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26 詛読巫(Sodom)の炎 

「ジョナ、ありがとうね」

 鬼門を越えることに創意工夫を重ねた疲れなのか、安心からなのか、5人は鬼門から少し離れた岩陰で小休止をしていた。もちろん、発見されぬように光を消すと、辺りは星明りも届かない漆黒の闇の中に沈んだ。

 暗闇であることを幸いにして、イワンとミラの二人が安心したのか言葉にならないやり取りをしているのが聞こえた。彼ら二人はとても仲がいいこともあって、たぶん儀式で見た大人たちの絡み合いに刺激を受けたのかもしれない。他方、アンヘルはジョナと手をつないだまま語り合っていた。

「いいえ、僕こそ学校でいろいろと教えてもらい、助けてもらったから......」

暗闇の中とはいえ、ジョナはアンヘルの声と息遣いに緊張して、返す言葉数は少なく、しかもこわばっていた。それでもアンヘルの手を握る自分の手に汗をかいていることが気になり、かといって手を離すことでアンヘルを拒否していると思われることが嫌だった。アンヘルも、ジョナが3歳も年下の少年であることを忘れてしまい、妙に緊張していた。

 ナナはこれらの状況が長引くと逃げる機会を失いかねないと考えていた。だが、声をかけることが野暮に感じられ、なかなか声を出せなかった。

「あ、あの、みんな......」

 声をかけてもイワンとミラの衣擦れの音はやまず、ジョナとアンヘルとのぼそぼそという会話も続いていた。

「そろそろ、出発しないといけない」

 そういうと、ジョナにオベリスクの明かりをともさせた。すると、まぶしそうにオベリスクの光を見つめるアンヘルの顔の向こうに、慌てて衣服を直そうとするイワンとミラの姿が浮かんだ。ナナは嫉妬心からか、気を取り直すためか、咳ばらいをしながら改めて声をかけた。

「さあ、出発しましょ。まだ先は長いよ」


 こうして、5人は鬼門を後にしてヤップの谷への峠の最高点が見えるところまで到達した。その時、マリアナの谷の底から突然まばゆい光が発した。気づいた5人が振り返ると、背後のはるか下、眼下の漆黒の闇を通して、火の妖精のような揺らめきが踊り狂っていた。

「あれは?」

「詛読巫(Sodom)の方角、いや詛読巫の街が燃え上がっている」

「いったい何が起きたんだ?」

「ここからでは何が起きているんだか、はっきりわからない」

 初めに火の手が上がったのは、神殿のあった都市中心部らしかった。天から神殿へと小さく鋭い青白い2本の光が何度か貫き、同時に辺りを火の海にした。その火が次第に周囲の高層ビル群に燃え移り、やがて高層ビルのいくつもが、崩れ落ちるようにして崩壊していった。崩壊した際の風は炎を拡大し、さらに火炎の渦を都市の周囲へと広げていった。ついには、詛読巫の燃料タンク群が誘爆し始めた。燃料タンクの中に溜められていた液化天然ガスや液体燃料、果ては各種の液体有機化合物は、タンクの爆発と同時にこぼれるようにして周囲の食料生産基地へと広がった。その上を、炎がなめまわす舌のようにして広がっていくと、ついには遥か北から足元の峠の麓下までの谷全体が、火炎の怪物に包まれていた。

「ここにとどまっていては危ない。そのうちに炎がここまで押し寄せて来る」

 ナナの指摘にほかの5人は慌てたように峠の最上部に駆け上がり、急いでヤップの谷へと駆け下りていった。


 しばらく駆け下りたところで、先頭を行くイワンとミラが立ち止まった。そのあとにナナが立ち止まり、イワンたちの後ろから前方を覗き込んでいた。そのあとからアンヘルとジョナが駆けつけた。5人の行く手には、次々と魑魅魍魎、百鬼夜行、そして羅刹族が大勢出現し始めていた。5人はただ大勢の妖鬼を目の前にして、言葉を失っていた。

 

 亡者たちは5人を睨みつけながらも、何かを待っているかのようにその場で整列しているだけだった。そしてついに、それら亡者たちを後ろにして二人の姿が現れた。

「再び会えたね」

「逃げようとしているのね」

 彼らは、マリアナ一帯の支配を敷いているコントラクター微鬼だった。かれらは、マリアナの谷に住まう精を依り代なしに呼び出して使いまわし、様々な事象を司る者達であり、マリアナの民たちから神々と崇められている微妲己と微王受の二人だった。

「あの二本の光の太刀は、あんたの技だろう。街を滅ぼすその所業、許されぬことをしたな」

 王受がジョナを睨みつけて大声を出した。ジョナは追い詰められたと思ったらしく、怒鳴り返していた。

「僕が、僕たちが何をしたというんだよ」

「あんたは私たちに対して二本の水の刃を向けた。そして、あの儀式の際にも両耳への二つの音の刃を使ったな。そして、あの二本の刃、儀式会場の神殿を貫いた刃もあんたがやったのだろう」

「水の刃も音の刃も、確かに僕のやったことだよ。でも、あの二本の光の刃は知らないよ」

「ほう、知らないというのかね。だが、逃げてからのあの破壊の技だ。あんたがやったに違いないさ。これまで、私たちにことごとく攻撃を仕掛けて来た。そして、この度は、私たちが大切にしていた民たちの都市を破壊した。これらが私たちへの敵対的攻撃でなくて何だというのだ?」

「敵対? それはあんたたちが先に敵対しているからだろ? なぜ僕たちを追い詰めるんだよ、なぜ追い立てるんだよ。僕は追い詰めて来るなら容赦しない」

 ジョナは怒りのあまり、論理的会話を忘れつつあった。ナナは慌てて微王受に向けて質問をぶつけた。

「なぜ、温泉施設で私たちを問い詰めたのさ? 問い詰める権利はないはずだよ。そして儀式へと私たち4人を参加させたのはなぜなのさ? 不特定多数が絡み合うあの儀式が悪でなくて、何だというのさ?」

「問い詰めたことか? 当然であろう。怪しい者と思えば警戒するのが当然だろう。儀式への参加を強制したことか? この谷の人間であれば、当然あの儀式に参列するはずだ。あの儀式が悪だというのかね? 私たちの民はみな喜んで身を晒しているではないか」

 そのいいぶりを聞いたジョナは、さらに怒りを発した。

「そんなことが理由なのか? 僕たちが怪しい? 邪悪なものへと強制されるのか? そうか、あんたたちは彼らの為した会館の渦と底の生じる生命エネルギーの共鳴を貪り食っている存在だったな。邪悪そのものだ。それなら僕が怒りのままに動いてもいいよね」

 ジョナは祭壇で怒号を上げた時と同じように、大声を上げた。それと同時に再び首に下げた鎌のアラベスク模様が光り始めた。そして、ガーネットまでが作動した時、発せられた二本の小さな光の刃が煌めき、魑魅魍魎、羅刹たちが一瞬にしてかき消えた。

「な、何をした? 私たちの眷属を・・・」

 微鬼が色を成した。

「そう、一掃したのだ」

 ジョナは怒りを発しながら答えた。それを聞いた微鬼が再び怒鳴った。

「それなら、この少女に報復してやろう。お前たちの最愛の友人だろ?」

 微鬼はミラへ向けて手のような影を伸ばした。イワンとナナが阻止しようと動いたが、一歩遅かった。その代わりにミラの近くにいたアンヘルが伸びようとする手の影を抱えて阻止した。それはミラの代わりにアンヘルの体を貫いて、そして消えた。

「アンヘル!」

 ジョナの悲痛な声が響いた。

「おのれ!」

 ジョナは怒りに震えて微鬼めがけて殺到しようとした。だが、微王受は憎しみを込めた表情を浮かべながらその場から消え去りつつあった。

「お前たち、私の眷属たちをいきなり亡き者にした者が、自分たちの仲間がやられると怒りを覚えたのだな。そうだ、いま私も怒っているのだ。私の眷属をいきなり亡き者にされたからな」

「お前らこそ、邪悪を正義と言い立てるその傲慢な姿勢で僕たちを追い立て、強制するからだ。お前たちに報復の権利はないはずだ」

「ほう、そうは言わせぬ。ここの支配者は私たちだ。私たちのいうことに従わない者に罰を与えただけだ。それに対して楯突くのがそもそも悪だ。せいぜい、私たちに服従しなかった報いを思い知れ」

 そう言って、微王受と微妲己は消え去った。


「アンヘル!」

 ジョナはアンヘルを抱き上げ大声を上げた。ミラとイワン、ナナも駆けよった。だが、アンヘルの声は消え入りつつあった。

「ジ、ジョナ。あなたは無事なのね? よかった......」

 アンヘルはそう言いながら、ジョナの前髪を触り、そして突然に脱力し目をつぶった。ジョナはアンヘルを抱いたままその場に座り込んでいた。


 突然背後からトカゲの声が聞こえてきた。その姿から次第に人の姿となって表れたのはレビだった。

「ジョナ、なぜアンヘルを巻き込んだのか?」

「レビ、ちょうどいいところに来てくれたんだね。彼女を救ってくれ。あんたならその力をもっているんだろ?」

 ジョナはレビの声も耳に入っていなかった。

「私の話を聞いているのか? なぜそのように自分の不十分な考えのままで動こうとするのか? なぜ周りのニーズを目にいれようとしないのか?」

「レビ、何を言っているんだ。今はそんなことはどうでもいいだろ? 辺留賀茂で龍と渡り合ったあんたならば、力を持っているんだろ? 彼女の命を救ってくれ!」

「ジョナ、確かに私は力を有している。しかし、それは啓典の主の意志に基づく代々の経綸に沿ったものでなければならない」

 二人の会話の横からナナが口を出した。

「レビ、その力があるなら、私からもお願い。アンヘルを救ってあげて。命をとらないで」

 ジョナばかりでなくナナまでが祈りを込めた懇願に、レビはアンヘルの額に自らの額を当て、アンヘルの体に自らの両腕を添わせ、天を仰いだ。その視線の先には、まるで天へ召されていくアンヘルの魂のように、光が天へと昇る姿があった。


 すでに半日が過ぎた。ジョナが抱き続けたアンヘルの体は徐々に体温を失いつつあった。イワンとミラは、アンヘルの亡骸を抱き続けるジョナに付き添いつづけていた。ナナはその姿を見つめ、天を仰ぎ続けるレビを見つめていた。

 

 レビが動いたのは、突然だった。彼の手がナナの肩に触れた。アンヘルの亡骸へと近づくと、レビはそのまま両手をジョナの肩に沿わせた。慰めの言葉が意味のないことをレビは知っていた。そうしてしばらく手を添えたまま、彼は祈りの言葉を口にした。

「慰めよ、私の民を慰めよと あなたたちの神は言われる。

エルサレムの心に語り掛け 彼女に呼びかけよ

苦役の時は今や満ち、彼女の咎は償われた、と・・・・・」

 その祈りの言葉が届いたのか、天へ上っていったはずの光が再び戻されていた。

「・・・啓典の主の栄光がこうして現れるのを肉なる者は共に見る」

 レビは、その言葉の終わりとともにアンヘルの上に両手をかざした。こうしてアンヘルは再び温かみを戻し、目を覚ましていた。


 目を覚ましたアンヘルを見た4人は、驚愕と畏怖の視線をレビに向けていた。レビはそれを受けたままジョナに近づいて指摘した。

「ジョナ、啓典の父があんたのために、願いを聞き入れたのだ。だが、あんたの願いが聞き入れられることはこれで終わりだ。二度とない......ジョナ、あんたはこのまま進むと再び同じ事態を招くぞ。その時には願うことはできない。あきらめるしかない。そのことをよく肝に銘じておけ」 

「何がいけないというんだよ?」

「ジョナ、この事態になったのはなぜか?」

「レビ、理由は明らかだよ。彼らが僕たちを追い立てたからだよ」

「そうだったのか? 私はレビだ。私は全ての事象を見続けている。ジョナよ、あんたは追い立てられるとすぐに怒って逃げようとする。その怒りがこの事態を招いたのではないのか? ジョナはその姿勢をいつまで繰り返すのか?」

「僕は、邪悪で傲慢な者に対抗しただけだ」

「冷静な考えも持たずにか。何が必要なことであるかをよく考えずに行動したことがこの結果をもたらしているのが、わからないのか」

 レビのその指摘に、ジョナは反発した。

「そうだ、確かに僕は逃げ出そうとして怒り狂った。それがいけないことかよ」

 そこで、レビは残念そうな表情を浮かべながらジョナに指摘した。

「お前の今のままの考え方を取る限り、再びこのような事態を招くぞ。そして、次回は失われたものを取り返すことはできないだろう」

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