛び出した。だが、一瞬遅くナナの姿はなかった。手許では、先ほど目の前で不思議な共鳴を起こしたアヴァチャイトガーネット、そしてアカバガーネットがまだ光を残していた。不可解に感じながら、彼はそのまま自分のテントへと戻っていった。彼は寝ころんで様々に考えようとしたものの、先ほどのナナの姿と二つのガーネットについての答えが得られるわけでもなく、ただそれらへの思いがしばらく彼の心を占領して頭から離れなかった。
次の日、二つの調査団はともにクートゥへ戻った。二つの調査団はそれぞれに忙しくなった。アヴァチャ調査団はカムチャッカ高原へもぐりこむ天皇海山系列由来と思われる岩石を選別することに成功していた。その分析の結果、カムチャッカの谷筋全体をまきこむ大きな地殻変動が、近々あることが分かった。他方、アダク調査団はアダクの崩壊が地殻の大きな動きを示す兆候だと結論した。これらのことが分かってから、クートゥの政治局のナスターシャたちはクートゥを含むカムチャッカの谷筋一帯を放棄することを検討し始めた。
「アヴァチャイトの各岩石から、ケイ素に富む組成が確認されました。おそらく天皇海山系列がカムチャッカ半島に沈み込み、そこから補給されたケイ素に富む流体が混入することになり、マントル岩石を様々な組成のマントル岩石を変性させ、多様なマグマが生じていることが明らかです。その変性の様子から、天皇海山系列の潜り込み方がわかります。つまり、クートゥを含むカムチャッカ一帯での次の大地震の時期が予測できたのです」
アヴァチャ火山調査団の団長が青白い顔を見せながら、訴えていた。ナスターシャはそれに目で応えると、アダク調査団がアダク崩壊と周囲の地殻変動の様子を報告した・
「我々がアダクを脱出した後、マグニチュード10以上の地震がありました。アダク一帯は、その地震で、地中に飲み込まれるように消滅しています。空中からの観察で見ても、明らに地殻変動によって飲み込まれたのです」
「それが生じたとすると、同じプレートですからこのクートゥ辺りも滅びの時期が近い、と?」
「クートゥばかりではありません。おそらく千年紀のの終わりが近いと思われるのです」
その指摘に、ナスターシャはみずからの生を振り返った。
「私は何のためにここにいるのか」
それを思った時、彼女は自分について何者なのかを考えていた。だが、ナスターシャにとって彼女は彼女自身以外の何物でもないはずだった。