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23 詛読巫(Sodom)の詛読術高等専門学校

 4人が編入されたクラスは40人ほどからなる十二歳達の一年生のクラスだった。とはいっても、1か月後の儀式を迎えれば、一年生は全て二年生に進級することになっていた。

「このクラスに4人の転入生がきました。ジョナ・グミリョフ、イワン・ラスコフ、ミラ・ロギノワ、ナナ・アイアサン(Nana・Iyasan)の4人だ。さあ、4人とも、自己紹介をしなさい」

「はい、ジョナ・グミリョフです。ジョナと呼んでください。皆さんに比べて基礎の無い私たちですが、みなさんに追いつけるように頑張ります」

「私はナナ・アイアサン(Nana・Iyasan)......」

 こうして4人は自己紹介を終えた。そしてこの日から4人は、かつて住んでいたところと変わらない授業と一風変わった内容の授業とを受けることとなった。


 彼らが受ける講義は依代媒体学、呪詛原論、呪詛各論、各適用論、詛読術論、不可視妖論、魑魅魍魎制御論、詠唱詠歌論儀式組織論、儀式歴史、儀式構成論、…という基礎呪詛学と応用各論から構成されていた。それらのほかに詛読巫歴史、近隣地理などの社会科学、物理などの自然科学、基礎数学理論などまでが含まれていた。4人にとって社会科学・自然科学・基礎数学理論などはお手の物だった。だが、3人は呪詛に関連した科目には歯が立たなかった。かろうじてジョナが儀式の各論に対処できるだけだった。

 中でも彼ら4人にとって難解だったのは、詛読術という授業だった。簡単に言えば、呪詛が個人個人の詠唱などによって、神邇ジニや百鬼は願いを伝え、執行させる術式であるのに対して、詛読術とは、不特定の相手と互いに心の中の思いや詛を読み合って絡み合わせ快感に至って一体感を作り上げ、共鳴にいたることだった。彼ら4人はこれらの能力を持ち合わせていないのだが、それらの能力をこの学校の卒業生である全ての住民も現在の学生もが有しており、さらに学習によって拡張されていた。


 また、彼ら4人はこの詛読巫における儀式がどのようにして呪詛と詛読術とで構成されるかを知らなかった。

 この詛読巫の儀式では、呪詛と詛読術とが活用された。儀式における呪詛では、全ての住民が、神邇や百鬼に心と精神、意識によって働きかけるものだった。儀式における詛読術では、その彼らはまた、互いに詛の念を掛け合うと同時に、互いに心の中の思いや詛を読み合って絡み合わせ、相手の人間が術者に向けて心と体を解放し、喜んで奉仕し尽くすように仕向け、同時に互いに快感に至って一体感を作り上げ、共鳴にいたることが出来た。これら呪詛と詛読術とで儀式が構成され、それによって彼らの不浄の快感が守護者との一体感が作り上げられた。すると、その不浄の快感中の複数の心に共鳴が生じ、それを守護者がむさぼることになる。守護者はその代わりに、貪欲な住民たちが呪詛で伝えた願いを達成するのだった。すなわち、はるかな過去、煬帝国の国術と言われた霊剣操の共鳴がこの時代に至って、コントラクターと呼ばれる守護者がむさぼり食す共鳴へと作り上げられていたのだった。


「あんたたちは、自然科学だとかは得意だよな」

 クラスメイト達は、4人をよくこのように評した。

「でも、あんたたちは呪詛のことはからっきし駄目だなあ。あはは」

 クラスメイトは基礎呪詛学と応用各論が不得意な3人を、このように嘲笑したことがあった。すると、ジョナは鼻で笑い、切り返していた。

「では、親愛なるクラスメイト各位。詛読術の神髄とは何でしょうね」

「真髄? そんなことは習ったことがないぜ。理解しなくったって実行できれば問題ないのさ」

「習ったことがない? 理解する必要がない? つまり理解する力すら持ち合わせてないと? 習わなくとも今まで学習したことから抽出できるはずですが?」

「抽出? なんだそれは?」

「一般化という論理的考察をすすめると普遍的な意味を見て取ることが出来ますよ」

「一般化? 普遍的意味?」

「お分かりにならない? じゃあ、答えを申し上げましょう。この種の儀式の意味は、世界において普遍の意味を持ちます。それは、民衆を見守り導く崇高な存在への帰依です。こうはいっても、どうしてこの答えになるのかは、あなた方にはわかりますまい」

「な、何を言っている?」

「やはり、ね」

「この野郎、転入生ごときが......」

 クラスメイト達が大声を上げ、ジョナを囲んだ時、教壇から大声がかかった。

「何をしている。転入生の答えと指摘に、お前たちは誰も答えられないのかね? お前たち、転入生を罠にはめようとしたんだろうが、逆にやられたな。だらしない奴らだ。いいか、お前たち、彼ら転入生に今後手出しを許さんぞ」


 だが、儀式が一か月後に迫ったこの時期は、実技の集大成の時期でもあった。なお、当然ながらイワンたち三人はもちろんジョナもまた、何もできることはなかった。

 一年の詛読術の基本実技で習得することは、一人一人の詠唱による呪詛と三人以上の男女の密接体位の絡み合わせによる詛読術のみだった。イワンたち4人は呪詛の技能も、詛読術の技能も持ち合わせていなかった。もちろん、訓練すれば習得できないことではないのだが、単に体を密接させることや絡み合いどころか、単なる共同作業にさえ経験のない4人にとって、実技の実施はとても無理なことだった。

「僕たちには、実技は無理だね」

 イワンがそう言った時、ジョナは付け加えた。

「僕たちには、呪詛も無理だし、詛読巫でのような絡み合いも無理なんだ」

「なんだ、あんたたち、絡み合いもできないのか? 詛読術の基礎実技だぜ」

 クラスメイト達は、めいめいが成長の過程で絡み合いを行ってきたらしかった。それに対して、イワンたちは両親たちのたがいの愛の交換の姿しか見たことがなかった。この違いから、詛読術の基礎実技が彼らにとって無理な相談だった。そこでその時の講師はある提案をしてきた。

「詛読巫育ちではないあなた方にはなかなか無理かもしれませんね。だから、着衣のままで練習してみなさい」

 着衣とは言っても、彼の提案は下着もしくは水着のままで密接体位の絡み合いをすることだった。

「ほんとにやるの?」

 ミラとイワンはナナに小声で聞いてきた。ナナがジョナの顔を見ると、ジョナもまた追い込まれた顔をぶつぶつ呟いていた。

「こんなことが聖なる儀式なものか! 何が高揚だ! こいつら、滅ぶべきだ」

「でも、今それを聞かれると、怪しまれるよ。僕達は研修生だと言うことでここにいられるのだから」

「わかっているさ。だからみんな我慢しているんだろ」

「そうだよ」

 次の瞬間、ジョナは上着のまま、三人を自分の腕に抱えて大声を上げた。ジョナが三人以上に強い彼の拒否感を克服するには、勢いよく行動しなければ耐えられなかった。

「密接ならば、これでも構わないんでしょ?」

「まあ、密接がテーマですから、それでも構いませんが......。二年生では腕と肩だけではすみませんよ。実際に互いの太腿からその奥まですべてを密接させるのですよ。それを覚えておきなさいよ」

 講師はそう言って許してくれた。辺留賀茂からの研修生であることから、4人はこうして大目に見てもらうのであった。


 実技に苦手を持つジョナは、この種の特別扱いが苦手だった。特別扱いが何らかの見返りを要求しているように感じられていたためでもあった。こうしてジョナは一か月もの間、イワンやミラ、ナナとは別かれて、学園が湖に面している海岸で、一人で実技に挑み続け、悩み続けていた。

 そんなある日、湖の波打ち際で波を眺めながら考えに没頭しているジョナのところに、近づいてきた少女がいた。アンヘルという3年先輩の15歳の学生だった。たぶん、アンヘルにとって、ジョナはほとんど見かけることの無い深い凹凸の顔と浅黒い肌を持っており、珍しさもあって話しかけてきたのだった。

「あなた、このあたりの人間じゃないわね」

「僕のこと?」

「そう。最近、ここであなたが一人で何かに苦しんでいるように見えたから」

「そうですね。僕と友人たちは辺留賀茂から来た編入生です。でも僕らは集団での詛読術はおろか、個人の技である呪詛さえも、そのための力がないんです。それにくわえて、僕たちはこの学校の卒業生や上級生が普段実施する半裸での絡み合いなんて、とてもとてもできやしない事柄なんです。講師の先生たちは、具体的に訓練すれば習得できないことではないといってくれています。でも、具体的な訓練のためには体を密接させて絡み合いをしなければならないんですが、密接や絡み合いなんて、僕たちには心理的に無理なことなんです」

「そうなの......」

 アンヘルにとってはなんでもないことなのだが、慣れていない者には非常に難しいことがあるんだと、アンヘルは彼女の少ない経験を思い出しながらそう思った。そんな幼い少年を目の前にして、アンヘルはなぜか彼に魅かれるものがあったのか、アンヘルはジョナと話しながら打ち解けた。

「私はアンヘル。アンヘル・サントス・ガルシアよ。あなたの名前は?」

「ジョナ。ジョナ・グミリョフ......です」

「ロシア人なの? ロシア系でもないし、アジア系でもないように見えるわ」

「僕はどこで生まれたのか記憶がないのです。育ての母は、その、辺留賀茂に逃げてきているクートゥの政治局員だったナスターシャ・グミリョワです」

「へえ、お偉いさんの息子さんなのね」

 アンヘルは、夏であることもあって、大人と同じ水着のような恰好だった。それに対してジョナはいまだに巫覡服を毎日着続けていた。

「あなたはまだそんな暑苦しい服装を身に着けているの?」

「え、ええ。貧弱な体なんで、あまり晒したくないんです」

「でも、ここでは大人たちはもちろん、この学園の皆も肌を晒しているわ」

 ジョナはそう言われて改めてアンヘルを見た。だが、ほとんど紐ビキニのような申し訳程度の着衣が豊かな身体を包んでいる姿に気づき、慌てて目をそらしていた。

「あら、儀式に深い造形があるとうわさでは聞いていたけど、そんな反応をするの?」

「僕はそんなあられな姿を直視できないだけです」

「でも、儀式では肌と肌を接触させるのよ。そのためにみんな肌を最大限にさらしているのに......。もしかして、触るのもダメなの?」

 口頭で教えることが、次第に手取り足取りとなった。アンヘルはジョナの手を取って自分の胸に接触させた。ジョナは慌てて手を引いた。

「こんなことじゃあ、実技や儀式の準備なんて、とてもできないんじゃないの?」

「そんなこと、わかっています」

「どうするつもりなの?」

「だからイメージトレーニングを・・・、いろいろなことをイメージして克服しているんです」

「克服ねえ。じゃあお姉さんと実際に絡み合わせることが出来るの?」

「で、できます」

 しかし、イメージと触感のある現実とはやはり大きく異なっていた。

「ま、待ってください。これでは我慢が出来ません」

「今耐えないと、この奥へはいけないわ。目をつぶらないで。目をつぶると間隔が接触部に集中してしまうから。そうそう、目を開けたままで絡ませるのよ......」

「も、もう無理です」

「いいえ、ここまでできたんだから、もう放さないわよ」

「もう、いやだ」

 ジョナは触感に耐えることが出来ずに暴れ始めてしまった。アンヘルは仕方なく絡み合いを解いた。

「困ったわね。このままじゃ意識の共鳴どころか、肌の接触すら維持できないじゃないの」

「うん…・」

 この日は、ジョナにとってとても長く感じられた一日だった。


 次の日、アンヘルは来なかった。ジョナは雨に打たれながら、天候のせいだと思っていた。だが、次の雨の日、暖かい雨に濡れながら、ジョナのところにアンヘルは来てくれた。

「昨日、薬用植物を手に入れてきたのよ」

 アンヘルはツボクサと呼ばれる薬と特殊なハーブとを持ち込んでいた。

「おとといの貴方の反応には過剰な興奮状態が生じていたと言えるわね。そのままだと、あなたもあなたのお友達も対応不能者として処分されてしまうわよ。でもね、要は精神高揚に達すればいいのよ」

「まずはツボクサのエキスを接触部位に塗りましょ。これで興奮が抑えられるのよ。そうそう、同時に絡み合わせるの。そうすると接触時の発熱で吸収されていくわ」

 アンヘルはあくまで優しかった。そして、接触したままであってもジョナが暴走することは無くなった。そして、この訓練が数日続いた。


「今日はこのハーブを燃やしてみましょう。そう、煙を吸入してみるのよ」

 次の日に彼女の持ち込んだハーブは、ゆっくりと精神を高揚させた。アンヘルによると、この種の効用で精神の高揚を得ても、講師たちは文句を言わないとのことだった。こうして絡み合いについてアンヘルが教えたことは、要は精神高揚に達することがあれば良いと言うことらしかった。こうしてジョナはアンヘルが相手であれば、拒否感が薄れ様々な学びを得ることができていた。その方法はアンヘルが教えたとおり、薬用植物を持ち込み、それを介して密接に体位を取り続けることで、薬用植物のアルカロイドによって落ち着き、また別のハーブによって高揚が達成させられる技だった。

 ジョナは上級生のアンヘルの教えの通り、イワンたち三人にも誤魔化し方を教えることができた。これで密接体位の練習は、繰り越せた。これを通じてジョナはアンヘルに心ひかれた。だが、そのジョナ達の迎える儀式の少し前に卒業式が行われ、アンヘルは学園を去っていった。

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