22 詛読巫(Sodom)のへの道
暁光により部屋の中は次第に明るくなってきた。それとともに、4人は部屋の奥にタンスがあるのを見つけていた。
「箪笥があるね」
「服がありそう?」
「うん」
「こっちを見ないでよね」
「それは、お互いさまだ」
昨夜は肌寒く、身に着けるもののない少年少女たちにとっては少しばかり耐えられるものではなかった。彼らは恥じらいためらいながらも風の冷たさには勝てず、何とか互いに身を寄せ合って冷える夜をやり過ごしていた。朝の薄明かりが差し込み始めた時、4人はそれぞれ、身を寄せるほかのメンバーを見ないようにしつつ、一緒にタンスの中を探すという非常に難しい作業に挑戦していた。だが、しばしばその試みに失敗し、互いの違いに目が行ってしまった。そのような気まずい思いをしつつも、4人はなんとか苦労してタンスから服を取り出していた。
「着られそうなものがあるよ。それも、同じものがいっぱい。とても古い。生地も傷んでいる。たぶん、ここを捨てた人たちの服だったんだろうね。大人のサイズだ。でも、文句は言っていられない」
「すべて、スリーブレスになっているわ」
「そうね。激しく扱わなければ破れることも無いね」
「女物、男物の区別がないね」
「いや、男だけが住んでいたのかもしれないよ」
「いいえ、女だけ住んでいたのよ。だってスリーブレスなんて男が身に着けないでしょ?」
「それは、このタンスにある衣服をもう少し観察してから結論を出すべきではないかね」
イワンとミラ、ナナの三人はそう言い合って観察を続けていた。確かに、タンスの中には男性用、女性用の古い下着があるほかは、男女兼用ともいえる同じデザインの服が多数収納されていた。
「この民家は、おそらくあの温泉施設と同時期に地震の被害を受けたんだと思うね」
「もっと向こうに見えるあの神殿のような建物も、放棄されたのかしら。半壊して放棄されてから、しばらくたっている様子ね」
「放棄されたということは、ここに住んでいられない理由があったんだろうな」
「じゃあ、私たちもここにあまり長く滞在しないほうがいいということかしら?」
彼らが漠然と認識したように、彼らが長く滞在するには問題がいくつかあった。家はあまりに古く手入れをされていないために、あまり清潔ではなかった。また、食べ物は見当たらず、外からの獣の侵入を阻止する丈夫そうな壁も、実は崩れかけていた。
「温泉の施設に戻ってみるかい?」
「あの人たちが待ち構えているわ」
「おいてきた荷物も惜しくはないものだし」
「ベラと逸れてしまったからなあ」
「それなら、ここから詛読巫へ向かおうか。そこでベラにも会えると思うよ。ベラは詛読巫への道を知っているだろうから」
「そうだね」
三人はそう結論すると、無気力なジョナを促しつつ再び谷川沿いの轍の道に戻り、詛読巫へ移動を始めた。
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秋の夕暮れの赤い彩りの空気の中、燃料タンク群、その向こうに聳える高層ビル群がみえた。そこが詛読巫だった。
街に着いた彼ら4人が目にした光景は、彼らの父母のような大人たちとは非常に異なった大人たちだった。もちろん、人種的にはロシア人の末裔であるイワンとミラのような青い目と白い肌ではない。また中東と欧州の混血であるジョナとも違う。しいて言えば、アジア系のナナと似た民族であろうか。彼らは煬帝国の末裔の国家であった。
もちろん、平べったい顔つきに4人が驚いたわけではない。彼らがまず一様に驚いたのは、南国の夏らしく水着のような服を着た大人たちが闊歩する姿であり、少年少女たちが見慣れたしっかり着込む大人たちとは違う開放感があふれた風景だった。だが、それはまだ少年少女たちに大きな違和感をもたらす主な原因ではなかった。
少年少女たちにとって愛し合うとは、決まった二人が仲睦まじく過ごすことであるはずだった。彼らにとって身近な情愛の形は、彼らの父母たちのように、愛し合う特定の二人だけで交換し合う表現であるはずだった。だが、この街では決まった二人で睦まじく居るという様子ではなかった。彼らは屋内ではなく屋外でも挨拶代わりのように、不特定の相手との間で抱擁と深い接吻を交わす。少し珍しいが男同士、女同士のペアであることは、まあ自然なことであるといってもよい。だが、ここでは連れ立って歩くのは特定の二人同士ということではなく、三人、四人が絡みながらである。しかも、特定の固定的メンバーではなく、時折入れ代わっていくことも珍しくない。通常なら特定の相手と二人の間で交わす情愛の交換を、男女を区別せず不定の相手とところ構わずに交し合うこともある。分別という目から見れば「乱れている」という言葉が浮かぶ光景だった。ただ、少年少女たちは異様だと思うばかりであり、何がそう思わせるのか、幼い彼らにはわからなかった。
よくわからない驚愕に囚われた4人は、立ち止まって互いに顔を見合わせた。その時、彼ら四人に気づいた周囲の大人たちは、獲物を見つけて喜ぶような表情でこの4人を取り囲んでいた。そして、次の瞬間、四人は得体の知れない感情に支配された。なぜか、四人には周囲の住民達が奉仕し尽くすべき大切な存在に感じられて来たのだ。
「これはこれは、巫覡様たちではありませんか」
群衆のうちの一人の女が声を上げた。ジョナとナナが驚いたことに、その呼びかけにイワンとミラが喜びの表情で微笑み返した。そして、違和感を感じていたジョナもナナも、すぐに違和感がなくなり、イワン達と共に呼応するように声を上げていた。彼らは明らかに誰かからか、心に影響を受けていた。
「愛すべき皆様、お迎えいただきありがとうございます」
「非常にお若いけれど、4人の皆さんはそろってその巫覡服をお召しになっていらっしゃる。これはこれは麗しいお姿ですね」
「巫覡服?」
イワンたちは、自分たちが身に着けている衣服が意味するところを悟った。しかし、それが驚きにつながるわけではなく、かえってこれからしっかりご奉仕しなければならないと言う感覚が強まっていた。
「私たち、巫覡として働きたいと思っています.....」
「北から留学にいらっしゃったのですか? とても若いから、巫覡の見習いね。若いのに良い心がけね」
「じゃあ、特別に詛読術高等専門学校に入れてもらえるね」
群衆は、すでに4人を厚く囲んでいた。高等専門学校と聞いた四人は、戸惑いながらも返答を返した。
「私たちはまだまだ習得しなければならないことがあるのです」
イワンもミラもその言葉がしっくり来たのか、うなづいていた。ただしジョナは、不安な何かを考えていた。しかしその考えも消え、代わりに自分の考えではないはずの思考が浮かび上がった。
「ここの人たちのいう詛読術高等専門学校にいくべきだね」
「そうなのね」
「今はわからないけど、その学校へ行った方がいいように思える。習得すべき詛読術はおそらく辺留賀茂(Pergamo)で見た詔に該当するものだよ」
ジョナは三人にさらに続けていった。ナナは、ジョナが沙流土で見せた呪詛祈祷類への深い理解力を思い出し、イワンとミラを説得した。
「今は彼に任せるしかないわ。彼もある程度考えているみたいだし....たぶん.....」
4人の脳裏を一瞬よぎった不安は、再び消えた。それどころか、得体の知れない喜びが湧き、四人の顔は再び明るくなった。
「みなさん、お察しの通りです。僕たちは、辺留賀茂(pergamo)で詔を司ってきた巫覡見習いでした」
ジョナは彼自身が辺留賀茂で見聞きしたことから詛読術が呪詛すなわち陰陽道のような神事の一種なのだろうと推定し、話し始めていた。そうすると、群衆の中の一人が笑顔で応えてきた。
「おお、やはり、辺留賀茂からの陰陽道師の見習いさんたちだね。詛読巫へようこそ。そう、此処は詛読術の中心地だからね。さあ高等専門学校に案内してあげるよ」
案内されたところは、熱帯雨林を抜け、湖へ突き出した半島部の先端に建設された三層構造の校舎といくつかの道場のような建物を備えた学園だった。
「詛読巫立詛読術高等専門学校」
そう書いてあった。得体の知れない学校だった。四人は再び不安の中にいた。
「ようこそ、当校へ」
校長と思しき中年の女が4人を迎えてくれた。彼女や教職員たちはみな4人と同じ服装を着ていた。
「辺留賀茂からとは、久々の研修生ですね」
「ええ」
ジョナに任せるしかないと言うように、三人はジョナの顔を見つめた。ジョナはうなづきながら、校長に視線を返した。
「はい、僕の名前はジョナ・グミリョフと言います。こちらはイワン・ラスコフ、ミラ・ロギノワ、ナナ・アイアサン(Nana・Iyasan)です」
「みなさん、ロシアの末裔なのですか?」
「ええ、イワンとミラは御覧の通り色白で碧眼ですから、生粋のロシア人末裔です。私とナナは、実は彼らの街に保護されたみなしごだったのです」
ジョナは、調べられても問題ない程の経歴を披歴し、相手を安心させていた。ここでも、イワンたちは呪詛祈祷類に詳しいジョナに任せるしかなかった。他方、女校長は今後の見込みまで踏み込んできた。
「ここでは、あそこに見える中央都市の詛読巫(Sodom)で行われている、詛読術の儀式を司る巫覡をそだてる修練所です。ここを卒業すれば、毎年この一か月後に行われる儀式の祭壇に登ることが出来ますよ。なお、ロシアの方々はいずれ帰られるのでしょうか。あなたとナナさんはみなしごということでよいのでしょうか。いずれにしても、辺留賀茂からのお許しがあれば、ここでずっと暮らすことも可能でしょうから、ずっと儀式に参加し続けてここの祭司となることも可能ですよ」
「どんな儀式なのですか」
「簡単に言えば、マリアナの谷を守る神々へ、祈りをささげる儀式ですね」
女校長はそう答えた。ジョナはそれだけではわからないとばかりに質問をいくつもぶつけた。
「じゃあ、いくつか質問をしていいですか? 神々へはどのような祈りをささげるのですか? どのように神々の臨在を確認するんですか?」
「それならば、高等専門学校で学べますよ。それだけ学習の意欲がある皆さんは歓迎しますよ」
こうして、4人は「詛読術高等専門学校」に編入されることとなった。




