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4 ナナ レビの知り合い?

 ナスターシャ達調査団がナナを発見した際に、レビは苦労しながら記憶をたどり、やっとのことで語り始めた。ナナを知るアダクの者たちが全ていなくなったこの時、彼しかナナについて事情を語れる者はいなかったからでもあった。


「この子供は顔つきからナナに違いないとおもう。この子をトカゲがアダクに連れて来たんだ。そのトカゲが言っていた。『ナナを見つけたのは、高くそびえるカムチャッカ高原のさらに高い火山の中だった』と。ナナを閉じ込めていた悪魔は、留守にしていたらしい。トカゲが言うには、突然に『空から船が降って来た』と叫んで慌てて出ていったという。トカゲは、その悪魔がその留守の間に忍び込み、ナナを閉じ込めていた部屋から助け出したのだそうだ。助け出した後は、トカゲはナナを連れて人間の住む領域を探して彷徨った。アダクに到達できたのは彼らにとっても奇跡だったのだろう。そして、アダクには敬虔で親切な人間たちが居た。トカゲは彼等にナナを任せると、去っていったという。『冬が近いので』と言い残して、ね。そのあと、ナナはアダクの一員になった。アダクの一区画に住んでいたネイティブアメリカンの一族に預けられて......。顔つきが彼らに似ていたかららしい」


 だが、レビはナナのことをすっかり忘れていたという。それも、彼がアダクを出てからカムチャッカのクートゥに行き再びアダクに帰還するまで、その子供がまるで彼に関係のない存在であるかのように感じていたという。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 冷え切った店内を捜索し尽くしたナスターシャたちが行き着いたのは、人の身じろぎする音の聞こえた警備員室だった。そこは窓が曇るほど暖かだった。そこに寝ている子供は9歳前後だろうか。その子供を発見してしまっては、それを放置してそこを離れるわけにはいかなかったのだろう。

「この子はここに逃げてきていたのね。やっと見つけたわ。....」

 ナスターシャは独り言のように感慨のこもった謎の言葉を発すると、ナナを抱き上げた。そして、目覚めたナナをレビにあずけ、レビにナナを一行に同行させるように指示した。

「レビ、貴方はアダクの住民だったわね。それなら、あなたがその子を、ナナと言う名前だったわね、抱いて連れてきて」

「しかし、我々の食料が彼に合うかどうか」

 横からナスターシャの部下である政治局員補佐アレクセイが指摘した。それに同意するようにナスターシャが答えた。

「確かに、私たちの食料は乾燥食物だからね」

「幸い、この子はこの食料マーケットの食料で今までも暮らしているし・・・・」

「まさか、この子をここに放っておくわけ?」

 ナスターシャはあきれたという表情でアレクセイを見つめた。

「いえ、我々の食料ではこの子を養えないということです」

 アレクセイの指摘に、横からレビが口を出した。

「それなら、この食料マーケットからこの子のための食料を調達したうえで、この子を同行すればいいでしょう」

 ナスターシャも同意して、レビに指示を出した。

「そうね、それならあなたが彼の面倒を見なさいね。すでに枯れ切ったあなたなら安心して彼を任せられるわ」

 ナスターシャの指摘に、レビはあっと言って笑った。

「初めからそうさせるつもりだったんでしょ?」

 レビは、ナナの周りに広げられているからの包みを見て、食料マーケット全体をヒトめぐりしてくると、彼のザックいっぱいに衣類、肉類とナッツ類、ドライフルーツなどを詰めて戻ってきた。そのザックを背負いながら、ナナをひょいと抱えた。だが、なぜかナナは何かに束縛されているかのように、眠りから目覚めることはなかった。

「さあ、どうするんです?」

「早めにクートゥに戻った方がいいかもしれないわ。この子が眠り続けていることが気になるし......。まあ、ここにもう用はないから......。それに食料マーケットに食料があるのに、あの湖の跡で見たように、ネズミたちが街から脱出していなくなっているなんて、何か不気味だわ」

 そういうと、ナスターシャはアダク調査団全員をクートゥへの帰路に向かわせた。


 アリューシャンの谷筋からカムチャッカの谷筋におれる交差地点に達した時、アダク調査団を激しい揺れが襲った。

「ここはよく地震の起きる場所ですから・・・・」

「でも、それにしては縦波と横波の間隔があいている…・」

「遠いところの地震ね」

 彼らはクートゥに連絡して、アダクを空中無人機によって観察させた。すると、観察士官からイメージとともに報告が入った。

「谷筋が全て地中に埋まっています」

 市街地だったはずのところには、周囲の山から崩れた土砂が崩れ落ちていた。そればかりではなく、地殻そのものが市街地そのものを地中へ引き込んでいた。周囲の湖だったところまでも地中に引き込まれており、今までにない大規模な地殻移動がアダク周辺で起きていた。


「あの地震は、アダク周辺で起きたのね」

「測定された震度と土砂崩壊の規模、また画像の状況からすると、マグニチュード10程度になると思われます」

「有史以来、これほどの規模の地震は経験がありません。太古のチリ地震でも9・5の規模です」

「これは、新たな造山運動が始まったのでは」

 レビの指摘にナスターシャは反駁した。

「造山運動…、こんなに激しい地殻変動がこれからも続くというのか?」

「これは、今の千年紀の終わりでは?」

 レビは続けて指摘をした。ナスターシャは動揺しているのか、質問を繰り返した。

「千年紀とは? 何のことなの?」

「千年の平和な秩序が終わりを迎えているのでは、ということです」

レビは、相手が当然知っているだろうと言いたげに、言葉を繰り返した。しかし、ナスターシャはまだ戸惑っていた。

「それはどういう意味なの? あなたは知っているの?」

 ナスターシャはレビを問いただした。レビはその剣幕に戸惑いながら答えた。

「知らなかったのですか? 伝説にあったんです。平和な王国の千年紀が終わる時があるって。千年紀が終わりがもうすぐ来るって」

「千年紀? そんなことをあなた方は信じていたの?」

「確かに千年紀はあると私たちも信じてきました」

 アレクセイが戸惑いながら、レビに同意していた。だが、ナスターシャはそれに疑問を呈していた。

「その話は、私たちの先祖たちが言い伝えて来た単なる伝説でしょ? 確か、二人の証人が現れるというのもあったわね」

 ナスターシャは、時々部下や地域の住民たちに懐疑的でありなさい、全てに疑問を持つようにしなさいと、指導してきた。それがクートゥの住民たちに批判精神を埋め込んでいた。ただ、今まで、彼女の過剰な不信は行き過ぎているようにも見えていた。

「とりあえず、私たちのクートゥも警戒をした方がよいと思います」

 アレクセイがそう指摘した。ナスターシャはその指摘に黙ってうなづいた。


 クートゥはまだ先だった。調査団は、カムチャッカ高原のすそ野にある温泉湖のほとりに滞在した。街に戻る前に、彼らはアダクの状況の分析を完了する必要があった。分析によりクートゥの崩壊が近いという結果が出れば、街を放棄しなければならないかもしれなかった。

 他方、レビは眠り続けているナナを連れて、あてがわれたテントに落ち着いた。アダクを脱出して以来、アダクの住人だったレビがナナを世話をしているのだった。これから寝るまでにナナの世話をする時間だった。

 春から夏に移る時期であるため、日暮れは午後7時を過ぎたころなのだが、山影のこの地域では夕日はとうに見えなかった。ただ、この谷底から遥か雲の切れ目の上にそびえるカムチャッカの頂上と、さらにその上にそびえる火山群が、夕日に照らされるのが見えていた。

「カムチャッカ一帯はまだ安全なのかな」

 レビの脳裏には、来るべき動きの時への思いが浮かんだ。

「このまま、いつどのように迎えるのかは、啓典の父のみが御存じのことだったな」

 そんな祈りのような独り言を言いながら、レビはまどろんでいた。そこに、すすり泣きが聞こえてきた。ナナの声に違いなかった。ナナが目覚めようとしていた。だが、この子供は、まだ解放されてはいないようにも思われた。閉じ込められていた時の呪縛が、いまだに苦しみを与えているに違いなかった。

 そう思ったレビはテントの中に入り込み、うなされて泣いているナナの近くに潜り込んだ。

「もう大丈夫だ、もう大丈夫だ」

 その力のこもった声を聞くと、ナナは父親の声を聞いたかのようにレビに抱き着いた。

「父上......父上......」

 その呼びかけ方は、レビがどこかで聞いたことのあった求めの声。それがレビの老いた心を覚醒させ、また驚愕させた。だが、レビにできることは、ただナナの髪を孫のように優しく撫で、その涙をふきとってやるばかりだった。老いと無力感を感じたレビは、その場でナナと同じ言葉を口に出していた。

「わが天の父よ......父よ......」

 その呼びかけに応じて二人を守るかのように、ナナの髪に隠されたアラベスク模様の耳飾りから、光が現れた。ナナは認識していないのだが、その光はテントの中を満たしてナナの身体を強く守っていた。ただそれはテントの中を照らすのみであり、外には漏れることがなかった。また、周りの人間たちにその光が知られることもなかった。

 闇が濃くなりつつある空を確認すると、レビは温泉湖畔の一角に湯船のようなスペースを作り上げた。使い勝手を自ら確認した後、彼は眠ったままのナナを抱き上げ、下着のまま湯あみをさせた。久しぶりの湯あみであったこともあり、ナナは眠ったままではあっても無意識に手足を伸ばして、お湯の中に浸っていた。


 次の日、ナナがアダクの警備室以来ようやく永い眠りから目を覚ましていた。その時のナナの目の前には、横になってナナを見守るように居眠りしている、見慣れたオーラを感じさせる老人の姿があった。

「あ、あの、おはようございます」

 ナナの声はためらいがちだったが、はっきりした声でレビに挨拶の言葉をかけた。

「ここはどこなんですか?」

 それにこたえるように、レビは静かに目を開けた。

「あなたは今までずっと眠っていたからね。わからないのも無理はないですね」

「ここはどこなんですか? アダク......ではないですね。僕は、なぜここにいるのでしょうか?」

「ナナさんだったよね。あなたは眠っている間にここまで来たんです。アダクは......地の中へ飲み込まれてしまったんですよ」

「僕......」

「いや、何も心配する必要はないでしょう。あなたには明らかに何らかの守り手が働いている様子ですね.......。さて、今、私たちはアダクから撤収して、クートゥに帰る途中なのです。アダクで見つけられたあなたは、ここまで連れてこられたのです。あなたの世話係として、この私があてがわれました。これから、あなたと私は一緒に行動することになるのですが......」

「え? あなたは誰なんですか」

「私は、レビ。 レビ アイアサンと言う枯れた爺です」

「レビ......?」

 ナナはレビをしばらく見つめながら何かを思い出そうとしていた。

「僕はあなたを知っているかもしれない......」

「そうかもしれませんでしょうな。でも、そのことは心の奥底に隠さなければなりませんよ......。私は閉じ込められていたあなたをアダクにお連れしました。私はもともとアダクの住人でしたから......。そして、この調査団とともにアダクに行った時も、私があなたをお迎えしたんですよ」

 レビは、そうナナに優しく答えた。ナナはレビの低い声になぜか懐かしく安心をするのだった。

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