24 詛読巫(Sodom)の巫覡の儀式
七月の最終講義の日となった。この日、全ての学年が大教室に集められ、詛読巫総論という基本哲学論のような科目の集中講義の最終日となっていた。要は心のありようが基本だという科目だった。
「詛読巫という名前は、此処の住人たちが全てこの学校の修了生であり、皆が詛読巫であるからなのです。それでは、詛読とは何でしょうか」
数百人を収容する大教室に、講師の声が響いた。だが、静寂に支配された大人数の学生たちは一人も答えられなかった。講師は不満そうな表情を見せ、誰に答えさせようかとスクリーンに表示させた学生名簿を漁り始めた。
「あなた、最高学年でしょ? そう、君が答えてみなさい」
講師の目の前に座っていた不幸な最高学年の一人は、立ち上がったものの十分に答えることが出来なかった。
「実技が出来ても、これでは心から儀式を盛り上げることが出来ません。このままでは、他の巫覡たちと体を合わせたとしても心を合わせられず、心と体を昇華した状態に持っていけませんよ。心と体を合わせることに持っていけないのは、もっていかないという否定の態度と同じです。否定するということと同じなら、ヤップの谷に追放された反対者たちと同じではありませんか」
講師は不満そうにさらに名簿を漁り続けた。
「ほほう、一年に久しぶりの派遣学生たちが編入されていたんでしたね。辺留賀茂(Pergamo)からの編入生たちですね。あなたたちが答えてみなさい」
講師は、ジョナたちが座る方へ腕を上げ、ジョナを見つめて立ち上がるように促した。
「さあ、若いあなたが答えてみなさい」
ジョナは戸惑いながらも立ち上がり、この世の儀式一般が持つ普遍的な意味を考察しながら、急いで考えをまとめた。
「この種の儀式の意味は、世界において普遍の意味を持ちます。それは、民衆を見守り導く崇高な存在への帰依です」
この答えを聞いた講師は驚いたようにジョナを見つめた。
「端的な、それでいて完璧な答えです。驚きました。この儀式は数人で喜びを分かち合い、その盛り上がりがあります。でも、単に盛り上がるのではありません。その恍惚の時こそ、われらの神々と一体化できるのです。それを言うなら帰依と言っていいのです。あなた方はよく知っているようですね。やっぱりね。あなた方4人の編入生は、ここ一か月の学びでは最高の成績を修めていますね。そうだ、最高学年とともにこの学校の代表巫覡として、明日の儀式に参加しなさい。校長に私から伝えておきましょう」
講師はそういうとステージ下手に合図をして、講義の終了を宣言した。講師は校長以上に権限を持つ儀式の責任者らしかった。すると、4人の周囲を囲む一年のクラスのメンバーばかりでなく、数百人の学生たちが皆歓声を上げた。
「おお、ここに来たる若き者たちは、良きかな。よきかな。彼らは奇跡。彼らは儀式の初めを示すにふさわしい若さを持った者たち」
異様な大歓声とともに、4人はあっという間に学校の中にある特別貴賓室へと案内された。儀式とは何か。在学中に4人はこの「儀式」というものを見たことがなかった。どこで実施されるかも知らないほどであるから、彼らが知らなかったのは無理もない話だった。こうして4人は逃げる隙を見出せないどころか、これから何が行われるのかさえ想像することもできなかった。
「何か、おかしいよ」
ナナの指摘にほかの3人も同感だった。
「そうだね」
「確かに怪しまれて追い込まれることはなかったけど」
「何か、逆に祭り上げられてしまっているね」
「にげられないのかな」
「うーん、半島の先端にあるここから逃げ出すのは難しいね」
「じゃあ、このまあ明日を迎えるのかしら」
ジョナの機転でここまで守られてきたと思えたのだが、講師の言っていた「明日の儀式」という内容も知らないまま明日を迎えることは、不気味だった。
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「巫覡様たちが、ここにお出ましになったぞ。北の神殿が崩れて一年、新しい神殿にお連れしよう」
「そうだ、記念祭事ができるぞ」
「おーい、みんな、この方々を神殿へお運びしよう」
次の日、そんな掛け声で大群衆が4人をそれぞれ囲み、彼らをそれぞれ大みこしに設けた椅子に座らせて運び始めた。4人はそれぞれのみこしのご神体のように扱われていた。突然はじまったことに、4人は圧倒され、考えをまとめるいとまもなく、一気に都市中央の神殿へと運ばれてしまった。あとで考えても、4人の少年少女たちは、なんとか逃げ出しておくべきであった......。それを肌で感じたのは、4人を迎えた司式者、海上の貴賓席に座り込んでいた醜悪に肥えた男女。その前に座っている「見覚えのあるような少年、そして祭壇の周囲を埋め尽くす3~4人程度の男女の組が数十組を見た時だった。
「さあ、巫覡様たち、祭壇におあがりください」
4人を迎えた司式者は40歳代だろうか。ようやく群衆たちのいう神殿へと到着した時、イワンたちはその構造に驚いた。神殿であれば、神聖な祭壇と座り込む会衆が崇め集う場とがあるのだが、この神殿の祭壇の上には柔らかいマットが備えられ、祭壇の周囲にも大きくやわらかなマットがいくつも並べ敷き詰められていた。そして、イワンたち4人が祭壇に登らされると、周囲の男女4人程度の組も、すでに仲間同士で絡み合い快感に酔い始めていた。
「巫覡様たち、王族たちも注目しており、周囲では待ちきれない者たちもいるようです。さあ、彼らのためにも早く祭事の初めをお願いします。そして、皆でコントラクターに心の共鳴を捧げましょう」
そう呼びかけられた時、ジョナは唸り声を上げた。
確かに彼が唸り声を上げることには理由があった。彼は悟ったのだった。
この詛読巫の儀式では、呪詛と詛読術とが活用されていた。儀式における呪詛では、全ての住民が、目の前の他人の心と精神、意識に対して働きかけ、その人間が術者に向けて心と体を解放し、喜んで奉仕し尽くすように仕向けることが出来た。儀式における詛読術では、参加者の彼らはまた、互いに呪詛を掛け合うと同時に、互いに心の中の思いや詛を読み合って絡み合わせ、同時に互いに快感に至って一体感を作り上げ、共鳴にいたることが出来た。これら呪詛と詛読術とで儀式が構成され、それによって彼らの快感の共鳴がさらに守護者との一体感へと発展した。すると、その快感中の複数の心に共鳴が生じ、それを守護者がむさぼることになる。守護者はその代わりに、貪欲な住民たちの願いを達成するのだった。すなわち、はるかな過去、煬帝国の国術と言われた霊剣操の共鳴がこの時代に至って、コントラクターと呼ばれる守護者がむさぼり食す共鳴へと作り上げられていたのだった。
呼びかけと同時に、ミラが紅潮した顔でイワンに向けて自分の体を開いた。イワンもおなじだった。ふたりはたがいに相手に従いたい、相手に身を捧げたいと考えるようになり、互いを愛撫し始めていた。ジョナが唸り声を上げたのは、司式者の言った言葉とイワンとミラが見せた姿とによって、儀式の持つ意味ににようやく気付いたためだった。彼はそのおぞましさを忌避し、パニックのようになった。まるで、番犬レベルの反応だ。そう、彼は沙流土(Sard)での一件以来、高い意識を思わせる反応を示すことが無くなり、せいぜい逃げ回るだけのバカ犬程度の反応だけを示す程度だった。そして、今やっと、番犬レベルの反応を示してくれるようになった。ミラはそう思い、ジョナを見つめた。彼女が予想したように、ジョナは怒ったように怒鳴り声を上げた。
「僕たちに何をやらせようというのですか。変なことはしたくありませんよ」
「でも、あなたたちは巫覡様なんでしょ? 皆さんの年齢は12歳だと聞いていますよ」
4人の周囲を囲んでいた群衆の中にいた補助司式者の女がそう指摘した。イワンがそう返事した。
「いいえ、僕たちは巫覡とは違います!」
「だって、君たちは巫覡の学びをしたうえでそんな服装をして神殿に来ているじゃないか。だから、君たち神殿娼の4人で組み合って愛し合うんでしょ?」
先ほどの女がそう指摘すると、ミラが事態を飲み込めていない様子で反問した。
「私たちは神殿娼なの? それってどういうことなの?」
「巫覡服を着てここに来ているということは、4人がこれからコントラクター様の前で絡み合うんでしょ。それに4人の皆さんは、この神殿の初めての儀式にふさわしく、十二歳の若さを備えてらっしゃるじゃないの」
「若い神殿娼たち! 私たちに理想の肢体の絡ませ方を見せてくれるかしら。若い4人の男女の絡みは、私たちの理想よ」
周りの男女たちから、そのような声がかかると、周囲の群衆の声は大きなうねりとなって、ジョナたち4人を囲んだ。4人が祭壇から下へ逃げられるような隙は無かった。そこに、祭司と思われる人物が登場した。
「おお、祭司様だ」
「祭司様。さあ、詔を上げてください」
「祭司様、巫覡様たちに始めさせてください。彼らはまだ始めてくれないんです」
「そうですね、イワン、ミラたち。みんな絡み始めないとね」
「ベラ!」
イワンたち4人は、祭司と呼ばれた若い男がベラであることに気づいた。
「ベラ、どういうことだよ」
「そうよ、私たちに何をさせるのよ」
ベラは、抗議するイワンたちの声を平然と受け止め、指摘した。
「僕の部下である儀式の責任者が、君たちをほめていたよ。そうそう、あの時も、君たちはみんな裸のまま一緒に走って出て行ったじゃないか。祭壇の上での裸の営みも4人一緒にやればいいじゃないか。君たちは相手を虜、いいのままに動かす力を使えばいい」
それを聞いたジョナは、ふいに怒りを覚え始めた。
「それが何を意味するか、分かっているのか、ベラ」
「わかっているさ。さあ、その巫覡服を破かせてもらうよ」
ベラがそう言うと同時にナナとミラは女たちに抑えられ、ジョナとイワンは男たちに抑えられた。彼ら4人は服をむしられてしまい、少女の悲鳴と少年の怒号が上がった。それと同時にジョナの首に下げた鎌のアラベスク模様がかがやき、それと同時にジョナとナナのガーネットが共鳴した。一瞬ののち、見知らぬ言葉の詠唱を唱える人の声のような大音響があたりを満たし、四人以外の群衆は耳を抑えて苦痛に表情をゆがませた。音の刃が群衆の鼓膜をことごとく襲って引き裂いていたのだった。
「さあ、今だ」
ジョナの呼びかけで、4人は半裸のまま祭壇の下へと駆け込んだ。




