エピローグ…ベーシストは思うのだった。
実験的にライブ感で書けるスタイル確立したいため、試行錯誤している作品です。
基本的にプロットは起こさずにキャラクターの動きだけで展開を考えるため、更新はめちゃくちゃ遅いです。
ちゃんと終わりまでは書こうとはしてますので、長いお付き合いが出来たら幸いです。
『それでも一緒に生きていこうな』
彼はあの日そう言った。
コスモはそう私に言ったのだ。
愛の告白なんていうロマンチックな言葉ではなかった。
あの言葉がコスモにとって何を指すか…それは切実な願いだったと思う…
そしてそれを思うと、何か胸に痛みを覚える。
今も無意識に手を胸の中心まで動かしていた。
痛みが広がらないよう、別の形にはならないように、そこで手を握った。
あの日、コスモはどんなことを思いながら…
その言葉を口にしたか…
なんとなくはわかる。
だけど、それはやっぱりなんとなくだ。
まるでいつまでも埋まらないジグソーパズルのピースのようだ。
埋まらないのはたかが数ピース…ほとんど全体の形だって見えている。
埋まらない何かを私の中の言葉でいくつか似た形ものを選んでみても、ピタリとハマるようなことはない。
埋まらないそれが何か世界の大事な物を隠しているのではないかとさえ思えてならなかった。
私にとってはそういう言葉だった。
経験も価値観も全てが一緒になることは、コスモと私の間にもどんな人間同士の関係にもない。
だから、伝えた思いはいくつかのピースが抜け落ちたジグソーパズルように相手には届くのだ。
少し前まで…私にはそれがわからなかった…
それをできないことがわかって絶望だと思っていたこともあった。
だからこそ私は、他の力を借りてでもあの日に世界を全て壊そうとしたのだ。
努力をすれば、思いを伝え続ければ人と通じあうものができると信じていた。
今も信じている部分はあるけれど、全て繋がることなんて、本当はないのかもしれない…
それはすごく悲しいようにも思えてならない…けれど、胸に痛みを覚えることはない。
握った手を強く握りこまず、むしろ力が抜けて手を降ろしていた。何よりの証拠だ。
だからこそなのだ。だからこそ人を知りたいと思う希望のようなものが人の関係にはあるんだ。
そう思いを巡らせたところで、目的地へと向かう足は早まっていくのがわかる。
街中のとあるビルで足を止め、建物の中へと入る。
一瞬の出来事で気がつかなかったが、ここに入れば私がトップアイドルとして活躍していた人生が終わるのだ。
あれほど、こだわっていた立場を何でこうも迷いすらせずにあっさり捨てられるような行動をできたのか…不思議だ。
私、灰島 良要はアイドルとしての活動のなかで思いを寄せくれた人同士と通じ合っていた。その感覚に嘘はないのだと思う。
だからこそ価値観も感情も全てを、いずれ時がくれば私が努力すればした分だけ一緒になって共有できると思っていたのだ。
でも、コスモの言葉を借りれば全部一緒なんて気持ち悪いじゃんだ。今では私もそう思うこともできる。
いくら理解をしても、努力をしても同化してわかりあうことはできない。だからパズルが完成することはたぶんないのだと思う。繰り返しになるけれど悲しいようにも思えるし、だからこそ人を知りたいと思う気持ちは希望なんだ。
あれほど私の気持ちを誰かに全て理解してほしいと思っていても、私自身がやっぱりコスモにはなれない、同化はできない以上やっぱりないのだ。
だからこそ、コスモが選んだ言葉は
『それでも一緒に生きていこうな』だった。
私の心に今までこんなに深く刻み込まれた言葉はなかった。
だからね、あの言葉をあれからどれだけ時間が過ぎても思い出してしまうんだ。
だからね、思い出す度に高鳴る感情も心音も…抑えていようとは思わなくなってしまったのだ。
集まって、叫びあって、笑いあってこれからどんどんこの世界で騒ぎ合っていこうと思ってしまったのだ。
ただ、それだけで良かった。それで伝える気持ちは一つだけだ。
扉の前。周りに人の気配を感じないことを確認して
「ありがとうね」
っと、わざわざそんな言葉を口にだしてみる。
それがそれでの伝える気持ちだった。
この扉を開けたら全てを彼と一緒に始めていくことになる。
ロックというものがどういうものかはわからない、ベースをやれとだけは言われたけど、それがどんな楽器なのかはよく知らない。
それでも、高鳴る感情はあの日のメロディーに乗せたまま、高鳴る心音はあの日に刻んでいたビートをまた刻みだす。
そうやって、まだまだ世界で騒ぎあって、笑いあっていたいなんて、本当に笑っちゃうくらい子供だ。
今日この場に、そばにコスモは集まってくれるよね?ね?ね?
私はやっぱりまだまだ子供だ。結局はまだまだ遊びたかっただけなのだから…
クスっと笑い声が漏れて、静かなこの場所にいくつかの反響を生んだ。
「さぁ、全ての価値観を変えちゃうぞ!」
高揚感で感情がそのまま思わず口にでてしまう。
だけど、そんな自分がどこか誇らしいのだ。
思いや感情が新しく加わった今が人生という船出の瞬間だ。再出発になるとはいえ、これからを思うと心が踊るのはしょうがない。
そしてたぶん、私の中で信じているコスモならきっとさっきの言葉に続けて、あの日言った言葉でこういうと思う
『愛のない世界に自由なんてねぇぞ!』ってね。
そうやって、私はこれからの大航海の舞台となる事務所の扉を開けたのだった。
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