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19 新たな目的地 マリアナの谷(Mariana Circle) へ

 ジョナは、市庁舎の地下に戻った。そこにミラとイワン、ナナたちが戻っていると思ったからだった。だがそこにいたのはベラ一人だった。

「どうしてここへ来たの?」

「あの......ミラたちはここにいないの? ここなら安全だといわれていたから、彼らはここに戻って来ていると思ったのに」

「いや、ここにはまだ戻って来ていないよ」

「まだ?」

「もうすぐくるさ」

 その会話が終わらないうちに、ミラたちも駆けて来ていた。その姿を見て取ったジョナは、思いつめたように語り始めた。

「僕は、本当は孤児なんだ」

「そうだね」

 ナナが淡々と指摘した。ただ、その響きは冷たく、それが癪に障ったのか、ミラがナナに食って掛かった。

「その言い方って、あんまりじゃない? あなたがジョナを慰めるのかと思ったら、冷たく突き放すだけなの?」

 ミラの剣幕に、ナナは彼女を驚いて見つめた。イワンも何かを感じたらしく、ミラの袖を引きつつ、小さな声でいさめた。

「どうしたんだよ、ミラ」

「だって、ジョナのお母さんは、本当はお母さんとしてジョナを見ていない。ナスターシャ様は何かもっと恐ろしい方よ。だから、ジョナはかえって孤独になったんだよ」

 ミラの指摘に、ナナは黙った。そのやり取りを見たイワンは反論した。

「確かにそうだけど、ジョナはナスターシャ様が本当のお母さんでないことは、よく知っているはずじゃないか。そのことがあるから、ナナは単にそれを肯定しただけじゃないか」

「私が言っているのは、ナナのいい方よ。あまりに冷たいわよ」

 ミラの言葉にイワンは意外だなと言う表情をしながら、話を引き取るように別の側面を指摘した。

「なんでそこまでジョナに肩入れしているんだい?」

 この指摘にミラは白い耳と顔が赤くなり、次第に首元までが赤くなった。これらのやり取りを他人ごとのように聞き流したジョナは、自分の計画を話し始めた。

「僕は、ここを出る」

「え? ひとりで?」

 ミラは驚いて声を上げた。ほかの皆も同感だった。いろいろな声が重なって思い思いの言葉が錯綜した。それが消えると、ミラが小さな声でジョナに尋ねた。

「どこへ行くの?」

「マリアナの谷へ行こうと思う」

 ジョナの応えにベラが話を重ねた。

「ボニン谷の南端に峠道がある。そこを越えるとマリアナの谷がある。そこには、古代の煬帝国の末裔たちが建設した都市「詛読巫そどむ」があるはずだ。この辺留賀茂(Pergamo)にも、そこから漢人や東瀛人の商人たちが来ていたことがあったらしいよ」

「そう、僕はマリアナの谷へ行こうと思っている」

「マリアナの谷へ......詛読巫そどむへ......」

 ナナは声を落としながら、その名前を繰り返した。ミラはまた大声を出した。

「なぜ? 無茶よ」

「食料は? 装備は? 一人で行くのかよ」

 イワンも心配そうな顔をして、疑問視し始めた。

「そう、僕は一人でここまで来た。物事を強制する大人達から逃げ続けるためにね。そしてミラたちに再会できた。僕はここから一人で行くだけだ。大丈夫さ、いままでも僕一人で何でもやってきた」

 ジョナは、イワンたちの様々な指摘を聞いても、意志を曲げなかった。

「僕は、誰の指図は受けない。僕は僕だ。嫌なものは嫌だ。だから、大人の誰とも関わらないようにできるなら、どこへでも行くさ」

 ナナはわかったという顔をして黙ってジョナを見つめた。ほかの誰もがそう思った時、ベラが何らかの結論を出したように、ついていくと言い出した。

「僕もジョナと一緒に行こう。僕の親もあちらの出身なんで、よく知っている場所だから」

 これには、ほかのメンバーが驚いた。だが、ミラ、ナナまでも首を振り、やがて仕方がないという顔つきとなってベラに同意した。

「みんな、ジョナについていくよ」

 イワンはミラといつもの通りに行動してきたが、今後の旅もその延長上にあるだけのことだった。だが、ナナは、ジョナをこのまま一人にできないと考えたのか、ついていくことを決意していた。

「ジョナは、一通りできるだろうけど、助けも必要だよね。助けは多い方がいい。僕もついていくよ」

「僕は、今後を見守らなければならないね」

 ナナもまた、そう言いつつジョナについていくことになった。ベラは少し考えてから、助言をした。

「ここからみんなでマリアナの谷へ行くには、演習旅行ということで許可をもらう必要があるね。マリアナの谷に行くには峠の山越えがあるから、演習としてかなりの装備も用意してもらえる。そうそう、山越えには、テントの代わりにビバークカプセルを使うのがいいね。テントは一度使うと朝露がついて重くなるから。ここから先は、とても湿気のある地域になるしね。・・・・・僕が政治局に頼んでみてもいいけど、本当はジョナが動くべきだよ。ジョナは政治局員の家族だから、演習旅行のリーダーと位置付けられるはずだからね。そうすれば、みんなにマリアナ谷への演習旅行の許可が出るようになる」

「ベラはよく知っているのね」

「ベラがリーダーみたいにみえるね」

 ナナとミラはそう言いつつ、ベラに一目置くようになった。ジョナもベラのいうとおりに動くと、政治局にいるはずの母親ナスターシャを介さずとも、簡単に演習旅行の許可と必要装備が与えられた。もちろん、ミラたちの親たちもまた子供たちが演習旅行に出ることを許可していた。

実にベラはリーダーのようにみんなの相談に乗り、的確な動きをした。


 峠への道は広葉樹林の中へと続いていった。長い間使われていないためか、次第に道は荒れていった。かろうじて下草が薄い道が続き、その先には周囲の崖から集まってくる小川に沿って崩れかけた木道があった。やがて落ち葉が覆い尽くした森林の切れ目に出た。

「今夜はここで野宿だ」

 そうベラが言うと、皆は覚悟していたかのように言葉を繰り返した。

「野宿!」

 ベラは皆の緊張した気持ちをほぐすように言葉を継いだ。

「そうさ。さあ、正式にはジョナがリーダーだよな」

 今まで、彼らは誰がリーダーかをはっきりさせていなかった。もちろん、書類上のリーダーはジョナだったが、ジョナが皆に指示を出せるようには思えなかった。

「僕にリーダーは無理だよ。僕は役に立つ人間じゃないから......」

 ジョナはこの場でも逃げ腰だった。

「わかっているよ。じゃあ、このあたりのことを知っているのは、僕だけだろうから、僕が参考意見を言うね。辺留賀茂のこの辺りは猪やクマが徘徊するから、それなりの準備が必要だ。ここからは獣除けに明かりが必要なんだ。そう、みんなも持っている装備にもあるはずだよ」

 ベラはそういうと、テキパキと準備を始めた。その様子を見て取ったイワンとミラ、ナナも動いた。ジョナもそれに加わり、ビバークカプセルを明かりの周囲に広げ、野宿の準備は出来上がった。

「足が痛いわ」

「普段、こんなに長く歩かないからね」

「アキレス腱とふくらはぎが痛いよ」

 先ほどのやり取りで逃げ腰だったジョナばかりでなく、イワン、ミラ、ナナたちも弱音を吐きながら座り込んでいた。だが、ベラは痛がる様子もなく淡々と寝る準備を始めていた。

「明日も早いからね。そろそろ寝よう」

 その言葉とともに、疲れ切った彼らは早々とめいめいがビバークカプセルのハッチを閉めて眠りについた。

 次の日、彼らはきつい上り坂に取り付いた。荒れた道は小川沿いから乾いた古い轍の土の道に変わり、高山植物の領域に入った。その一角にようやく平坦な踊り場が見つかった。すでに谷あいの両側の崖の上の空は暗くなりかけていた。

「ここまで来ると、古い轍が見て取れる。だが、今夜はここまでだ。明日からこの道を登って行こう」

 ベラはそういうと、野宿の準備をみんなに呼びかけた。


 次の朝、踊り場から彼らが見たボニンの谷は壮観だった。谷を見上げる高いところから頂上へは黒か灰色という無味乾燥な色合いなのだが、足元の高山植物は黒い岩場を緑に染め、それが足元から眼下へと広がっていく。高度が1000メートル以下の遥かな下には、緑から青へと続く色が谷あいを埋め、その間に湖水群が見えた。それらは蒼い湖水であり、いたるところに横たわり、その湖水たちを囲むように蒼い土地が広がっていた。想像できない読者にこの光景を想像してもらうために言うならば、カナディアンロッキーやアルプスのU字谷や、ノルウェーのフィヨルドのスケールを5倍に拡大したような情景を思い浮かべてくれれば、よいと思う。


「ここからは、不毛の地になる。みんな、ここからは獣も鳥も木の実も手に入れられなくなる。酸素さえ十分に取れなくなる」

 ベラは朝の出発の前に、みんなにそう告げた。

「ここから先、出発前の説明会で言われたように、この酸素濃縮装置を使う。みんなの背負ってきた荷物はほとんどが携帯食だし、小型の有機廃棄物処理再生装置もある。これらで峠を越えていくことになるんだ」

 子供たちは初めて背負ってきた荷物をほどき、自分の保存食の持ち分を確認した。そして、小型の廃棄物処理装置は、彼らにとって初めて見る装置だった。だが、男子用、女子用に特化されたそれらの装置を見て、彼らはどのように使うかを説明を受けることなく理解した。

 こうして、彼らの峠越えが始まった。

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