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10 辺留加茂(Pergamo), ボニンの谷の都市(City in the Unmanned Circle)  

 ジョナは自分に自信がなかった。勿論、沙流土での経験は、今の人類に警告と悔い改めの機会が必要であることを示していた。しかし、子供にすぎない自分が大人に対して何が言えるのだろうか? その疑問が彼を躊躇させ、使命から逃げ出す動機となった。

 レビとナナとともにこの沙流土まで同行してきた。しかし、ジョナは彼らから離れなければ重苦しい使命に生き続けなければならない。そう感じたジョナは意を決して彼らの寝ている間に飛び出し、南へ一人でただ歩きはじめた。日本谷からさらに南へ下った先の谷筋に街があるという噂だけを頼りにした逃避行だった。


 冬から春はすでに過ぎ、もうすぐ夏になろうとしていた。ここに至るまで何回も野宿を繰り返してきた。日本谷からボニン谷へといたると、その辺りは地震が頻繁だった。であれば、この辺りに人間が住むことはないだろうと思われた。すでにもう食料も底を尽き、ボトルの水も申し訳程度にしか残っていなかった。

 ジョナは野宿を引き上げて、再びボニン谷を進み始めた。その途中でジョナは、周囲の空気にある兆しを感じた。

「湿気だ。これは近くで水が得られるのかもしれない」

 ジョナが前方に目を上げると、今まで晴れが続いたのとは異なり、ボニン谷の底に続く道のすぐ上を雲が埋め尽くしていた。どこかにある大きな湖からの蒸散が盛んであるためだろうか。薄暗い雲の下をそのまま進んでいくと、その先には雨が降り始めていた。

「雨。それなら雨水を集めないと......」

 10歳になろうという子供にしては、決断が早かった。彼なりに帽子を手に取り、水を集めてはボトルに入れる動作を繰り返した。そうしてボトルをいっぱいにすると、雨の中をさらに歩き始めた。

 彼は周囲を観察しながら進むことにした。周囲の山すそからは幾筋もの川が流れていた。

「小川....どこから?」

 彼は流量の豊富な小川に着目すると、その小川の源流を探り登っていった。

「春の小川はサラサラながる......」

 彼は幼い時に聞かされた季節の歌を口ずさんでいた。そう歌いつつ進んでいくと、その流れの中に小魚たちの群れが見えた。

「あれ、魚がいる。タンパク源だ......」

 残念ながら、魚たちの方が彼より俊敏であり、彼がタンパク源を得ることはできなかった。空腹でもあった彼は、考えを切り替えることも早かった。彼は水源を得ることを優先し、すぐに水の湧き出している岩場を見出していた。

「雨水より、ここで湧き出している水の方がいいね。ろ過されているはずだから」


 少し気分を上げながらボトルに吸い込まれていく水をながめ、彼はあることを思いついた。

「これなら魚も取れる場所があるかな」

 小川をくだって行くと、幾筋もの川が集まってさらに流れていく。ジョナはその先に湖があることを確信していた。ジョナは足取りを軽くして進んでいくと、やはり谷底に沿って細長く大きな湖がひろがっていた。そこからは湖の西側沿いに車が一台進めるほどの細い道があるだけだった。新しい轍があるところを見ると、ジョナの母親たちクートゥの人々がこの先へと進んだとも考えられた。

 その細い道を上がっていくと、ジョナはそのがけ下に湖があることに気づいた。だが、上り下りの激しい道筋は、幼い彼には厳しい道行だった。彼の歩く速度では、夜になっても町に到達することはおろか、野宿する場所も見当たらなかった。

 ふと、彼は歩きながら、湖に魚たちが泳いでいることに気づいた。衝動的に彼はそのまま湖に飛び込んだ。

「そうだ、今、夏なんだ」

 彼は、そのまま泳ぎ遊びまわった。そして、......その少し離れたところに子供たちの歓声がはじけていることに気づいた。彼らは、ジョナのよく知っているイワンとミラを含む子供たちだった。

「あ、ジョナ」

「え!?、あ、ほんとだ!」

 ジョナの視線に反応するようにイワンとミラが歓声を上げた。

「イワン、ミラ。久しぶり......」

 ジョナもまた、歓声を上げた。彼らは久しくあっていないことを感じさせないほどすぐに打ち解けた。ただ、久しぶりに見たミラの水着姿が真上から降り注ぐ太陽光のせいか、まぶしかった。ジョナはその時からしばらくは、ミラを見つめては視線を外すほどぎこちなかった。

 

 ジョナが空腹を覚えた頃、大人たちが子供の遊ぶ湖岸にやってきていた。彼らは湖岸に広くバーベキューの場を作り上げ、調理の真っ最中だった。

「おーい、子供たち。野菜と魚が焼けたぞ」

「はーい」

 子供たちはいっせいに岸へと帰っていった。だが、ジョナはためらい、水に浮かびながら岸を眺めていた。それに気づいたイワンが声を上げた。

「お父さん、ここにジョナがいたんだよ」

 イワンの指摘にゲオルギーが驚きながら岸を見ると、彼は湖水の中に立っていたジョナを見出すことが出来た。

「一人でここまでこられたのか? 今までどうしていたのだ?」

 ゲオルギーの質問にジョナはどのように答えようか迷った。母親のナスターシャが彼を置き去りにしたとは言いたくなかった。

「僕は、みなさんと一緒だったのですが、クートゥの領域で自分の荷物に不足があるのに気付いてモタモタしていたら………途中で脱落してようやく今ここに追いついたのです」

「だが、よくここまでたどり着いたな」

「はい、出発の時にしっかり食料と水を用意していましたから」

 この説明は通常の子供が為したのでは納得できないのだが、ナスターシャの子供であれば優秀であろうという先入観からか、ゲオルギーたち大人は納得していた。

「そうか、そうか、まあ、よく追いつけた。ここではたっぷり食事ができるぞ」

 ジョナは久しぶりに食卓らしい席に着き、味わう余裕を取り戻していた。


 夕刻になり、バーベキューの集団は帰り支度を整えて、湖の南へと向かった。ジョナの隣にすわったミラは、うれしそうにジョナに話しかけた。

「ジョナ、私たちはあの辺留加茂に滞在しているんだよ」

 それを聞きながら、ジョナは車窓に流れる外の風景に見とれていた。湖はしばらく続くと、夕やみに湖面を輝かせる街が見えてきた。それがミラのいう辺留加茂だった。


 彼らの車に同乗して湖のほとりの街に着くと、やがてジョナの目の前には農業工場をはじめとしたさまざまな生産施設がひろがり、みるからに豊かな街についた。

 ジョナは、イワン、ミラ、ゲオルギーたちと別れ、街の中央部へと案内された。ナスターシャは正面の摩天楼にいるという。そしてジョナだけが特別な車に乗せられて案内されるのは、やはりここでもナスターシャが特別扱いされていることを示していた。

 ジョナが案内されたのは、ナスターシャの居室だった。待ちに待った母親との再会。何を言うべきか、何を語るべきか、だが、ジョナの心は興奮するどころか、冷めたままであり、自分の心の動きばかりでなく、自身を巡る様々な事象を冷静に分析している自分があった。その冷たい心が見下ろす市街地は、その機能がひどくいびつに見えた。高層階から見下ろしていることもあり、縦横碁盤の目のように道路が走り、その目の一つ一つに様々な建物が立ち並んでいるだけであり、何かが足りないように見えた。

「ジョナ、この街の風景はいかが?」

「南国の風景ですね」

「そう、ここは奄美や東瀛と言ういにしえの民たちの子孫の街よ」

「そうなんだ……」

「さて、ここまでよく来れましたね」

「お母さん、お久しぶりです」

「ここまで達するとは想像できなかったわ」

「お母さん、なぜ僕を置いて去ったのですか。なぜ、僕を残し、僕以外の人々を連れ出して去ったのですか」

「あなた、私に秘密で何をしたか、それを説明できるのですか」

「僕が何をしたというのですか?」

 ナスターシャは目の前のジョナの心理が分からなくなった。ジョナが白を切っているのであれば、どのようにしてそれを問い詰めるか。スキンスーツや飛び立った見知らぬ飛行機体について彼に問いただすか。だが、問い詰める過程でそれらを指摘するとしても、それによって要らぬことをジョナに知られてもいけなかった。

 だが、ブラフ程度の問い詰めは必要であろうと、ナスターシャは考えた。

「へえ、白を切る、知らぬふりをするのね」

「おかあさん、そうまで言うなら、具体的に僕に指摘してくれませんか」

「なるほど、堂々とそこまで言えるのであれば、疑い続けるのは非論理的ね。失礼をしてしまったわね。謝るわ」

「謝る? あのように息子である僕を、スパイ呼ばわりに近い問い詰めではなかったですか」

「仕方がないわよ。避けられないわ。私はクートゥの政治局員として、皆を率いているのです。その立場にあることを、あなたは忘れているのですか。これは母親としてではなく、行方知れずだったあなたを尋問しているのです」

 こうナスターシャに言われては、ジョナは引かざるを得なかった。ただ息子に対して「尋問」をすることは明らかにおかしいと感じていた。しかも再会したばかりのこのタイミングで、尋問などという言葉を使うことも納得できなかった。

 他方、ナスターシャにとっては、本当に知らないのかそれとも堂々と白を切っているように見えた。だが、ジョナが何もかも持たずにここまで来たことを見て、考え直した。もし、あのスキンスーツなどにこだわっていたとしても、それらを捨ててここに来たことには違いなかった。と言うことであれば、少なくとも目の前の息子は、今のところ無外には違いないと考えたのだった。ジョナがここまで来たからには、何かを目的としているには違いないだろうし、そうであればジョナの悩みに相談に応じるふりをして、ジョナをナスターシャたちに同行させ、観察することが妥当なことだと思われた。 

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