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28 招かねざる客

 歓迎の宴会がたけなわのころ、族長のところに別の村からの火急の知らせが来た。

「マリアナから、大勢の人間たちがこの村へ向かっています」

「マリアナの鬼門を越えてこちらに来ているのか?」

 族長のナサナエルはそう質問しつつ立ち上がっていた。それに応じて族長付きの一人が頷きながら立ち上がった。

「ええ、そのようです」

「鬼門はどうしたのだ」

 

「最寄りの村の斥候によると、鬼門は破壊されているようです」

「鬼門が破壊された? お前たちは自ら破壊したのか」

 族長はそう自問しながらアンヘルとジョナを見つめ、ほかの三人を見つめて質問をしてきた。誰も答えようとしないため、アンヘルが父親の族長に答えた。

「私たちは鬼門を壊していません」

「じゃあ、どうやって鬼門を越えたのだ?」

「それはみんなが体を寄せ合って......」

「そうだな、あの鬼門の出入り口は3~5人が体を絡め合わせないと通れないはずだったからな」

「そう、なるべくみんながそれぞれ絡め合わせないといけなかったのよ。だから、ジョナが私を抱きしめてくれて...」

 ナサナエルの顔色が、緊張から苦笑に代わり、そして突然大声を出した。

「この男がお前を抱きしめたのか......」

 次の瞬間、ナサナエルは逃げようとしたジョナの襟首を捕まえていた。

「ジョナ、お前、アンヘルをどうやって抱きしめたのかね?」

 ジョナがためらいつつジェスチャーをすると、ナサナエルの顔色が赤く染まり始めていた。

「そうやって触ったのか。俺は触らせてもらえないのに」

「お父さん! 今そんなことを言っている場合ではないでしょ?」

 アンヘルが父親の腕を振り払い、ジョナの前に立った。ジョナはアンヘルの背中に隠れて取り繕うように、脱出の際の爆発について説明を始めた。

「私たちが峠を越え切る直前に詛読巫(Sodom)が火を噴いて、マリアナの谷全体が爆発したのです。街から広がる炎は周囲のオイルタンクを爆発させ、炎は周囲の森林や農場をなめるようにして広がりました。湖さえも湖底から水を統べて吹きとばすようにして蒸発しました。多分、その勢いで鬼門も破壊されたのではないかと思います」

 この説明にナサナエルはわれに返り、背後に控えていた付き人たちの男女たちを振り返った。

「おそらく、詛読巫(Sodom)が破壊された際に逃げ出した者たちが大勢いたのだろう。おそらく、王族と神殿長たちだろう」

 その分析に、付き人の一人が追加した。

「王族は親衛隊を伴っているはずです。ある程度の武装集団であると考えたほうがよろしいかと存じます」

「そうか、それならそれなりの策を弄しつつ迎えなければならないな」

 その時、二番目の知らせが入った。族長の村の門番からだった。

「族長、約1000人ほどの集団が村の入り口まで来ています。『代表を出せ』、『村へ入れろ』と要求してきています」


..................................


 集団はすでに村の中央広場まで入り込んでいた。知らせがあった通り1000人の集団ががやがやと言いながら思い思いに座り込んでおり、その最前列に王族と思しき男たちがいた。ナサナエルやアンヘルたちが駆けつけると、その姿を見た王族の一人が立ち上がった。

「私は詛読巫の王族の代表ビルシャナだ」

「あなたたちは、あの災害から生き延びたのか?」

「そうだ。正確にいえば、生き延びたのではなく、我々の守護であるコントラクターたちに救われたのだ」

 それを聞いたアンヘルは、ナサナエルの傍を離れてジョナの近くに走り寄った。ナサナエルはそれを不可解に感じながらビルシャナに向かって問いかけた。

「私たちはあなた方がここへ追い出した人間たちだ。その集団を頼るのか」

「頼る? 何を言うのかね。たよってなぞおらんよ。私がここへ住むと言っているのだ 誰の許可もいらないね」

「この土地にあなた方が住むというのですか。私たちを追い出しておいて、今更私たちと一緒に住むというのですか」

「一緒に住む? 何を言うか、このヤップの地はマリアナの地と同様にコントラクター微鬼様の守護の下にあるのだぞ。つまり我々王族の土地だ」


 大声でやり取りをしている横で、アンヘルが急いでジョナに耳打ちをしていた。

「コントラクターというのは、詛読巫のあの儀式で捧を受けた神々だわ」

「神々?」

「そう、その神々への儀式を拒んで追い出されたのが、ヤップの私たちなの......」

「拒んだ?」

「そう、私たちは啓典と呼ばれる書物から、コントラクターたちがあがめるべき対象ではないとして、拒んだのよ」

「じゃあ、君たちは......」

「私たちのあがめる神は、啓典の教えに基づいて言葉を私たちにくれた方なのよ」

「ことば?」

「聞いたことがあるかしら…・・『あなた達は私が示す地に行きなさい。あなた達の行く手に立ちはだかるものはないであろう。私は、モーセとともに居たようにあなたとともにいる。あなたを見放すことも、見捨てることもない。強く、雄々しくあれ』という言葉よ」

「そ、それって」

「その言葉で、私たちはヤップまで来ることが出来たのよ」

「その土地を、彼らは力で奪おうというのか?」

「どうやら向こうはその気らしいの」


 大声のやり取りは続いていた。

「微鬼の守護の下にある地? 王族の土地? それはおかしいのでは」

「王族を前にして、そのような不敬なことを言うのかね」

「逃げてきたあなた方が、そのようなことを言うのかね」

「逃げてきた? 微鬼様に救われたのだ!」

「どう見ても、大災害から焼け出された避難民にしか見えませんがね」

「ぶ、無礼な。そんなことを言えるのかね。我々の集団がどのように見えるのかね。加護と武力を持たずにここまで来ていると思うのかね。恐れ多くもコントラクターのご加護を受けた王と軍勢だぞ」

 ヤップの村々には門番程度の警ら組織はあった。しかし、目の前の連隊ともいえる隊列の圧力を受け、ナサナエルたちの抵抗は、ここまでがやっとだった。

「それで、あなた方は何をお求めなのでしょうか」

「ここをあけわたせ。ここの土地はとても住みやすそうだ」

「私たちを追い出すのですか」

「おいだす? ここにはもっと土地があるだろう、どこへでも行けばいいではないか」


 ジョナは自分たちもまたここで追い詰められていることを感じていた。それがジョナにとって一番我慢ならないことだった。

「まってください」

 ジョナはナサナエルたちよりも前に飛び出してビルシャナをにらみつけた。ビルシャナもまたジョナの姿を見て驚愕のまなざしとなった。ジョナはその怯えた視線を確認しながら、さらに一歩前に出た。

「我慢なりませんね。あなた方のやっていることは追い出すこと以外の何物でもないではないですか」

「お、お前は音の刃を使った少年......」

「ビルシャナ、そは詛読巫(ソドム)(Sodom)の衛星都市、伍裳羅ゴモラ(Gomorrah)の王の名。あなたは加護を受けた王。つまりあなたの一族は加護を受けた王族すなわち祭司の一族でもあったのですね」

「そうだ、私こそ詛読巫(ソドム)(Sodom)の第一衛星都市、伍裳羅(ゴモラ)(Gomorrah)の王、つまり大祭司たる王の第一の副祭司だ」

 ジョナは相手が「大祭司」という名を口にしたことで、突然今までに感じたことの無い怒りに囚われた。

「『大祭司』を口にしたな。僕に行くべき道を指し示す言葉をくれた方を汚したな。私や私の愛する者、仲間たちを追い立てるだけなら許しもしよう。しかし、今、その名を出すなら、今ここで私があんた方一切をここで消し去るぞ」

「わ、わかった」

 ビルシャナは明らかに狼狽していた。

「私の言ったことを取り消す。そうだ、名も、要求も。ただ、お願いをしたい。私たちをここで受け入れてほしい。生活させてほしい」

 ジョナはそれを聞いても許そうとはせず、その怒りのままに力の言葉を口にしようとした・

「下がれ......」

「いや、お待ちください」

 突然にジョナを遮ったのはアンヘルとその父ナサナエルだった。

「ジョナ、待って」

 アンヘルの声にジョナは動きをとめざるを得なかった。

「ここはヤップの天裂地羅ティアテラ)(teer terra) 。ここで権限があるのは私の父よ」

 アンヘルの言葉に続いて、ナサナエルが言葉をつづけた。

「ここは、天裂地羅ティアテラ)(teer terra) 。愛と忍耐を旨として啓典の主を崇める民です。私たちは彼らを受け入れるのです。だから、彼らのお願いを受け入れるのです」

 ジョナは黙らざるを得なかった。こうして、天裂地羅ティアテラ)(teer terra) の下に御裳羅(ゴモラ)そして詛読巫(ソドム)が生きながらえることとなった。


「そうか、やっぱり僕には関係がなかったんだ。ヤップの村の意向なんだ。僕には関係ない」

 ジョナはそう言って再び心を、未来へ思いを閉ざしてしまった。

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