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14 守護の龍

 次の日の夜、ジョナは昨夜過ごした山裾に一人登っていた。用意したビバークカプセルは、昨夜よりも強く固定し、その時を待ち続けた。


 昨夜と同じ午前1時半になると、やはり谷底の町の一角から羽ばたきとともに黒い翼の影が巨大な姿を見せていた。夜空いっぱいに広がっている星空を覆い隠す様子からも、その巨大さが見て取れた。その赤黒い巨体は星空を一周すると、四つ足を広げながらジョナのビバークカプセルの近くへと降りてきた。

「あなたは何を求めてここまで来たの? 何を見に登ってきたの?」

 そのアルトの声による問いかけは、明らかに目の前の赤黒い龍からのものだった。いきなりの問いかけにジョナは驚いたが、その問いかけはなじみのある口調だった。

「僕は、縛られない自由が欲しいんだ。僕はほかの存在に何かをさせる、何か影響を与える偉そうな人間じゃない。だから、だれをも縛らない、誰にも偉そうにものを言わない、誰をも傷つけない.......そんな自由が欲しい」

「確かに偉そうに人にものをいうことは、避けられるかもしれないわね。でも、日とともに生きるなら、人を傷つけることは避けられないことよ。それを求めるなら、孤独に生きるしかないわ」

「僕は逃げて来たんだ。だから、孤独には耐えられる......でも、僕は何か大切なものを見失ってはいけないという気もしている」

「見失ってはいけない、何か大切なもの? 人間ならば他の人間など高度な精神との間のやり取りによって大切なものを見出してきているわね。例えば、私のような龍と、ね」

「そうなのか、それならここに来たことは、やっぱり意味があるんだね。僕はここでクートゥの人々と再会できたんだ。僕のお母さんとも再会できた。そしてここの人たちと知り合うこともできた」

「そう、それはいいことね」

「でも、僕がここにまで至ったのにはもう一つ理由があるんだ。僕には使命が与えられようとしていると感じられた。でも、劣っている僕がそんな偉そうなことを、周りの優秀な人たちに言えるだろうか、と疑問に思えたんだ。僕はそんなに偉くないし、そんな使命に耐えられない」

「使命が与えられないように、逃げたい、と言うことなの? それなら、この辺留加茂にとどまるとよい。私があなたを守ってあげよう」

 ジョナは、なぜか心の片隅に少しためらいを感じた。しかし、目の前の赤黒い龍は強そうで信頼してもよさそうだった。何よりも、ジョナを追ってきたであろう老人と少女が放った砂の刃を撃退してくれた龍の行動は、彼にとってとりあえず頼りにしてもよさそうに思える根拠だった。

「お願いします」

 ジョナは、その夜未明になる前に山を下りた。


「ジョナ。降りてきて。話があるわ」

 翌朝、ジョナは母親のナスターシャの呼ぶ声にこたえて自分の部屋から顔を出した。

「はい」

「リビングへ来てくれないかしら?」

 何かあるな。ジョナはそう思ったが、いまさら母親の前から逃げ出すわけにもいかなかった。

「お母さん、まいりました」

 ナスターシャはソファに深く座り込み、目の前に立ったジョナを見つめた。言い逃れは許さぬよ、と言う視線をジョナは受け止めながら、深呼吸をした。

「昨夜、山へ出かけていたの?」

「え?」

 昨夜の外出は母親に気づかれていた。彼女がクートゥからのキャラバンの指導者であるためだろうか、何らかの変動があると彼女は必ず気付いていた。今回もそのような政治局員としての気づきから出た質問だった。

「あなたは、何を悩んでいるの? 私はあなたの母親なのよ。言ってみなさいよ」

 この言葉を発している目の前のナスターシャは、ジョナが見慣れた母親の顔に戻っていた。その声も、ジョナにとって頼ってもいいのではないかと思わせるほど、母性の感じられるものだった。

「僕は、逃げて来たんだ。でも、此処へ来てから、大丈夫になったんだ」

「どうして? 何から逃げて来たの? 何がそう思わせたのかしら」

 この問いかけに、ジョナは注意深く答えた。

「クートゥに居た頃、僕は追い詰めてくる存在に、気付いたんだ。何が僕の周りにあるのか、初めはわからなかった。僕を誘惑する湖の底の煌めきも、僕の周りにうごめく物なんかにも、気付いていた。でも、お母さんは僕を置いて去ってしまったよね。だから、僕は捨てられたんだと思ったんだ。想像しても見てよ。僕の周りに不思議な煌めきやら物やらが目立つようになって、戸惑わない方がおかしいよ。その戸惑った僕を、お母さんは残したまま出て行ってしまったんだよ」

 これは、微妙な言い方だった。聞き手を責めるような口調。それも聞き手であるナスターシャから距離を置いていたことをごまかすような、わざとらしい甘えたような責め方。そのように聞こえるように口調も工夫した。

 ナスターシャは、ジョナの口調で納得したように見えた。だが、次の言葉はジョナを少なからず驚かせた。

「ここは守られているのよ。私は知っているわ。私たちがここに来てから、この地の守り手である龍が私たちのために働いてくれているわ。だから、ここにいればいいのよ」

 ナスターシャは少なくとも龍の存在を認識している。さらにはジョナが追い詰められていることも認識してくれている。ジョナにはそう思えた。そして、此処にいれば、少なくともあの老人と少女によって追い詰められることもなかろう、と思われ、しばらく逗留することに決めた。

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