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16 ボニンの谷の戦い(Fight in the Unmanned Circle ) 1

 ジョナは辺留加茂での小学校に通い始めて2年が経ち、12歳の春を迎えようとしていた。あの時以来、ジョナを悩ましてきたレビやナナが姿を現すことも無くなっていた。このころになって、彼はようやくこの街での生活になじんできたといえた。

 彼の一日は、ナスターシャ付の執事に出される朝食の時間、小学校へ行き自宅に帰り着くまでの時間帯、自宅から友人たちと共に過ごす湖畔での遊びの時、そして遅くに帰宅する母親のナスターシャとの夕食のひと時の繰り返しであった。


「きょう、あなたはどうするの?」

夕食の時のナスターシャは、貴重な母親の顔を向けてくれる。ジョナはそれが嬉しい。

「今日、何かあったっけ?」

「今夜はこの街ならではの例大祭があるわ。クートゥの皆も参加するはずよ」

「例大祭?」

「お友達に誘われなかったの? ベラから何か言われなかったの?」

「え、誘われたのかな」

「何か別のことに気取られていたの?」

 ジョナは、確かに考え込むことが多かった。その時にベラやほか友達から何かを言われると、生返事はするものの、肝心の中身を忘れてしまうのが常だった。

「たしか、様々な精に呼びかけ、肉を捧げ、精と一緒になって肉を食すと強くなれるんだとか…」

「ジョナ、あなたはまた悪い癖ね。聞いたことを全然理解していないじゃないの」

 その通りだった。



 ナナはもう2年もの間、辺留加茂の街を歩き回っていた。勿論、子供の姿のままでは小学校へ行くことになっている街の規則を破っていることになる。見咎められないように、フードを深く被り、老人の格好をしつつ、夕刻に歩くだけだった。それでもこの日の夕刻までに、街の大体の様子と人々の動き、それにこの日までになんらかの宗教行事の準備が進んできたことは、見てとっていた。

 レビは、ナナが見てきた街の様子から、龍がその強大な力を蓄積しつつあり、そのうちにこの町を何らかの呼び出しの儀式の地に変貌させることを予測した。それは、レビの計画を妨げる大きな反対戦力が地底から地上へ今後増え続けることを意味していた。

「これは阻止しなければ」


 ジョナは知らなかったのだが、街の中心部の市庁舎に隣接する円形劇場には、にわか造りの木造神殿があった。街の明かりは全て消されていた。その代わりに、漆黒の闇の中にオレンジの篝火によってその木造建物が照らされていた。その周囲には、赤茶色に照らされながら柱だけの神殿屋内の様子を見て取れるように、階段状の座席が馬蹄形に設けられており、いわば、神殿自身が舞台のようになっている構造だった。

 この日の夜、ジョナがベラに案内されて入り込んだところは、その一角の薄暗いところだった。暗闇のために周囲も見ることが出来ず、躓きながら進むしかなかったのだが、そのまま進んでいくと、階段状の座席の最上段に入り込んでいた。星のみの夜であるためか、オレンジに照らされた神殿以外は暗くひんやりしていた。だが周囲に聞こえる息遣いと気配とで、周りに多くの住民たちが集まっていることが肌に感じられるほどだった。

 参列していた住民たちの喧騒がやむと、前方中央の神殿の上に、ジョナと同じ年齢に見える少年少女が上って一列に着席をした。全員が前の祭壇を見つめているため、誰なのかはわからなかったものの、一人の横顔だけに見覚えがあった。見慣れた少女ミラ。彼女はほかの少年少女たちと同様に、花柄に白地の長い羽織に白い長めのガウチョを身に着けていた。

 いよいよ式が始まるのかと思ったジョナがさらにその周囲と祭壇とを見ていると、少年少女たちの前列中央に進み出て、立ち膝で座り込んだ女が見えた。その後ろ姿は、ジョナの見慣れた母ナスターシャだった。

 神殿の中では、透明な高音の鐘がつーんつーんと言う冷え冷えした音を立て始めた。なにかが始まるのかと疑問に思って隣のベラに聞こうとした時、先ほどまで居たはずの彼はいなくなっていた。舞を始めた複数の少女達の鈴のが響き始め、指揮が混獲的に始まったので、ジョナは慌てて周りを探したのだが、暗闇の中で彼の姿を見出すことは難しかった。そうしているうちに式は進んでいった。先ほどナスターシャがいたはずのところには、少女たちの中央に挟まれるように、ジョナと同じ年齢と思われる男児が立っていた。彼は、まるで祭司のように祭壇に向かって何かを言い始めた。それは、ベラ・ニコライだった。

 ベラは呪文のような言葉を祭壇に語り掛けはじめた。山、岩、砂、丘、谷、水、雲、雷、火など、地上の様々な物体に宿る精と言う意味の名前をいくつも並べ立て、彼は呼びかけとともにに体を揺らしながら、「来たりませ」というフレーズを繰り返し始めた。それと同時に、神殿の正面奥に備えられた祭壇には猪の肉とそれを飾り立てる植物が捧げられ、さらに少年少女たちが祭壇へと昇っていった。

「今こそ我らを守られる神々のうちより、特に我々の崇める龍の神よ。この捧げものを受け取りたまえ」

 ジョナは、ベラから過去に大陸と呼ばれた8000メートル以上の高地には地下から出て来て跋扈する人間ではない者たちがいると聞いていた。彼らはベラにとっては守り手の軍勢とでもいうべき者たちだった。彼らは魑魅魍魎、百鬼夜行 いや、最も近いのは羅刹族というべきだろうか。ベラは、彼らを、美しく飾り立てた少年少女たちを依り代として呼び寄せ、香を焚き、偶像へ供物をささげ、現臨させたのだった。

 その盛り上がりが最高潮に達した時、祭壇の正面から一瞬ナスターシャと思えた女の姿が神殿の外へと飛び出した。その直後、女はそのすがたを瞬時に龍の巨体の足に姿を変え、その上空には巨大な龍の体がそびえたっていた。

「あれは誰なのか」

 ジョナがそう言った時、神殿の直上の星空に、周りを覆いつつ垂れこめてくる雲が現れた。その黒い雲が高度を下げてくると、そこから突然大きな白トカゲとそれが率いるトカゲの群れのような集団が現れ、巨大な龍と足元の神殿や円形劇場全体に襲いかかった。それと同時に、神殿とその上空は入り乱れての乱戦が始まっていた。



 トカゲの集団による空襲が行われたとき、ナナはそれを見つつ谷を下っていた。ナナが目指したのはジョナだった。谷底の街は混乱にあるように見えた。そのタイミングを狙って街の中に潜入するのが、ナナの計画だった。だが、その混乱の中に果たしてジョナを見出すことが出来るのか。そう思いつつ、ナナは街の中に潜入した。

 今まで何回も潜入することで、街中の様子はわかっていた。また、どの時間にどのような人々がどこへ向かうか、またいつ帰ってくるか。ナナは長いこと、街のいたるところでそれを観察してきた。ただ、ジョナの一日の行動のパターンだけは、わかっていなかった。それはナナにはジョナの考えもジョナの癖もなかなか見通せなかったからだった。



 神殿とその周辺は、勝手に逃げ惑う人々の悲鳴と怒号に包まれた。ジョナは急いで神殿めがけて階段を駆け下り、ミラの傍へと駆け寄った。幸いにミラはジョナに気づき、隣のイワンもジョナの近くに走り寄った。

「これはいったい何が起きているの?」

「わからない」

 ジョナはそう言いつつ、白トカゲになぜか覚えがあるような気がした。ミラは見上げながら大声を上げた。

「あれはクートゥでずっと私たちをいつも守ってくれていた龍よ。そして、ここでも守ってくれているのよ」

「龍も、ベラが呼び出した精たちも、私たちのために戦っているんだ」

「みんな、山へ逃げていくわよ」

「山では流れ弾に当たってしまう」

「じゃあどうすればいいの?」

「こっちに逃げよう。このままではみんなつぶされてしまう」

 ジョナはそういうと、ミラとイワンを連れて神殿から遠ざかった。そのさきの市庁舎の地下室入り口では、ベラが空を見上げて戦いを見ていた。

「ベラ、此処にいたのか」

「ああ、辺留賀茂を守る龍が姿を現して戦ってくれているからね。あの龍は君たちが来る前から、時々この街まで飛んできては見守ってくれていたんだ。そして、今はずっとこうして守り続けてくれている。さあ、戦いが激しくなるぞ」

「そうか、それならミラたちを安全な場所へ。確か、僕の母の専用の退避所がこの市庁舎の地下の東側の隅にあるはずだ。みんなはそこへ行ってくれ。イワン、ミラを守ってくれ」

「あなたはどこへ行くの?」

「僕は母さんを探しに行く」

「危ないわよ」

「でもお母さんがどこにもいないんだ。でも心当たりがあるから」

 ジョナはそういうと、トカゲを観察するために、戦いがよく見える山すそへと昇って行った。



 空の乱戦では、呼び出されたはずの多数の羅刹、数々の精たちが次々に吹き消されていた。対する龍は、大きな翼によってトカゲたちを圧倒していた。こうして白いトカゲと龍との周囲には何もいなくなった。こうして、赤黒い巨大な龍が空中に浮遊しつつとぐろを巻き始め、対する一匹のトカゲが谷に面している山裾に足を下ろし、互いに相手に対してまだ戦いを続ける姿勢を鮮明にした。



 ナナは、街の中から戦いを見ていた。やがて、トカゲと龍との一騎打ちが始まろうとしているのを見て、自分の居場所が危険であることに気づいた。

「今日は、ここまでにしましょう。どちらかが落ちてきても危ないね」

 独り言を言いつつ、ナナは暗い道をもと来た山へと昇り始めた。ふと見上げると、道の途中に見慣れた少年の姿を認めた。それはジョナだった。

「何しに来たんだ」

「僕はあなたを探しに来たんだよ。そして連れ戻しにね」

 その頭の上で、大きな二つの声が聞こえた。その声はジョナにとってなじみのある二人の声だった。ひとつはレビの声に聞こえ、そしてもう一つは母親ナスターシャの怒鳴る時の太い声に似ていた。

「レビよ、ここに何しに来た」

「混乱に混乱をもたらす龍よ。お前こそ、ここに居座る気か」

「居座る? 此の大地は元々私たちのもの。ここは私の守ってきた地底門の地、辺留加茂だ。私の足元だぞ。お前こそ立ち去れ、下がれ」

「今は支配しているのだろうが、大地もこの地もお前たちの所有物ではないぞ」

「支配しているのであれば私たちのものではないか。おかしなことをいう」

「そうかね。その支配を私が粉砕しよう」

「ほう、やれるものなら受けて立つぞ」

 この言葉を聞いたトカゲは、砂嵐を呼ぶとそれは砂の鎌へと変化した。それと同時に、トカゲは砂の鎌を握るようにして、砂の刃を龍にぶつけた。切れ味の鋭い刃は、それを避けようとした龍の体をかすめ、その尾にしたたかに食い込んだ。対する龍は大きく咆哮すると同時に口から噴き出す火炎弾をトカゲめがけて投げつけていた。

「傲慢な龍よ、下がれ。下がれ、サタン」

 レビの言葉と同時に襲い掛かってきたのは、新たな軍勢だった。いわば天の大軍、輝く光の帯と見えた白き軍勢だった。それはあっという間に龍のとぐろを吹き飛ばしてしまった。


 トカゲから人間の姿に戻ったレビは、まだ残っていた天の大軍の光に照らされた地上に、ジョナとナナの姿を認め、ナナの近くに降り立った。それを見たジョナは大声で叫んだ。

「なぜ、ここにきたんだよ。何をしに来たんだよ」

「僕は、この前あなたをこの近くで見かけたから迎えに来たんだよ」

「僕は君たちと別れたんだ!」

「そうだね。あなたは僕とレビを置いて出て行ったんだものね」

「そうだよ」

「逃げ出したんだよね」

 ナナのこの言い方にジョナは怒りを覚えた。そのせいで、ジョナの返す返事は敵意を帯びていた。

「そうだよ」

「あなたは逃げ続けられると思っているの?」

 ナナはジョナの口調に気づかないふりをしながら続けた。それがまたジョナの癪に障った。

「僕は、偉そうにふるまいたくないだけだ」

「偉そうに? 沙流土であなたがしたことは、間違っていないよ」

「そうだろうね。沙流土の彼らに指摘したことは間違ってはいないさ。でも僕は偉そうにしたんだ」

 ジョナのこだわりは、権威への辟易なのだろうか。ナナはジョナのこだわりを持つその姿勢が気に入らず、厳しい口調で詰問を続けていた。

「あなたが偉そうにしていたって? あなたがそう言う権威をもっている、とでも? あなたが偉そうにしていたわけじゃないよ。あなたは、その権威をもっていたんではなくて、あなたを通して警告をした方が権威をもっていたんだよ」

「僕を通して警告をした方? 警告をしたのは僕だよ。僕が気付いたことを指摘したんだ。僕は偉くもないのに、沙流土の人々に偉そうに威張ったんだ」

 ジョナはまだ気づいていないようだった。ナナ白鳥を落として静かに指摘するしかできなかった。

「あなたは、まだ自分自身のことが分かっていないんだね」

「僕自身は僕自身だよ。それ以外の何物でもないさ。だから、そんな言い方をしても分からないね」

 ナナは、ジョナの今の姿勢を覆すことが出来ないと感じ始めていた。そのため、彼に再証言のことを伝えようと思った。

「ジョナ、あなたはいつまでここにいるの?」

「ここにはお母さんがいる。僕はここでお母さんと過ごすんだ」

「あなたのお母さんは、あなたを置いて出ていったはずだよね。それにあなたに隠し事をしていた。その女の人があなたのお母さんだったの? 本当にそう思っているの?」

 ジョナは再び母親ナスターシャに対する不信感に正面から向かい合うことになった。しかし、それに耐えられないように、大声を上げた。

「お母さんはお母さんだ。僕のお母さんだ。誰にも邪魔はさせない」

「そうなの…・」

 ナナのこのアプローチも、ジョナは拒んでしまった。ナナは別の点から話をし始めた。

「わかったよ。じゃあ、なぜ僕たちがこの辺りに来たか、わかるの?」

「僕を追ってきたんだろ」

「いいえ。確かに僕たちはあなたを追ってきたけれど、それだけではないよ。ここには地底の門と言われるところだよ。ここから多くの悪魔たちが呼び出されているんだよ」

「え?」

「あなた、自意識過剰ね。僕たちがあなただけのために働いていると思ったの?。あなたは自分自身をそんなに重要な人だと、思っているのかしら? さっきも言ったけど、ここに来たのは戦いの前に、この近くであなたを見かけたからだよ」

「じゃあ、なんでこの神殿の上に来たのさ」

「その神殿が、呼び出された彼らが出てくる地底の門として機能し始めたからだよ」

 ナナがそう言うと、吹きとばされたはずの龍と呼び出されていた精たちが再び、レビである白トカゲの上空に近づきつつあった。

「彼らというのは、あの一団なのか?」

「そう」

「あの龍と仲間たちがか?」

「そうだよ」

「そんな馬鹿な」

「あなたはわかっているはずだよ」

「あの龍が何かを......僕が知っている?」

「分からないのかい?」

「分からないよ。でも、その判断はしないでおくよ。また、戦闘が始まりそうだ......いまはとりあえず、離れた方がいいのかな」

「今は......そうだね」

 ナナが同意したことで、ジョナは二人に危険が迫っている意味を悟り、一瞬考え込んだ。

「それなら、僕の友達も救い出さないと」

「え、あなたの友達が? ......そのお友達はどこにいるんだい?」

「神殿の近くの市庁舎の地下に......」

「わかった。助けに行きましょう」

 その二人の頭上に、再び赤黒い龍が現れた。龍は、傷を負った尾を何かで覆っていた。怪我をした尾を覆っていたのは、装具ではなく精たち、すなわち羅刹のような剛腕を互いに重ねて龍の尾を守る精たちだった。それを見たレビは、大きくため息をつき、再び天の大軍をへの呼びかけを始めた。再び大きな戦いが、今まで以上に大規模な戦いが始まろうとしていた。

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